鷺坂蓮と不思議な先輩Ⅳ(ある意味、ここに至るまでの観察日記Ⅳ・だから、気づけた)
――終業式。
「や、水森先輩」
「……」
「待て待て、水森。逃げるな」
飛鳥先輩を見つけたので声を掛ければ、逃げ出すのに失敗したかのような表情を向けられる。
「……何」
「咲希先輩、見てない?」
「見てない」
一瞬、嘘のようにも聞こえるレベルでの返事だったけど、同じクラスであるはずの飛鳥先輩が見てない……?
「え、本当に?」
「本当に」
何度も確認しているからなのか、さすがの飛鳥先輩も怪しんだらしい。
「え、何。そっち行ってないの?」
「いつもなら来てる時間なのに、来なかったからね」
「五分や十分ならともかく、三十分はな」
飛鳥先輩が黙り込む。
きっと最後に見た時からのことを思い出してくれているだろう。
「もし、捜してるって言うのなら、手伝うけど」
「え、いいの?」
「捜すだけなら、別に良いよ。それに、この後は特に用事も無いし」
本当に用事は無さそうだし、本人が言っているから、それを信じるとして。
「それじゃ」
「ん?」
「行くか」
「んん?」
レッツゴーとばかりに俺が飛鳥先輩の両肩を掴んで、晃先輩が生徒会室に誘導していく。
「飛鳥先輩が咲希先輩を捜すの、手伝ってくれることになりましたー」
「……」
「その彼女が物凄く不服そうな顔をしてますが、何て言って連れてきたんですか、君たちは……」
俺の説明に不服そうな顔の飛鳥先輩を見た、未夜先輩から呆れたようにそう言われた。
「別に、咲希先輩を捜してるって言ったら、手伝ってくれるって言ってくれたから、連れてきただけですよ?」
「晃?」
「ほぼ間違ってませんよ。水森が了承したのは事実ですし」
嘘は言ってない。嘘は。
「捜すのは、確かに引き受けましたけど、ここに連れて来られるのは予想外ですよ」
やれやれと言いたげにしながらも、切り替えたらしい飛鳥先輩が確認を口にする。
「それで確認しますけど、咲希は来てないんですよね?」
「来てませんね。連絡もありません」
「……」
本当に、どこに行ったんだろう?
「とりあえず、あの子が帰っていないことを願いつつ、捜しますよ」
「すみません」
聞こえているのかいないのか、飛鳥先輩は未夜先輩の謝罪には反応せず、「それじゃ、行ってきます」とだけ言って、荷物を持ったまま、咲希先輩を捜しに行ってしまった。
☆★☆
次に戻ってきたときには、咲希先輩は一緒だったのだが、飛鳥先輩が何故か濡れた状態だった。
会長たちに早く乾かせとばかりに、同じく外で冷えていたであろう咲希先輩とともに暖房前に連れていかれていた。
『咲希を校内(外)で発見。すぐ来るように』
「外と言うが、広すぎて、捜すのに時間かかったぞ」
「情報少なかったから、あちこち捜し回ったよねー」
会長たちから見つけたと報告があったので、俺は一足先に戻ってたわけだけど。
「位置的に説明しにくかったもので」
やはりと言うべきか、人目に付きにくい場所だったらしい。
「とりあえず、怪我とか無くてて良かった」
ただ、飛鳥先輩の状態を見た未夜先輩がぎょっとして、事情説明を求めてたのを見るのはちょっと面白かったけど。
「とりあえず、二人とも。風邪にだけは気を付けてくださいよ」
「まあ、風邪を引いたら、連絡しますよ」
「ええ、そうしてください」
そのやり取りを以て、この騒動は終わりだ。
「帰るのか?」
「うん。乾き終わったし」
飛鳥先輩が荷物を手に立ち上がったのに気づいた晃先輩が問えば、飛鳥先輩が頷く。
「咲希はどうするの?」
「え」
自分に振られたことに驚いたのか、咲希先輩が声を上げる。
