鷺坂蓮と不思議な先輩Ⅲ(ある意味、ここに至るまでの観察日記Ⅲ・目に見え始めた異変)
水面下で動いていたはずの『異変』が、少しずつ表に浮かび始め、牙を向く。
相変わらず、あの人は咲希先輩と一緒だが、本来気付くべき人が側に居ないからなのか、表面的には大丈夫に見えていた飛鳥先輩の様子も少しずつ変わり始めると同時に、異変は彼女を襲う。
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俺たちが駆け付ければ、飛鳥先輩の言う通り、会長があの人を殴っていたのだが、最終的に飛鳥先輩が止めた。
友人の制止にも止まらないとか、もう絶望的だろう。
飛鳥先輩に至っては、「いやもう、一度ぐらい物理攻撃食らわせてやっても良いって思ってましたし、それでどうにかなるほど今の夏樹が使い物にならないことは分かってますからね」と会長の行動を肯定するようなことを言っており、みんな「マジか」とでも言いたげな目を向けていた。
だから、その後の飛鳥先輩の行動――様々なジャンルの音楽を大音量で流す――と比べたら、まだ良い方だと思う。
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――咲希先輩とあの人、飛鳥先輩と郁斗先輩による『タブルデート作戦』実行の日。
場所は遊園地になったようで、場所は咲希先輩に教えてもらった。
見守り隊――こちらのメンバーは、俺と要先輩と未夜先輩である。
正直、上手く行くか見守るのが目的だが、飛鳥先輩の様子を見るのも、一つの目的だった。
「……大丈夫ですか?」
まさかの初手種類の違うジェットコースター二連続であり、早々に要先輩がダウンしかけていた。
もし、救いがあるのだとすれば、あちら側もダウンしかけていることなのだろうが、さすがにどちらの状況も見てられなかった。
「それで、あっちの様子はどうですか?」
「変化無し。郁斗先輩たちにも――飛鳥先輩にも」
俺たちの目的は、分かりやすい。
様子が変わった郁斗先輩たちと、距離を取るように言ってきた飛鳥先輩から理由を聞き出すためである。
正直、後者の方が難易度は高そうだが、役目は郁斗先輩に譲ったのだから、何とか達成してもらわなくては困る。
だが、飛鳥先輩と郁斗先輩が二人きりになっても、あまり順調そうには見えなかった。
むしろ、悪化してる……?
「作戦がバレましたかね、これ」
「さすがに距離があるから、はっきりしたことは分かりませんが」
何か喋っているのは分かるが、内容までは分からない。
しかも、怒らせでもしたのか、一人距離を取り始めた飛鳥先輩を郁斗先輩が慌てて追い掛けていった。
「全く、何してるんですか……」
そんな未夜先輩の溜め息混じりな言葉を聞きながら、俺たちも二人を追い掛ける。
そして、俺たちが二人に辿り着く頃には、咲希先輩たちを探しているらしい二人を捉えることとなった。
「あれ、誰かと話してる」
「咲希たちを見たかどうか、聞いてるんじゃないか?」
それにしては、話す時間が長い気もする。
「ああ、知り合いを見つけたみたいですね」
「知ってるのか?」
「先日、彼女と一緒に出掛けたとき、知り合いを見かけたとかで。ただ、僕は遠目だったので詳しくは知りませんが、背格好は近いと思いますよ」
知り合いなら仕方ないか、と思いつつ、その知り合いの人たちがこっちを見ていた。
「あ、俺たちがついてきてることもバレてるっぽい」
でも、気付かない振りをしてくれているのを見ると、このまま追跡しても良さそうだ。
そうこうしているうちに、咲希先輩たちを捜すのを再開させたらしい。
で。途中、迷子センターで、先輩たちが保護した少年とそのご家族は合流したのを見届けた後。
飛鳥先輩たちもまた、咲希先輩たちと再会し、観覧車へと向かうこととなった。
観覧車には四人で乗ったらしく、俺たちも一つ離す形で乗ることとなった。なったのだが――飛鳥先輩が一人先に降りていくのを見て、作戦が失敗したのを理解した。
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「ほら、飛鳥。はい、あーん」
「いや、一人で食べれるし、何で私は連れてこられてるの」
「そんなことは、別に良いじゃないですか。我々と一緒に昼食が取れるなんて、滅多に無いことですよ?」
珍しいことに、飛鳥先輩が生徒会室にいる。
逃げようとしたけど、失敗したんだろう。
「それで、ご用件は? 咲希を使ってまで、連れて来させたんですから、私に何か用が合ったんですよね?」
