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水森飛鳥と神殺しの剣


 ずっと、ずっと、遠くの世界。

 多くの空間や世界を挟みながらも、繋がっている世界。

 のどかな風景の中、異質なようで、違和感すら感じさせない『それ(・・)』は存在していた。

 『それ』は、記録していた。

 その魂に刻むかのように、自身の所持者は何人もいたが、新たな主――現在の契約主は自己犠牲の精神とも言うべきか、とにもかくにも故郷に帰るためなら、自身が傷つこうとも構わぬと言った様子で、様々な出来事がありながらも、突き進んでいった。

 そんな現在の主を近くで見ていたからなのかは不明だが、『助けになりたい』と思わせられたのは久々だった。


 ――現在の主が死ぬまで、新たな主が『それ』の所持者となることはない。


 世界が戦時下だろうが、滅亡間近だろうが――それが、どんな状況であろうと、それだけは変わらず。

 たとえ、現在の契約主が世界を越えてしまっても、『それ』は魂に刻まれた契約により、その者の元へと辿り着ける。


『貴女が喚んでくれれば、いつでも力になるから』


 そうは言うが、心のどこかで期待している部分があるのは否定しない。

 もし、彼女が困っているのなら、手を貸すのみだし、たとえ、目的地が――どんなに遠い世界だとしても、普通なら不可能なことを、彼女はやってのけるだろうから、喚ばれた私はそれに応えるだけだ。


 だからこそ、『それ』は待つ。

 時間を、空間を、主からの()を――……


   ☆★☆   


 鷹藤(たかとう)君は、確かに言った。

 ()が助けを求めた時に、彼の手が塞がっていた場合、別の誰かを向かわせるのだと。


「……」

「……」


 でも、まさか彼――鳴宮(なるみや)君を寄越してくるとは思わなかった。

 いやまあ、夏樹(なつき)が役に立たないと言ったからなのだろうが。


「……」

「……」


 ちなみに、私の様子を見に来るのがいつも通りになってしまった鷺坂(さぎさか)君はというと、回収役として来た彼に回収されたのだが、当の鳴宮君はわざわざここまで戻ってきたかと思えば、ずっとにこにこと笑みを向けてくる。

 そんな彼とは初詣以来なのだが、今となっては察することが出来ずに、戸惑うことしか出来ない。


「えっと、何か言いたいことがあるのなら、言ってほしいんだけど……」


 正直、一学期の時のやり取りが一番楽だった気がする。

 今の関係で、距離感で、あの時と同じやり取りをしようとすれば、ギクシャクしそうな気がする。


「別に、何かあった訳じゃないよ」

「そう……」


 何も無く、笑顔でいるはずがない。

 私といること自体を喜ぶと言われたところで、以前の彼ならともかく、今の彼の言葉を信じきれない気がする。


「ねぇ、水森(みずもり)さん」

「っ、」


 久々に名前を呼ばれた気がする。


「俺、何か気に触るようなことした?」

「え――」

「さっきから、落ち着きがないみたいだから」

「……」


 ……あ、もう一つ忘れてることがあった。

 彼は、私が少しでも暗くなると気付く人だった。

 よく見てる、と言ってしまえばそうなのだろうが……


「……さ、……」


 最近まともに話してなかったから、何を話すべきなのか分からない――なんて、言えるはずがない。

 避けて、避けて、避けて……ただひたすらに、彼らを避けていたのは私だというのに。

 それなのに、今さら「話してなかったから、何を話すべきなのか分からない」なんて、彼に対して、言えるはずがない。


「別に、鳴宮君のせいじゃないから気にしないで」


 問題なのは、私の方だから。

 でも、これじゃ遠ざけた時と変わらない。

 だから、私は彼に声を掛ける。


「本当、ごめんね。こんなことで手を煩わせて。多分、もう大丈夫だと思うから、戻ってくれていいよ」


 私のために来てくれた彼に、こんな言い方でしか戻ることを促せないのもどうかとは思うが、鳴宮君は生徒会役員である。そろそろ返さないと、仕事に支障が出かねない。


「俺のことなら、気にしなくていいのに」

「君が気にしなくても、他に気にする人がいるからね。役員業務関係は特に」


 まあ、誰とは言わないが。


「それは……水森さんも?」

「さて、どうかな。まあ、君が溜め込むことになった仕事量次第だけど」


 少ない量で済むのなら、というわけではないが、さすがに大量に残ってしまった場合は、申し訳なさしかないので、この返事に留める。


「そっか」

「だから、君は自分のやるべきことをきちんとやりなよ」


 鳴宮君の『やるべきこと』が何なのかは本人にしか分からないことなので、私はそう言うしかない。

 たとえ、それ――彼のやるべきことが、生徒会業務だろうが、桜峰(さくらみね)さんと過ごすことだろうが、それ以外だろうが、私はそう告げることしか出来ないのだ。


   ☆★☆   


 ようやく一人になれた、というべきか。

 一応、『音響操作(チューニング)』で周囲に誰も居ないことを確認する。

 これから行うことは、誰かに見られたりした場合は厄介だし、面倒なことになりかねないので、念には念を入れて確認しないといけない。


「懸念事項がない訳じゃないけど、異能が使えてる時点で、魔力が存在しているってことだから、問題ないよね」


 今いるのは、一学期から二学期の途中まで、大変お世話になった屋上である。

 ただ今は冬なので、寒くて誰も近寄らないことが、かえって私には好都合だった。

 多少広く場所を取ったことで、そこから発せられる光とかを目撃されたとしても誤魔化せるだろうし、今からやろうとしていることに関しても、大きさ的には問題はないはず……だと思いたい。


