水森飛鳥と確認と複雑な距離感
「一体、どういうこと?」
その時は、思ったよりも早く来たと言うべきか。
目の前には鳴宮君――ではなく、彼の身体を借りた神崎先輩。
私がリーディルラインを喚び出したから、慌ててこちらにすっ飛んできたんだろう。
「別に、どうもこうもありませんよ。一つの戦うための手段です」
『水森飛鳥』として、この世界で過ごすに辺り、与えられたのは『調律/音響操作』である。
女神が未だに私には戦闘能力が無いと認識しているのかどうかは分からないけど、もし本当に彼女とやり合うことになるのなら、使い慣れた相棒に居てもらった方が心強いし、安心して戦えるというもの。
「いや、君は……うん、別にいいんだけどさ。まさか、わざわざ喚び出すなんて、思わないじゃん? 出来ると思わないじゃん?」
「それは、私も思いました」
だから、成功半分、失敗半分のつもりでいた。何なら、失敗して当たり前だと。
でも、結果はどうだ。リーディルラインは今こうして手元にある。
世界を越えてまで、その力を貸しに来てくれた。
「けど、せっかく来てくれたこの子を、使わないわけには行かないじゃないですか」
神崎先輩たちから何らかの武器を貰ったとしても、それなりには戦えるだろう。
けれど、そこには『慣れるまでの時間』が生じる。今回の周回が終わるまで、もう時間がないのに、『慣れるまでの時間』に割く時間など無い。
であれば、使い慣れ、こちらのこともよく分かっているリーディルラインを選ぶのは、何らおかしいことではないだろう。
「大丈夫ですよ。世界崩壊までには至りませんから」
その気になれば不可能ではないのだろうが、さすがにこの世界を壊したいとまでは思わない。
それぐらい――私は、この世界の人たちと知り合ってしまったから。
「まるで、出来るような言い方だね」
「まあ、私たちとリーディルラインなら、出来ますからね」
肯定しておく。
世界崩壊したところで、どうにかできる手段がないわけでもないのだが、言ったら言ったで驚かせるだけだろうし、現状では神崎先輩相手であっても、リーディルラインの本来の能力については言わない方が良いだろう。
「……全く、僕たちはとんでもない子たちを引き当てたってことか」
「最初からそのつもりだったのでは?」
彼らが知らないはずがないのだから、そんな彼らの中でも、私がやったことは予想外だし、上回ったのだろう。
「とりあえず、無理だけはしないようにね」
「分かってます」
まあ、時間も時間だからやるかもしれないから、確約できないけど。
「それじゃ、彼のこと、よろしく」
神崎先輩にも色々あるんだろう、そう告げると、鳴宮君の身体が傾いたので、受け止めて、近くの壁に凭れ掛けさせる。
そして、彼の意識が浮上したのはどれぐらい経った後だったのか。
「……大丈夫?」
「っつ、君は……」
気が付いたらしいから声を掛けてみたわけだが、頭を押さえながらも目を向けられた。
久々なんだから、神崎先輩も手加減すればいいのに。
「まあ、大丈夫そうだね」
大丈夫なら、もう良いだろう。
これ以上、あまり彼と一緒にいるわけにはいかない。
女神に見られて、彼の中にある、こちらの認識をさらに薄められても困る。今更なのかもしれないが、それでも、ようやく元の距離感には戻れかけてはいる。
だから、そうならないうちに去ろうとすれば――
「待って!」
いつの間にか立っていた彼に呼び止められた。
「何?」
私のことは『一年の時から知り合いの水森飛鳥』ではなく、『同学年の知り合い』だとか『桜峰咲希の友人』として認識しているはずだし、そうなっているはずだ。
だから昨日も、『鷹藤君に頼まれたから』、代わりに来てくれただけのこと。
「その、ありがとう」
「気にしないで。もう少し気づくのが遅かったら、叩き起こしていたことだろうし」
叩かなくても、声は掛けるつもりだったけど。
「それじゃ、私は行くから」
「あ、保健室には連れて行ってくれないんだ」
そのまま戻ろうと、角度を変えただけの足が止まる。
「――……」
少しだけ、口を開きかけ――閉じる。
一体、何て言うべきなんだろうか。
本当なら、念のためでも保健室に行くなら付いていくべきなんだろうけど……でも本当に、それが正解?
彼の視線から察するに、何らかの嘘とか裏があるわけじゃなさそうだけど、「言う相手は私なのか」と思ってしまった。
いや、ここにいるのは彼以外だと、私だけなんだけども。
「……き、君みたいな有名人と一緒にいたら、私の身が持たないから、ね……?」
彼が自分の知名度とかを、どれぐらい認識しているのか分からないが、どう告げれば私が付いていかなくてもいいのかも分からないので、言い方は悪いが、こういう風に言うことしか出来ない。
「まあ、言いたいことが分からないわけじゃないけど、そもそも何でこんなところに居たんだろう?」
それは神様――神崎先輩のせいだから、なんて言えない。
「それに、人気も無いし、君も何でこんなところに居るの?」
こんなところ、か。
あの人は、誰もいないところで、誰もいないときに接触してくるから、否定できない。
「まさか、君が連れてきたわけじゃないよね?」
「違うから。それに、後に来たのはそっち」
これだけは間違ってない。
何て言おうが勝手だが、今回のことに関してはこっちのせいでもあるので、彼自身に対してはなるべく会いたくないというか、会わないようにしていたのに、神様が憑依して会いに来るんだもんなぁ。
「……そう」
「帰るなら、そちらからどうぞ」
ここから戻るルートを示す。
「君は戻らないの?」
「一緒に出たところを誰かに見られたら困るのは、君の方でしょ」
もし誰かに目撃されて、一昨年みたいなことが起きれば、自分のせいだときっと気にする。
彼にそのときの記憶が無くても、事が起きれば気にすることは、これまでの付き合いから容易に想像できる。
だから、さっさと彼女の元へ行くように促そう。
「だから早く、桜峰さんの所へ行ってあげたら?」
「何で?」
「え……?」
「え? あれ?」
今の即答、何?