けれど、驚く気持ちは分からなくはない。
「避けられてた人に誘われるような聞き方されたら驚きますよねぇ」
どうやらそれだけで納得したらしく、「また、さっきみたいなことが無いとも言えないから、今出ていくなら一緒に行こうかと思っただけだけど」と飛鳥先輩が続けた。
そして、咲希先輩が俺たちと飛鳥先輩に視線を彷徨わせ、逡巡したあと、
「まだ、良いかな」
「ん、分かった」
そうやり取りし、「それじゃ、お先に失礼します」と言って、飛鳥先輩は生徒会室を出ていった。
☆★☆
そして、クリスマスパーティー当日。
案の定と言うべきか、初めて来るであろう飛鳥先輩が迷ったらしく、郁斗先輩と晃先輩とともに到着した。
「メリークリスマス! 飛鳥先輩」
「……メリークリスマス」
なかなか話しかけようとしない誰かさんを余所に、挨拶する。
「……で、何か用かな?」
「いやー、飛鳥先輩がどことなく寂しそうだったから、一緒に居ようかと」
「咲希は良いの?」
「咲希先輩は会長たちに取られちゃったからねー」
実際、咲希先輩は会長たちと話しているし、「だから、こっち来た」と言えば、飛鳥先輩に納得したような顔をされる。
「そーれーにー……」
そっと視線を横にずらす。どんな反応するか気になったから、試してみたけど……駄目か。
その後もパーティー内容について話し合ったりしていれば、時間が来たのか、会長の言葉でパーティーは開始した。
ただ、三人一組で何かやる予定だったので、チーム分けや作戦会議が終わればゲーム開始なのだが、結果から言うと、席替えはもうしたくないとだけ言っておく。
さて、最後はパーティーのメインとなるプレゼント交換会。
「これ、誰のー?」
「あ、それは私からです」
俺が手にしたのは神原からのものだったらしい。
その後、個人間で渡すものがある人たちが渡し終えればパーティーは終わりなので、解散することになった。
「あれ、サイレンだ」
その帰り、駅に向かう途中で、鳴り響くサイレンに気づいた。
何らかの事故があったことは、周囲の人たちの反応とかで分かったタイミングで、副会長が「それじゃ、ここまでですね」と告げる。
「飛鳥先輩、何かあったの?」
「分からない……」
軽く挨拶して走っていってしまった飛鳥先輩について尋ねれば、先程まで彼女と話していた咲希先輩にも分からないらしい。
そして、時間は進み――新年を迎え、三学期になった。
「……あれ、飛鳥先輩?」
同級生たちと話していれば、考え事をしているらしい彼女の姿を捉えた。
それなりに距離はあれど、こっちが気づいたのだから、あちらも気づくかと思っていれば、飛鳥先輩は気付かないまま行ってしまう。
「知り合いか?」
「ああ……」
「ほら、鷺坂が付き合いが悪くなる先輩だろ」
「その先輩とは別の先輩だからな」
咲希先輩と一緒にされても困るので、そこは否定しておく。
けれど、少し気になったのも事実で。放課後、生徒会の仕事の合間を縫って、今の時期、さすがに屋上は無いと思うので、きっとどこかの空き教室に居るんだろう――と思い、飛鳥先輩を探す。
「……居た」
やはりと言うべきか、空き教室に居た。
ただ、そこに居たのは、意識があるのか無いのか。まるで漫画的な表現をするのであれば、ハイライトを失ったかのような眼をした先輩。
しかも、俺の知る普段の先輩の雰囲気も無い。
だから、雰囲気の違いとその眼をしていたわけが気になって、飛鳥先輩の正面の席に着く。
「おはよう、飛鳥先輩」
そして、その眼にハイライトが戻ったタイミングで声を掛ける。
――ねぇ、貴女は一体、誰なのかな?