鷹藤晃と桜峰咲希たちは対峙するⅡ(結界)
「咲希!」
結論から言うと、桜峰は見つかった。
先に飛び込んでいった獅子堂先輩や東間先輩の反応で、桜峰がそこにいたことも分かった。
けど、桜峰の反応は俺たちが思っていたようなものじゃなかった。
「……ねぇ、飛鳥は? 一緒じゃないの?」
「いえ、僕たちだけですが」
安心したかのような反応を示すかと思えば、桜峰の口から出たのは水森の名前だった。まさかここで彼女の名前が出るとは思っていなかったのか、東間先輩がそう返す。
だが、今までを思うのなら、仕方がないのかもしれない。この中の誰よりも先に桜峰を見つけていたのだから。
だが、そのやり取りに反応を示したのは、俺たちだけではなかった。
桜峰をこの場へ連れていったであろう二人の女子がプッと吹き出す。
「せっかく助けに来てくれたお礼よりも、先に出た言葉がそれ?」
確かに、そう言いたくなるのは分かる。
けど、二人が吹き出したのと同時に少しだけ舞った黄金の粉を見逃さなかったことを、俺自身は褒めたかった。
――ああ、女神の仕業か。
最後のイベントかと思っていたが、もしかしたら利用されたのかもしれない。
「っ、」
「もしかして、やっと気づいた?」
桜峰が悔しそうにし、女子二人がにやにやと笑みを浮かべているのを見ると、桜峰も理解したんだろう。
今回の件と本来の目的の関係性を。
「私を、囮にしたわけだ」
あの二人は、桜峰に用があったのではなく、俺たちを誘き寄せ、水森を孤立させるために、わざわざこんなことをしたのだ。
彼女のことだから、何となく勘づいていそうだが、状況が状況なのか、電話もメールも通信アプリも、何もかも反応がない。
「貴女たちの目的は何。飛鳥に何をする気なの」
桜峰が尋ねるが、二人の様子は変わらないどころか、「さあ?」と告げる。
「私たち、あの子から邪魔をさせないように言われたから」
「――あの子?」
会話に割り込む形になったからか、目がこちらに向けられる。
「そう、あの子。彼女とのやり取りの邪魔をしないように、貴女たちの足止めを頼まれたの」
「誰なんだ、その『あの子』って」
獅子堂先輩が聞くが、「言うと思う?」と躱されてしまう。
「それに、事が終わったら教えるって言ってたから、それまではみんなで仲良くここに居ようよ」
そんなこと言われて、「はい、そうですね」と頷けるはずがない。
――水森。どれでもいいから出ろ。
先程と同様に、すべて使って連絡取ろうとするが、反応はない。
「ねぇ、さっきから連絡しようとしてるみたいたけど、通じないでしょ」
「無駄なんだよねぇ。ここから外部への連絡だけは出来ないように結界が張ってあるから」
「結界……?」
そう、と女子二人が頷く。
「この子と君たちを閉じ込めるための結界」
「すべてが終わるまで、私たちは外に出られないの」
「そんなの……」
そんなの、まるで雪冬さんがいる結界のようではないか。
それまで、待たないといけないのか? あいつが――水森が、一人で戦っているかもしれないのに。
他に使える手は――……
「ちなみに、転移系の異能も駄目だって」
「っ、」
しかも、先回りされるかのように、思い付いた案も潰されてしまった。
せめて、この結界だけでもどうにか出来ればいいんだが、頼みの綱同然の転移系も対策済みとなると、どう足掻いたとしても厳しくなってしまう。
その上、早く水森の元へ行かないといけないのにという、焦りばかりが出てくる。
『だから、言うね。この周回での経験を生かしなさい。君は『攻略対象』だから、私みたいにやり過ぎたとしても、こんな目に遭うことは無いだろうから、納得できるまで、調べて、足掻きなさい』
ふと、そんな風に言われたことを思い出した。
――納得できるまで、調べて、足掻く。
今、自分たちでどうすることも出来ない状態だと言うのであれば、結界内で出来ることをやるしかないではないか。
まずは目で見て、耳で聞いて、情報を集めろ。
そして、そのまま得た情報を纏めろ。
自分がやるべきことを集中して行っていく。
だから、水森。もう少しだけ、耐えてくれ。
相変わらず薄暗い空間で、御子柴雪冬は近くの窓から外を眺めていた。
いつも通りと言ってしまえばそれまでだが、今日は少しだけ違ったらしい。
カツンという靴の音らしきものに、雪冬は目を向けた。
「……誰?」
飛鳥や晃であれば、あちらから声をかけるなりするか、何となく分かったりするから、何も言わずにそこに立ったまま、見られているというのは、何とも不気味であった。
「何かご用があるのなら、話してもらえない? ここ、何も無いから、立ってるだけだと暇でしょ」
この問いかけは相手の反応を見るためのものだったのだが、どうやら話しかけたのは正解だったらしい。
「――を」
「え?」
確かに反応はあったが、その内容は雪冬の耳には届かなかった。
「ごめんなさい、もう一度お願いできる?」
「――アスカを、アスカたちを助けてくれ」
再度の雪冬の問いかけと被るようにして、告げられた言葉に、雪冬は思わず固まった。
そもそも、雪冬には彼女を閉じ込めるための結界があり、それをどうにかしない限り、飛鳥を助けようにも助けられない。
「……見ての通り、結界があるからね。これをどうにかしない限り、私は助けに行けないかな」
雪冬の説明に、話し相手が雪冬を封じる結界へと歩き出しては近くまで来ると、結界に軽く触れる。
「――ああ、なるほど」
どの意味での「なるほど」なのかは分からないが、話し相手には何かが分かったらしい。
そして、小さく何かを唱えたかと思えば、結界から大きな火花が発生する。
「ちょっ……!?」
結界から出る大きな火花に、さすがの雪冬も焦りを見せる。
「――」
火花が出ようとお構い無しとばかりに、話し相手は結界に触れ続ける。
そして――……
――バリン!!
そんな大きな音と共に、雪冬を封じていた結界は崩壊した。
「うそ……」
まさか、壊れると思っていなかった結界の破壊と、この短時間で結界を破壊した話し相手の力量に雪冬が驚いていれば、「これなら問題ないだろう」とばかりに、話し相手は目を向けてくる。
「これなら、何の問題もないはずだ」
確かに、何の問題もない。
むしろ、結界の破壊なんて、術者である女神は焦ってることだろう。
「だから、早く――」
「言われるまでもない」
結界が壊れたのだ。ここから先はこちらの番だし、飛鳥たちだけに戦わせなくてもよくなる。
だから、そんな返事と共に、雪冬は今までいたこの部屋を出るべく移動する。
結界を破壊した『彼』の容姿を一瞥しつつ――
「アスカたちのことを頼む」
最後に聞こえてきたその言葉に、特に返事をすることなく、雪冬はその部屋を後にしたのだった。