水森飛鳥と最後のイベントⅠ(いなくなった彼女)
「水森……!」
呼ばれたので振り返れば、慌てた様子の生徒会メンバーがいた。
おそらく、桜峰さんが戻ってこないとか、そういう感じなのだろう。
「桜峰がいなくなった」
「……ああ」
やっぱりそうなのか、と言いたげに返せば、不服そうな顔をされる。
「五分か十分程度いないのなら、こんなに大勢で来ませんよ」
「飲み物を買いに行ったっきり、一時間も戻ってこないんだよ!」
「いや、言いたいことは分かりましたが、何で私に言いに来るんですか……」
彼女を探したければ探せばいいだろうに。
「だって、飛鳥先輩の方が見つけるの、早いでしょ?」
今までのことがあるから来たんだろうけど……こいつら、仮にも攻略対象なんだよな……?
「貴女が見つける方が早いのなら、貴女に頼りますよ」
「私は、探索系の能力者でも無いんですが?」
「でも、貴女は咲希を嫌ってないでしょう」
遠ざけることはしても、嫌悪や憎悪を向けることはしない――副会長曰く、私はそう見えているらしい。
だからこそ、私を頼るのだとも。
「……まあ、聞いた以上は、探すのを手伝いますが、あまり期待しないでくださいよ」
ぶっちゃけ、いくつかの心当たりが無いわけではないが、誰か一人をそこに向かわせる形は取りたくないので、何とか場所を絞りこまないといけない。
「助かる」
「お礼とかはあの子を見つけたあとにしてください。ただ、こっちとしても見つけたらすぐに連絡するので、出られる状態にはしておいてくださいよ」
今回ばかりは別件もあって、私が直接向かうわけにはいかないので、彼女の救出は彼らに丸投げするしかないが、まあ何とでもなるだろう。
「さ、早く探しにいってください」
ほらほら、と急かせば、戸惑うようにして、彼らがそれぞれ散らばっていく。
「さて、私はどこから見ていこうか」
片っ端から見ている時間なんて無いので、絞り込みはやはり必要になってくる。
「――ねぇ、ちょっといいかな?」
ふと声のした方に目を向ければ、卒業が近いであろう――どこか見覚えのある先輩方がそこにはいた。
「何でしょうか?」
このタイミングで話しかけてくるなんて、こちらとしては警戒するしかないのだが、何らかの情報を持ってる可能性もあるので、無視するわけにはいかない。
「もしかして、あの子を探してる?」
「……何か知ってるんですか?」
そう問い返せば、先輩たちが顔を見合わせる。
『あの子』で通じている辺り、『=桜峰さん』というのは共通認識のようなものになっているのだろう。
「やっぱり、いないんだね」
“やっぱり”ということは、何か知ってるんだろう。
「いや、別に私たちが何かした訳じゃないの」
「ただ、あの子が旧校舎の方に連れていかれるのを見ただけけで」
「それは、どの辺りから?」
「廊下から……あ、ほら。ここから見えるそこの廊下通って連れていかれるのを見たの」
言われた方に目を向ける。
そこも確かに、旧校舎と繋がってない訳でもないし、行こうとすれば行けなくもない。
「なるほど。情報提供は有り難いですが、何故、先ほど獅子堂先輩たちに伝えなかったんですか?」
「……」
「……」
私の問いに、先輩たちがまた顔を見合わせる。
「理由はそれなりにあってね。嘘だとか断言される以前に、まともに聞いてもらえるか分からなかったっていうのもあって。以前、貴女に酷いことをしたこともあったし」
「……」
「だから、もし本当のことを言ったとしても、私たちが犯人なんじゃないかと思われるんじゃないかと思って、耳も傾けてくれるかどうか分からなかったから」
先輩たちなら聞いてくれそう――というのは、私側の意見だろう。
二人からすれば、彼らからの信頼度なんて無いようなものだろうし、そう思っても仕方がないのだろう。
「だから、貴女に言うしかなかったの。貴女なら、駄目元でも話は聞いてくれそうだったから」
「……そうですか」
まあ、確かに話は聞いているから、間違ってはいないのだが……
「とりあえず、信じる信じないは別にしたとしても、情報提供はありがとうございます」
「お役に立てたのなら良かった」
安堵したように、先輩の一人が息を吐く。
「もし一つだけ言っておくことがあるのなら、貴女がたが目撃したということは誰にも言わないでおいてください」
「え?」
「私は咲希を連れ去った先輩たちがどのような人なのかは知りませんが、情報提供したのがお二人だと知って報復に来ないとも限りませんからね」
だから、これは二人の身を守るための口止めだ。
そもそも、その先輩とやらが本人の意志で動いているのか、女神の暗示で動いているのかが不明な以上、この二人に何かあっては夢見が悪い。
「……心配してくれるんだ」
「あの時のことも込みで言っているのなら、忘れてください。こちらとしても触れたくないので」
「……ありがとう」
何を思っての『ありがとう』なのかは分からないが、彼女たちがそう言っているのであれば、大人しく受け取っておくべきなのだろう。
「それでは、私は行かないといけないので」
そう挨拶して、その場を後にする。
そうか、それにしても旧校舎か。
確かに、この学校内で収めるのであれば、妥当と言えるのかもしれない。
「まあ、とりあえず……」
『咲希の居場所が分かりました。目撃者がいまして、連れていかれる形で誰かとともに旧校舎へ向かうのを見ていたそうです』
それだけ打って、送信する。
場所は教えたし、これだけで十分だろう。
いざとなれば、夏樹の異能で脱出も出来るだろうし。
「さて、それじゃ最終決戦に向かおうか」
ねえ、相棒――と、リーディルラインを手にして向かうのは、私たちがこの学園で過ごす中でよく居た場所。
今は冬場で施錠されているはずなのに、ノブを捻れば、その扉は開いた。
施錠し忘れなんてことは思わない。
この程度の事象など、どうせ神の前では無意味なことだろうから。
「……」
扉の先には誰もいなかった。
いや、いないのではない。いないように見せているだけだ。
「ここまで長かった」
本当に、長かった。ずっと手紙や携帯越しにやり取りはしていたが、こうして対面しての会話は初めてだから。
「ようやく、貴女と対面できるわけだ」
いないように見せていたその姿が術の解除と共に、少しずつ露になっていく。
「――そうね。こうして、対面するのは初めてかしら?」
「……」
誰かの身体を通じてではない、正真正銘の女神。
――そして、すべての元凶。
リーディルラインを抜剣するために無言で角度を変えれば、女神は笑みを浮かべる。
「そんなに怖い顔をしないでよ。もう少しだけ、お話しましょう?」
神故なのか、私相手に負ける自信がないのかは分からないが、余裕とばかりに笑みを浮かべている。
「それとも……」
警戒を解かない私に対し、そう言いながら女神の姿が変わっていく。
「こちらじゃないと駄目かしら?」
「……そうだね」
こちらとしては出来る・出来ないではなく、“やらないといけない”なので、どの姿でも良かったのだが……
「そこまで驚かないのね」
「理解しているのか、してないのかは分からないけど、そんなに黄金を振り撒いておきながら、気付くなって方が無理でしょ」
どうやら驚く顔が見たかったらしいが、予想通りのものに驚けるはずがない。
「それじゃ、今度こそ始めましょうか」
そう告げ、女神は微笑んだ。