水森明花と各ルートⅤ(鷺坂蓮ルートⅣ・観察対象)
「……」
「……」
あれからというもの、視線を感じるようになった。
とはいえ、犯人は分かってるので、どうするべきなのかは迷いどころではあるのだが……
『最初は良かったけど、こうなると、さすがに鬱陶しいよねぇ』
久々に浮上してきた飛鳥が、苦笑いして告げる。
奏ちゃんたちと居るときも見てくるときがあったので、苦笑いされていたが、理由も分からず見られているのかもしれないとなると戸惑うのも仕方がないのかもしれない。
「代わる?」
『代わらないよ。ただ、あともう一息だから、頑張る』
「そ。なら、私も頑張るよ」
それに、奏ちゃんたちのためにも、一人ご飯を続けないといけないと思うと、何とも言えない気持ちになるが、友人たちに不快な思いをさせるよりはマシなのだろう。
「……」
「……」
どうせなら隣で食べつつ観察すればいいのに、何も食べずにこちらを観察し続けるのには驚きである。
――とりあえず。
鷹藤君辺りに連絡して、回収しに来てもらおうかと思ったけど、時間も時間である。
『こっちに来て、何か食べたら?』
飛鳥が連絡先を交換しておいてくれたお陰で、これだけ距離があっても、言いたいことが言えるのはいいことだ。
返信は無かったけど、パン一つ持って前の席に着いたのを見て、肩を竦める。
それだけで足りるのか、とは思っても口にしない。本人がそれだけでいいと思っているのなら、下手に口を出すべきではないんだろうし。
「それにしても、せっかくの昼休みを咲希と過ごすんじゃなくて、私の観察に回すなんてねぇ」
「……何が言いたい?」
「君は咲希が好きで、振り向いてもらうために、どんなときもあの子と一緒にいるイメージだったからね。そんな君があの子と居ることよりも、私をどうにかすることに時間を割いていることを疑問に思ってるだけだよ」
咲希を振り向かせられなくても、告白ぐらいは出来るはずだ。
けれど、それすらもせずに、私の観察に時間を割いているということは、告白するための時間ならまだあると思っているのか、彼の中では諦めているのか。
「……飛鳥先輩が元に戻れば、咲希先輩にも喜んでもらえるでしょ」
うん? 咲希は明花に対して違和感はあっても、飛鳥とは別人であることには気づいてないと思うから、たとえその事を隠したままでも何も問題ないと思うけど……
――むしろ、飛鳥が取った距離を元に戻す方が、彼女には喜ばれそうだけど。
「そもそも、あの子が気付いていれば、という前提が必要だけどねぇ」
そう返してみるが、そこは未確認なのか、自信がないのか。睨まれることもなく無言で返される。
「……あんたは」
「ん?」
「あんたは、何なんだ」
改めて聞いてきたのは、これまで観察してきたことに由るものなのか。
「それは、どう答えるべきなのかな。私自身のこと? それとも、目的の方?」
「両方だ」
ふむ……?
「私は単に飛鳥の代役だよ」
「代役?」
「そ。あの子が所用とかで抜けてるときに、違和感が無いように穴埋めしなくちゃいけないでしょ。それをするのが、私」
まあ、本当のことを思うと、間違ってるけど、間違ってない答え方だとは思う。
「でも、私が言えるのはこれだけ。それ以上のことは、まだ言えない。言えるほど、君のことを信じてる訳じゃないから」
そもそも、遠目で観察しているだけで、何故信じてもらえると思ったんだ。
いや、思ってないにしても、話せるわけがないんだが。
「……何してんだ、お前ら」
「おや」
珍しいこともあるもので。
「鷹ひょうふん」
「……とりあえず、口から箸を抜け。水森」
本当は私が明花であることを分かったから名前で呼びたかったんだろうが、鷺坂君がいるから、とっさに名字呼びにしたんだろう。
「それで、どうしたの?」
口の中のものを完全に飲み込んでから尋ねれば、隣の席に着きながら、溜め息を吐かれた。
「ちょっと用があったから、探してただけだ」
「そう」
メール一つでもくれればいいのにとは思ったけど、履歴に残るし、内容次第では誰かに見られると困るのはこちらである。
視線を向ければ、何で鷺坂君が一緒にいるのか気になるんだろう。ちらちらと彼の方を見ている。
一方で、鷺坂君は鷹藤君が今の私の状態を知ってるのかが気になるのか、これまた鷹藤君にちらちらと目を向けている。
「二人して、何をしてるんだか」
そう告げれば、何か言いたげに二人から目を向けられる。
「お前にだけは言われたくないんだが」
「同感」
酷い。
でもまあ、そうか。この二人は互いの知る情報が噛み合っていないんだから。
――もし、教えたら教えたで、面白そうではあるけど。
でも、後のことを考えると、面倒なことになるのだけは避けたいので、このままで行くつもりではある。
「……」
もぐもぐ、と口を動かす。
「……」
さらに、もぐもぐと口を動かす。
「……」
食べ終わったので、小さくごちそうさまと呟き、弁当に蓋をすれば、男子二人が互いの顔を見合わせる。
「水森?」
「先輩?」
おや、鷺坂君の呼び方が変わったな。
