水森飛鳥とバレンタイン(忘れてしまったチョコレート)
「……やっ、た」
一日経って、バレンタインデー当日。
私はその日、やってはいけないことをやってしまった。
☆★☆
今日は、何としても持っていかないといけないものがある。
いつも学校に持っていくものに、+αでチョコレートである。
一つも忘れないようにと、数と誰に渡すのかを確認し終えて、いつも通りに寝たはずなのに。
「マジかぁ……」
せっかく買ったのに、まさか肝心のものを持ってくるのを忘れるとは思わなかった。
「せっかくみんなの分も買ったのに……」
「だったら、明日持ってくれば良いでしょ」
「そうだよ。それに、先に気持ちだけでも受けてとっておくからさ」
真由美さんと奏ちゃんがそう言ってくるが、私が忘れたのは事実である。
「ごめん……本当にごめん……」
奏ちゃんたちから貰ったチョコを食べながら、謝罪する。
しかも、問題は他にもあって――……
「マジで、どうしよう……」
昨日、鳴宮君と約束してしまった以上、こちらが破るわけにはいかないが、渡すものがないのもまた問題である。
そうこう悩んでいても、時間は過ぎていくもので。
『――まあ、気持ちは分からない訳じゃないけど、一回落ち着きなよ』
「でも、雪冬さんの分も忘れたんだよ?」
『何してるの。あれだけ「他の人の分は忘れても、雪柊さんの分を忘れるわけにはいかない」って言っておきながら、一緒に忘れるとか、何してるの』
「二回も言わないでー」
休み時間。明花に相談してみれば、当たり前のことを言われてしまった。
『それにしても、らしくない。普段ならこんなことで動じたりしないでしょ』
その指摘に、ぴくりと思わず反応してしまう。
「……まあ、そうだね」
けれど、仕方がないのかもしれない。
昨日の件を完全に昇華できたわけじゃないし、そもそも『バレンタインイベント』は卒業式というエピローグ前の最後のイベントである。
せめて最後くらいきちんとしておきたかったんだけど……仕方がない。
「でも、やるべきことを忘れるほどじゃないから」
『なら、良かった』
卒業式前に、何としても女神と決着をつけなくてはならない。それだけは変わらないし、そうでないと、この世界はまたループに入ってしまう。
だから、いつ戦うことになっても良いようにリーディルラインは持っているけど……
「来週」
『ん?』
「あれの裏で仕留める」
私の言った『あれ』が一体、何を指しているのかを理解したのだろう。明花が『そう』と一言だけ返してくる。
『でも、上手く行くかな?』
「行かせる」
懸念事項が無いわけではない。
正直、夏樹が心配ではあるが、今までの夏樹ならともかく、今の状態であれば、出し抜くことも可能だろう。
「だから、全て騙すよ」
夏樹や桜峰さんたちだけじゃない。
雪冬さんや雛宮先輩たちも、だ。
『さすがに雪冬さんは無理じゃない?』
「だとしても、やらないといけないんだよ」
みんなが騙されてくれている間に、終わらせないといけない。
『まあ、飛鳥の覚悟は分かったけど……とりあえず、目の前の問題をどうするべきか。まずは考えようか』
「うぐっ……」
やれやれと言いたげな明花の指摘に唸る。
どうやら、目を逸らさせてはくれないらしい。
「でも、意外と大丈夫かも」
『というと?』
「見ててくれれば分かるよ」
鷹藤君が言ってきた通りなら、きっと今日は桜峰さんと居たがるだろうから、すぐに彼女の方に戻れるとなれば嬉しいはずだ。
だから――
「来週のためにも、いくつかの仕込みもしておくよ」
『仕込みねぇ……一体、何をする気なのやら』
明花が、私が何をするのかを分かっていて言っているのか、分からずに言っているのかは分からない。
でも、明花になっても役立てるようにはしておくつもりである。
「とりあえず、私は私のやるべきことをやるよ」
そう言ったタイミングで、予鈴が鳴り響く。
『それじゃ、次は報告待ってるから』
「はいはい」
きっと良い報告でもなければ、予想通りとも言える報告になることだろう。