というか、本人も分かってない?
(一体、どういうこと?)
今までであれば、この即答もいつも通りだったわけだが、変化後の彼が桜峰さん関係で疑問を即答レベルで返してくるのはおかしい。
昨日だって、私が勝手に気まずく感じてただけで、鳴宮君は普通に話していたはずだ。
「……」
けど何よりも――私はこのことに希望よりも絶望を感じた。仮に記憶や人格が以前の彼へと戻り始めたとしても、完全に戻る前に女神が気づいて上書きしてくるか、消しに来るに決まってる。
(もし、そうなれば――)
どうなるかなんて、分かりきったことだ。
夏樹も巻き込んだ挙げ句、彼らの記憶まで操作され――そして、残り時間もあとわずかな所で、チェックメイトされる。
そんなの、そんな結果になるなんて、悔しすぎる。雛宮先輩も魚住先輩も信じてくれているのに。
せっかく、覚悟も決めたと言うのに。
「……書き換えるなら、こんな中途半端じゃなくって、最後までちゃんと書き換えろっつーんだ」
「え?」
不思議そうな彼に、まさか今の呟きが聞かれたのかと思ったけど、違うらしい。
「あ、それより帰らなくていいの? そろそろ下校時刻だけど」
「うん、そうだね」
荷物はすでに持ってきているから、私はこのまま昇降口に直行しても問題ない。
「……送ろうか。危ないし」
「他に好きな人が居るのに、会ったばかりの女子にそんなことしていいの?」
確かに外は暗いし、申し出自体はありがたいが、それこそ針の筵ではないか。
それに、彼の中では、この認識で合っているはずだ。だから、さっさとそっちに行ってくれ。
「もしそんなことをすれば、女子たちが自分もって言いだして、収拾つけられなくなるし、桜峰さんへの印象も悪くなるよ?」
とは言いつつ。誰が相手であれ、この世界の主人公とされている桜峰さんの嫉妬だけは受けたくない。
でも、それ以上に厄介なのは、この事を知った女子たちの嫉妬である。うん、まあどれだけ厄介なのかは身を以て体験したから分かってるけども。
「うん、そうかもしれない。けどさ、もう収拾がつくような状況じゃないから」
彼は告げる。
「水森さん」
「っ、」
ようやく名前を呼んできたかと思えば、手を取られ、思わずびくりと反応してしまう。
「ちょっ、離してっ……!」
「離さないよ。誤解が解けるまではね」
「誤解って……」
何を言っているのだろうか。
まさか、あの憑依が記憶回復のトリガーとか? それこそありえない。神の力がこんなあっさり破れれば、先輩たちだって苦労せずに済んだのだろうに。
「っ、何のことまでかは分からないけど、誤解はしたままで良いと思う。鳴宮君の友人で居られたという事実があればね」
「何で過去形になってるの!? だから、それが誤解なんだってば!」
慌てているのもあるのか、握られてる手に力が込められる。
「せっかく、表情の変化が見られたかと思ったのに、また逆戻りとか最悪だし」
鳴宮君がどこか不機嫌そうに、空いている方の手で頭をがしがしと掻く。
さっきから、どうにも様子がおかしく感じるのは気のせいだろうか。
「つまり、その……」
何か歯切れが悪い。
「俺が好きなのは、桜峰じゃないから!」
「は……?」
「あー、もう! 俺とずっと一緒にいたのは桜峰じゃなくて、水森さんでしょ!? 空気読める方なんだから分かってよ!」
赤くなりながら、微妙に涙目にもなりながら叫ばれる。
あ、これ。もしかして、もしかしなくても……?
「……ああ、うん。夏樹と張り合っていたりしたから、薄らとは感じてたけど」
――以前の彼に、戻った?
ただ、どちらに関しても勘違いだと嫌だし、夏樹と居るときは空気が悪すぎたから、そちらの方が先に頭に来ただけなのだが。
「…………何で御子柴の名前出すの?」
赤くなっていたかと思えば、今度はいきなり真顔になった。
それに何か、周囲の気温が下がった?
「どうせなら、俺も名前で呼んでくれない? 俺も『飛鳥』って呼ぶから」
「え……」
何でそうなった。
鳴宮君はにっこり笑みを浮かべながら言ってくるけど、私には脅しにしか聞こえない。
「……い、郁斗君」
「うん、何かな。飛鳥」
「…………」
観念して言ってみたが、うん、恐怖でしかない。
これが攻略対象とされた人間の力なのか。
「ごめんごめん。冗談だから、引かないで。水森さん」
「冗談に聞こえないから! 正直、脅しみたいだったから!」
そういえば、後輩庶務から呼ばれたときも寒気がした気がするけど、気のせいか?
「じゃあ、最終下校時刻も近いし、帰りますか」
「……ああ、うん。そうだね」
あっさりと切り替えられたような気もしなくはないのだが……もう、どうにでもなれ。