水森飛鳥とバレンタイン前日
――バレンタイン前日・十三日。
「何も起こらなきゃいいなとは思ったけど、そうもいかないか」
てっきり当日辺りに何かしてくるのかと思ってたけど、どうやら前日に仕掛けてきたらしい。
というのも、根拠はいくつかあって。
一つ目は、夏樹がいつもより覚悟を決め、緊張したかのような表情をしていたからである。そもそも毎年のバレンタインでそんな顔をすることなんて無かったから、目的がチョコの有無以外なんだろうとは予想できた。
二つ目は、鷹藤君が忠告に来たこと。
「多分、明日はみんな桜峰の方にいることになると思うから、先に伝えておく」
「いや、それはそうなんだろうなと予想できるんだけど、そんなに嫌そうな顔をしなくても……」
「桜峰の許可が無いと、離れるどころか別行動すらできないんだぞ?」
鷹藤君曰く、「近くにいる時間が長いのなら、多少離れるぐらい別にいいだろ」、「しかも、頼まれごとにも対処できないレベルなんだぞ」と、今までの経験談から来るのか、ものすごく嫌そうな顔をしていから、たぶん強制力的なものを使われたのだろう。
「じゃあ、今日持ってくるべきだったね」
「あるのか」
「深い意味はないよ。単にお疲れ様の意味があるだけ」
自分の分があると思っていなかったのか、驚いたように言われたけど、「これでも協力者だから」と告げれば、「悪い」と返されてしまった。
彼も何だかんだで大変そうだ。
そして、三つ目は――
『……が、……』
「……あー、通信不良ですか」
異能が思うように働かなかったこと。
状態確認や情報収集がてらに起動したのだが、いつもなら『音響操作/調律』するだけで聞こえていたのに、何をどう合わせても雑音が混ざる。
前々からそういう時はあったが、今回は特に酷い。
まるで、何があっても、手出しさせないとばかりに。
「本当、嫌な流れだな」
たとえどんなに加護とかがあっても、やはり女神の力には逆らえない部分があるので、どうするべきかと考える。
とりあえず、購入したチョコだけでも渡しておきたいのだが、多分、全員に渡すための時間は無いだろうから、会長や副会長辺りには、桜峰さんから代わりに渡してもらうことも視野に入れておく。
どうせ個々では桜峰さんがあげるだろうから、私からは別に、二人セット扱いでも良いはずだ。
せめて、チョコだけでも渡せる時間があれば――なんてことを、呑気に考えてたから、特大の爆弾を落とされることになったのだろう。
☆★☆
――おや、珍しい組み合わせだ。
それを見て、そう思ったのは、その二人が二人っきりでいるところを、私がまともに見たことが無いからだろう。
まだ冬だというのに、そろそろ屋上にでも行こうかと馬鹿みたいな発想をしたせいで、その通り道にある空き教室で桜峰さんと夏樹が一緒にいるところを見てしまった。
別に疚しいだとか、そんな感情は少しも無いはずなのに思わず隠れてしまったのは、二人が何を話しているのか、気なってしまったからなのだろう。
とりあえず、少しでも何の話をしているのかを知りたいので、『音響操作/調律』を利用して、盗聴していく。
『ここにもいなかったね』
どうやら、誰かを探しているらしい。
ということは、空き教室を出た時にこっちに来る可能性もあるんじゃないか?
『どこにいるんだろ……』
誰を探しているのかが分かれば、何とかなるんだけど、二人とも探してる人の名前を出さないものだから、どうしようもない。
『他のところも探しに行くか?』
『そうだね』
教室の扉が開く音がする。
あ、これはマズい――と、意識を前にしか向けてなかったから、後ろから伸びてきた手に気づかなかった。
「むっ!?」
「ごめん、少し静かにしていてくれる?」
後ろから抱きしめるかのように口を押さえられたので、あまり身動きも取れなかったけど、何とか顔も確認しようと、何とか声の主に目を向ければ――
「っ、」
今ここにいるはずのない人が、目の前にいた。