「本当なら、貴方を頼るはずじゃなかったんだけど」


 ふわりと、屋上の床に魔法陣が浮かび上がる。

 それを見つめながら、考えるのはただ一つ。


「でも、貴方の力がないと駄目っぽいから、(いさぎよ)く頼ることにしたんだ」


 もう一つ、ちゃんと成功するのかという懸念点がないわけではないが、「大丈夫」「絶対に成功する」と心のどこかで思えてしまっているのは、きっとこれまでの付き合いから。


『必要なら呼んで。だって私は――いつ如何(いか)なる時も貴女の側に居るのだから』


 私たちは過ごすべき世界が違う――にも関わらず、異世界からの帰還の際に、貴方はそう言ってくれた。

 だからこそ、私はそれを信じるよ。


「『遥か遠くへと繋がる世界 刻み、記すべきは世界の(ことわり)』」


 貴方の力は、私が一番よく知っているから。


「『我が剣は我の元へと導こう 遠き旅路の終着点は貴方の契約者なり』――おいで、『リーディルライン』」


 魔法陣の上に伸ばしていた私の手へと、光の粒子が次々と集まり、剣の形へと成していく。

 そして、光の粒子から完全に剣の姿になったリーディルラインを鞘から出して、その刀身を確かめる。

 いつも通り見慣れた、どこか変形した様子もない相棒に安堵する。


「世界を越えるだなんて無理をさせて、ごめんね。リーディルライン」


 けれど、こうでもしないと、この世界では戦闘系異能じゃない私は、女神と戦闘に発展した際、どうにも出来ないから。

 そう思いながら、刀身を鞘に戻し、あるべき場所(・・・・・・)へと返す。


「ん、異常なし」


 身体にも、これと言った異変はない。


「後で謝らないとなぁ」


 きっと、神崎(かんざき)先輩たちは驚いているだろうから。





 ――元の世界にある、星王(せいおう)高校。


「――ッツ!?」


 勢い良く神崎は振り返り、ぎょっとしたような顔で外を見る。


「どうしたんですか? 会長」


 業務中だったこともあり、同じ生徒会役員に問われるものの、「何でもない」と返しながら、神崎は業務に戻る。

 一方で、生徒会副会長、新垣(にいがき)神奈(かんな)も平静を装ってはいるが、ペンを持つ手は完全に止まっており、内心焦っていた。


(何で……どうして、『神殺しの剣』の気配なんて、感じるの!?)


 そうは問うが、心当たりが無いわけでもない。

 おそらく、彼女(・・)の仕業だろう。


(戦闘系能力者ではない彼女が、一つの手段として手にしたのなら納得できない訳じゃない……けど)


 神殺しは神殺しである。

 その矛先が少しでも自分たちに向けられたらどうなるかなど想像は容易いし、想像したくもない。


「――会長」


 新垣は神崎に話しかける。

 書類の確認を頼むかのように装いながら、早急に彼女への確認をすることを視線で伝える。


「分かった、これも確認(・・)だな」

「お願いします」


 神崎が口にしたことで、新垣の意志は伝わったようである。

 そんな新垣の様子を確認しながらも、返事をした神崎ではあるが、懸念点がないわけではない。


(別世界にいる僕たちでも感じ取れたんだから、女神が気付かないはずがない)


 飛鳥のことだから、対処できないわけではないだろうが、女神が突っ走らない可能性も低くはない。


(そろそろ、状況の確認もしてみるべきかな)


 定期的に報告らしきものが来たり来なかったりしているが、基本的には飛鳥たちに任せっきりである(丸投げとも言うが)。

 夏樹(なつき)が女神側の影響を受けたことも確認済みであるにも関わらず、特に対処しなかったことについては責められても仕方がない。

 それに、飛鳥が偶然であっても、鷹藤が同郷出身者であることを知ることが出来たのは、本当に運が良いこととも言えた。


 ――まあ『異世界経験者』という所もあったから、選んだわけだが。


 結果として、『神殺しの剣』まで喚び寄せることになったのは、幸か不幸か。

 とにもかくにも、最後の切り札として選んだ人物である。神崎とて、失敗させるつもりはない。


「それじゃ、少し休憩にしようか」


 少しばかりの覚悟を抱きつつ神崎は、役員たちにそう促すのだった。



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