「何?」
「怒って……?」
「怒ってないよ。というか、怒る要素がどこにあるの」
確かに、無言で返しはしたけども、この程度のことで怒ったりはしない。
「怒ってないのならいい」
「そう」
弁当を片付けつつ、そう返す。
そして、立ち上がれば、二人の視線が一緒に動く。
「どこ行くの?」
「どこでも良いでしょ」
あ、しまった。教室っていえば良かった。
……まあ、教室と言ったところで、この後輩は付いてきそうだけど。
「じゃあ、一緒に行こうかな」
やっぱり、そうなるよね。
「鷹藤君」
「何だ」
「君のとこの後輩が鬱陶しいので、引き取ってくれない?」
「うわー、先輩ひどーい」
酷くないし、エスカレートしてるのは彼の方である。
鷹藤君は鷹藤君で私たちの様子を見て、「後で説明しろよ?」と視線で訴えられた後、鷺坂君に声を掛ける。
「とりあえず、生徒会室行くぞ」
「え、何で。仕事はちゃんとしてたよね?」
「桜峰が最近会えないって落ち込んでたぞ」
「う……」
やっぱり、桜峰さんの名前を出されると弱いらしい。
でも、私の方も気になるみたいで、どうするべきかとばかりに、こちらに視線を向けてくる。
「さっさと行って、咲希に顔見せてきたら?」
「逃げんなよ!」
完全に飛鳥に対しての言い方ではないのだが、鷹藤君を放置して、先に行ってしまった。
「……で?」
「ん?」
「事情。何で若干ややこしいことになってるんだ」
「あー、どうやら明花のことを別人格とかじゃなくて、物理的に入れ替わった人間だと思ってるみたい」
「ああ、そういうことか……」
説明要求されたので、してみれば納得された。
「まあ、別人格よりも別人だと思う方が普通……なのか?」
「知らないよ」
でもまあ、鷹藤君に言えただけでもマシ……なのかな?
「で、私が飛鳥とは別人だと思ってるから、何で私がいるのか、見極めるために観察してる――というのが、ことの全貌です」
「また、本当に面倒なことしてるな。あと少しでタイムリミットだというのに」
「言わないで」
私もそこは理解してるから。
「どうしても邪魔なら、回収してやるが?」
「いや、それはありがたいけど、君にも君の予定があるでしょ」
「全部、俺が行くとは行ってないが」
「……」
ああ、察し。
「というか、君しか、今の事情を知らないんだけど!?」
「御子柴を忘れてやるな」
幼馴染だろ、と言われても、今のあいつは頼りにならないんだもん。
「今ほど頼りにならない幼馴染を頼れと!?」
「あー、俺が悪かったから、そう言ってやるな」
さすがに可哀想だと言われてしまえば、何とも言えなくなる。
「頼れるんであれば頼ってるよ。頼れないから、君に話してるんだし」
鷹藤君には申し訳ないが、夏樹がいつも通りであったのなら、今すぐにでも頼るのは夏樹の方だ。
でも、それが不可能だから――
「雪冬さんにも話しに行ける状態でもないから、私は君にしか話を通せないんだよ」
「それは……」
複雑そうな顔をする彼には申し訳ないが、事実なのだ。
私たちがまともに動けないのなら、誰かの手を借りる必要がある。
「やること増やしてごめんね」
これは本音だ。
彼にだって、やらなくてはいけないことだってあるのに、やることを増やさせてしまった。
「こっちのことは気にするな。『水森』」
その呼び方に、思わず目を見開く。
そっと入れ替わってみたというのに、気づくのか。
「やっぱり、君。雰囲気とかじゃなくて、私たちの違い、分かってるでしょ」
「さあな。それに、俺としてもタイムリミット間近で味方を失いたくないだけだしな」
それはちょっとした仕返しなのかどうかは分からないけど、彼にそう思わせてしまったのなら申し訳ない。
「ねぇ、鷹藤君」
「何だ」
「雪冬さんのこと、お願いね?」
「は?」
笑顔でそう告げれば、何言ってんだと言いたげな目を向けられる。
「ほら、さっきも言ったけど、私は行けないしさ」
「……あ、ああ、そういうことか」
本当は別の意味も含んでいるのだが、そっちは事が終わってからでもいい。
今はそういう意味で捉えておいてくれればいい。
「それじゃ、私は行くね」
そう声を掛けて、空になった弁当箱を手に空き教室を出る。
時間を見れば、もうすぐ予鈴が鳴る時間なので、早く教室に戻らないといけない。
『――飛鳥』
「明花、私決めたよ」
呼び掛けてきた明花に返す。
「あの子を喚び出す」
『それは……』
「うん」
もう、なりふり構っていられないだろうから、こちらから警告するしかないんだろう。
「“神殺し”になる覚悟もしたから」
残りの時間はもう、そのつもりで動いても構わないのだと、明花に告げる。
『そっか』
元から予想していたんだろう、特に驚いたような様子もなく、明花がそう返してくる。
『じゃあ、思いっきり出来るわけだ』
「そうだね」
少なくとも、戦闘になれば大暴れすることになるのは分かっているので、逆算すれば女神も上手く誘導できることだろう。
「だから――」
『そうだね。二人でもう一度『勇者』にでも、なってみようか』