水森飛鳥とマラソン大会
神様――神崎先輩からリーディルラインについて確認されたり、鳴宮君とのちょっとしたやり取りはあったものの、今日に関しては全く関係ない。
というのも、そんな本日はマラソン大会である。
持久走大会と言い換えてもいいのかもしれないこの大会は、校庭のトラックからスタートして、特定のルートを進み、また校庭に戻ってくるだけなのだが……
「……寒い」
それにしても、何故冬に持ってくるのだ。
いや、炎天下を走ることになる夏とかよりはマシなんだろうけど。
とはいえ、寒いのはみんな一緒なので、始まる前はカイロとかで暖を取る。
ちなみに、出発順は一年女子→一年男子→二年女子→二年男子→三年女子→三年男子の順である。
(これはどこかで鉢合わせそうだなぁ)
私はこれでもリレーメンバーには選ばれるほどなので、体力や足の速さが無いわけではない。なので、普通に走っていれば、一位とかは無理でも、遅れずにゴールすることは出来るだろう。
「それじゃ、女子たちは用意しろー」
先生のものだろうか、一年女子たちに向けられているのか、そんな声が聞こえてくる。
「男子たちも用意だけはしとけよ。すぐだからな」
おおっと。ということは、一年男子が始める頃に、私たちも声掛けられるな。
「とりあえず、ビリにはならないようにしないと」
「……大丈夫じゃない?」
奏ちゃんが不安そうにしていたため、そう告げれば、真由美さんから「そりゃあ、あんたは大丈夫でしょうけどね」と告げられる。
「いや、そんなつもりだった訳じゃなくて。だって、二人とも走りきれないほどの体力がない訳じゃないでしょ? それに、多少遅れることはあっても、ビリになるほど遅れるようなタイプじゃないと、私は思ってるんだけど……え、違うの?」
「飛鳥ちゃんの信頼が凄い……」
思ったことを告げただけなのに、奏ちゃんが両手で顔を覆ってしまった。
「まあ、さすがにそこまで体力落ちたとは思いたくないけどねぇ」
とはいえ、真由美さんもそこまで自信があるわけでは無いらしい。
「で、飛鳥は一位を取るの?」
「無理だからね?」
体力があって、リレーに選ばれるほどの足の速さと持久走は比例しないと思うんだが。
「そもそも、リレーの時と距離が違うし、始めは良くても後でダウンしたら意味ないし。だから、ビリを開始するなら、安定して走るしかないんだよ」
「それもそうか」
おそらく、私がその気になれば取れなくはないんだろうが、なるべくなら上位に入るのは回避したいので、真ん中辺りを狙いたいところではある。
ちなみに、上位に入ると表彰だの何だのされる。私としてはそんなことよりも、寒空の下から早く教室に戻りたいのだ。
「あ、始まるよ」
そう話しているうちに、一年女子グループのスタートで、マラソン大会は始まったのである。
☆★☆
順番が回ってきたので、私たちも校庭のトラックから走り始める。
――さすがに、ここで周回遅れにはなりたくない。
少しずつペースを落とすなら、校庭を出てからのほうがそこまで目立たずに済むはずだ。
「あれ、先に行くかと思ったのに」
「行けなくはないけど、さすがに序盤で全体力使うようなことはしたくないんだよね」
「全体力って、大袈裟ねぇ」
真由美さんは本気で思っているのか、そう言ってくるが、去年痛い目見たから、避けたいところではある。
「でも、後半にバテたのは事実なんだよね。……いろいろあったけど」
本当にいろいろはあったけど、それでもバテたのも事実で、来年以降はもう少しペースダウンしようと決めたときでもあった。だから、今回は体力温存しつつ、ゴールするのが目標でもある。
「とりあえず、男子たちが来たみたいだから、ペース上げるなら上げちゃいなさい」
男子の一人が通りすぎていったのを横目で見ながら、真由美さんが言う。
かなりの早さで通りすぎていったから、途中でバテなきゃいいけど。
「そうだね」
まあ、彼らも彼らで下手にペースを上げてくるようなことはしないだろう。
