水森明花と各ルートⅤ(鷺坂蓮ルートⅢ・対峙する二人)
「おはよう、飛鳥先輩」
飛鳥との会話を終え、意識を浮上させれば、目の前には笑顔で片肘つきながら、そう告げてくる後輩庶務がいた。
「……」
「……」
疑問混じりの呆れ顔をしているであろう私に対し、表情一つ変えずに、にこにことしたままの後輩庶務もとい鷺坂蓮。
「……何で、君がいるの」
一体いつから居たのかは知らないが、生徒会の仕事はいいのか。
「仕事終わりに見つけたから、声掛けたんだけど、返事なかったから。だから、先輩が気付くまで、ここに居たんだよ」
「……そう」
ぶっちゃけ、仕事が終わっているのであれば、彼の発言が本当だろうが嘘だろうがどっちでもいい。
時間を確認すれば、ちょうどいい時間であり、帰るために立ち上がる。
「帰るの?」
「そうだね。少し時間をズラすためにここに居たわけだし」
嘘はついてない。
そのことはあちらにも分かったのか、「ふーん」と鷺坂君も返してくる。
「あのさ」
「何かな」
「ずっとこうして話してたわけだけど」
うん?
「貴女は一体、誰なのかな?」
その問いと共に、こちらの真意を見抜こうとする目。
「何の……」
「飛鳥先輩じゃないよね?」
何のこと、と問うことも遮られ、断言するかのように告げられる。
「……」
「そもそも、先輩は無事なの?」
……ああ、そういうことか。
私たちが入れ替わってることには気づいているけど、それが人格ではなく、物理的に入れ替わったのだと考えてるわけだ。この後輩は。
その事が分かり、くっくっと小さく笑えば、それが癪に障ったのか、不機嫌そうに返してくる。
「何がおかしいの」
「いやいや、お見事だと思って」
「……」
だって、そうじゃないか。
明花として素で過ごしていた時間はあったというのに、私が明花だと気づいて直接指摘してきたのは、この後輩のみ。
それを見事と言わずして、何と言えばいいのだ。
「まずは君の疑問に答えようか」
「疑問?」
「そう、疑問。さっき聞いてきたでしょ。飛鳥が無事なのかって」
「……まあ、そうだね」
先程、自分がした質問を思い出したらしい。
「飛鳥なら無事だよ」
「証拠は?」
「うん?」
「飛鳥先輩が無事だという証拠。もし本当に無事なら、声聞けるよね?」
やっぱり、私たちが物理的に入れ替わったのだと思ってるなぁ、この後輩は。
「確かにね。けど君は、この状態が飛鳥本人の望みとか、考えないんだ」
少なくとも、一部はそうなんだけど。
「……だとしても、直接聞けば分かることだ」
ふーむ……そう来たか。
――さて、どうします? 飛鳥さん。
そう聞いても、返事はなく。
ぶっちゃけ、別人だとバレたなら、私の存在については話してもいいのかもしれないが。
ああでも――……
「今は無理かな」
「何で?」
「この時間には掛けてくるなって言われてる時間があって、今がその時間だからね」
時間なんか決まってないし、完全なる嘘ではあるが、飛鳥が表に上がってこない以上、本人の声を聞かせることなど無理である。
それにしても――
「それにしても、よく私と飛鳥が違うって気づいたね」
「結構、見てたから分かる」
へぇ……
「それは咲希よりも? それとも、同じぐらい?」
「――ッツ! あんたには関係ないことだ」
完全に関係ないとは言い切れないけど、触れてほしくないところに触れてしまったようなので、彼を弄るのはここまでにしておこう。
「まあ、君があの子のことをどのぐらい見てたとしてもいいんだけどさ。今ここで、どれだけ私を引き留めたところで答えるつもりはないし、今日はもう飛鳥には会えないから」
「……」
睨み付けるようにして見てきたところで、私が飛鳥に会わせるつもりがないことは変わらないんだけども。
「けど、私が『君になら言っても大丈夫』だと思わない限り、この先も言わないだろうけどね」
人によって許せる点に差があるように、私と飛鳥にも、その差はある。
その中に、多少の妥協点もあるかもしれないけど、だからといって、そう簡単に落とせると思っても困る。
「だから頑張って、私からの信頼を勝ち取ってみなよ。鷺坂君」
あえて名前を強調するように告げれば、更に強く睨まれる。
けれど、彼に気づいてもらわなくてはならない。
私が彼の名前を知っていると言うことと、=生徒会役員たちの名前も知っているということに。
そんな彼からの視線を受けつつ、空き教室を後にする。
作戦があるとはいえ、残りの時間も少なくなってきたので、そろそろ真面目になるべきなのかもしれない。
「さて、どうしてくるかな。女神様は」