――と、思っていたときが、私にもありました。
「あんたたち、さっさと行きなさいよ……」
真由美さんがそう言うほどに、私たちは固まっていたんだと思う。
「……私は無理」
奏ちゃんは奏ちゃんで何かヤバそうだけど、大丈夫か。
「飛鳥。奏は私が一緒にいるから、先に行きなさいよ」
「いやぁ……」
無理だとは言えない。
というか、さっき一回ペース上げたら、加減をミスったのか呼吸がマズくなったし、今度は整えつつ歩いていたら、奏ちゃんたちだけではなく、桜峰さんや男性陣と合流したみたいになってたし。
「そうそう。焦ったところで、倒れるだけだしね」
君が言うのとは、違くないか。
「それで、咲希は大丈夫なの?」
そう言いつつ、桜峰さんの方を見れば、奏ちゃんよりもヤバそうな顔色をしたヒロイン様がいた。
というか、さすがに、それはマズい気がするんだが。
「いや、咲希。あんた一回ペース落としなよ。その顔色マズいから」
「大丈夫、だよ……?」
「それ以前の問題だから」
さすがに命に関わっても困るので、桜峰さんの足を止めさせる。
「でも……」
「気にしない、気にしない。みんなには悪いけど、もし見かけたらでいいから、先生に言っておいてくれると助かる」
渋る桜峰さんを余所に、奏ちゃんたちに向けてそう言えば、「分かった」と了承してくれた。
「俺たちは残ろうか」
「別に、先に行ってくれても構わないけど?」
「でも、男手が必要になるかもしれないよね?」
もしここで拒否したとしても、鳴宮君のことだから残りそうなんだよな。
少しだけ考え、後ろを振り向く。
――先輩たちの気配は無し、か。
「じゃあ、とりあえず先輩たちが来るまでは頼むよ」
「りょーかい」
結果として、ここに残ったのは鳴宮君と夏樹である。
鷹藤君はというと、「空気が悪くなりそうな所にいたくない」とばかりに、奏ちゃんたちとともに先に行ってしまった。
よりにもよって、緩衝材がぁとも思わなくはないのだが、彼はこういうのを察して、逃げたんだろう。
――まあ、すべてはそんな暇があれば、なのだが。
桜峰さんの状態によっては、彼らと話している暇もないのかもしれない。
「……」
桜峰さん様子を見ながら、止まっては歩き、止まっては歩きを繰り返す。
私の代わりに鳴宮君たちも彼女の様子を見てくれたりしているが、それでも止まっては歩きを繰り返す。
知識内の『桜峰咲希』の体力は普通のはずで、少し動いただけでここまで動けなくなるほどの体力の持ち主ではなかったはずだ。
私の中にある知識とリアルによる差異が出ているのかは分からないが、現に桜峰さんはバテているわけで。
「咲希。喋れそう?」
「……何とか」
どうやら、話せるぐらいには息を整えられたらしい。
まだ顔色は悪いけど。
「歩くことは出来そう?」
「大丈夫」
それならとばかりに歩いていく。
走っているわけでもないので、ゆっくりではあるが進んでいるし、桜峰さんの顔色も良くなってきた。
時々男性陣と話しつつルートを進んでいき、ようやく最後の校庭一周が見えてきた。
「さすがに、あれぐらいは走れるよね?」
「もちろん」
どうやらそれだけの体力は回復したらしい。
後ろではラストスパートを掛けるためなのか、軽く準備運動をするかのような男性陣を無視しつつ、「それじゃ、ここからは――」と声を掛ければ、察してくれたらしい面々が「スタート」の声とともに校庭へと走っていく。
「ほら、咲希」
「うん」
そう声を掛け合って、私たちも走り出す。
そして、ゴールすれば、先に着いていた奏ちゃんたちが出迎えてきた。
「時間内にゴールできて良かったね」
「一応、時間の確認はしてたから、間に合いそうになかったら、誰かに抱えさせるつもりだったけどね」
「そうなの!?」
桜峰さんが声を上げているが、結果を見てみれば、時間内に到着したので問題はない。
まあでも、規定時間内なおかつビリでゴールしたわけではないので、結果としては良いんじゃないだろうか。