どうやら、目的はバレバレだったらしい。
まあ、こっちも飛鳥先輩を逃がさないため、不自然に見えないように、俺たちで逃走経路を潰すかのように立っているのだが。
「別に用件はありませんよ? 咲希が言ったでしょう。一緒に食べたかったから、誘ったのだと」
「もー、飛鳥先輩ってば、警戒しすぎ。こっちは別に取って食おうとは思ってないんだからさぁ、ピリピリするの止めようよ」
白を切る未夜先輩に続く形でそう言うが、ピリピリとした空気は変わらない。
「止めてほしいのなら、返してもらいたいんだけど?」
「それは駄目だよ。咲希先輩が落ち込んじゃうから」
これは事実。
その後も、逃げようとする飛鳥先輩との攻防戦は続くのだが、チャイムを無視できないという先輩の言葉には、否定できなかった。
一番効果があるであろう郁斗先輩と晃先輩の言葉ですら、逆鱗に触れたかのように拒否されてしまった。
俺たちの硬直が解けたのは、飛鳥先輩が生徒会室を出ていってから。
「……何あれ」
まるで『それ以上干渉するのであれば殺す』とでも言いたげな雰囲気だった。
「咲希、大丈夫ですか?」
未夜先輩が咲希先輩に声を掛けるが、心ここにあらずなようで、ぼんやりと扉を見ていた。
「先輩方、大丈夫ですかぁ?」
俺は俺で、誰とは言わず、とりあえず二年生組を中心に声を掛ける。
でも、一番警戒されてなかったであろう二年生組が拒否されたのは、正直痛いところではある。
「とりあえず、彼女の怒りが収まるまでは様子見ですかね」
とりあえず、俺たちの方向性はそうなったのである。
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十二月になり、クリスマスパーティーの打ち合わせをすることになった。
そこには、咲希先輩が引っ張ってきたであろう飛鳥先輩も居り、先日の件が嘘のようである。
というか、忘れたわけではないだろうに、咲希先輩はよく連れてこれたなぁ、と思う。
ちなみに、役員以外でこの場にいるのは、咲希先輩と飛鳥先輩、そして――神原である。
何でいるのかを問えば、咲希先輩が誘ったからとしか言えない。
「飛鳥、逃げないでね」
咲希先輩が、にっこりと笑みを浮かべながら、そう告げる。
その後も時折、まるで逆に逃げてほしいと捉えられるような頻度で、「逃げるな」と飛鳥先輩に言っていた。まあ、隙あらば逃げ出そうとするから仕方ないのだが。
とりあえず、それぞれの役割も決め、その日はそれで終わった。
そして、それぞれがクリスマスパーティーとかのために時間を使いながらも、時は過ぎていき――終業式前日。
だから、まさかあんな場面に遭遇するなんて思わなかった。
「あれ、今のって――……え? あれ? え?」
生徒会室に戻ろうと晃先輩と歩いていれば、見覚えのある顔がこちらに気づかないまま目の前を通りすぎていった。
「鷺坂、悪い。御子柴の方を頼む」
先に確認していたんであろう晃先輩の言葉から、彼女が来た方を見れば、頬を押さえ、その場に座り込んだままのあの人。
以前、飛鳥先輩が「一度ぐらい物理攻撃食らわせてやっても良いって思ってました」とか言ってたけど、まさか本当にやるとは思わなかった。
とりあえず、晃先輩に任されてしまったので、保健室ぐらいは連れていった。
「はい、とりあえず、これで終わり」
手当てを終えたんだろう保険医は、軽い状態説明をした後、事情聴取を始めた。
「確認したところ、口の中は切れたりしてないみたいだから良かったけど……それで、何があったのかな?」
俺はこの人が殴られた後のことしか知らないので、どのような経緯があって、あんなことになったのかは分からない。
「鷺坂君」
この人がなかなか答えないから、保険医はこちらに聞いてきた。
「どういう経緯でそうなったのかは分からないけど、そういうことするような人じゃない人に、殴らせたほどなので、何か言ったらいけないことでも言ったんじゃないんですか?」
そうとしか言えない。
現に通りすぎる飛鳥先輩の顔は辛そうだったから。
「名前を出さないってことは、知り合い?」
「知り合いっていうか……」
何と答えたらいいのか分からず、言い淀む。
そもそも、俺と飛鳥先輩との関係って何なんだろうか。
その後、念のため飛鳥先輩を連れてくるように言われた。
生徒会業務を口実に出しても、「だとしても、連れてきなさい。それも業務の一つじゃないかな。それに、知り合いなんでしょ?」と言われ、思わずこうなった原因を睨み付けてしまった。
「この人ほどじゃないです」
幼馴染と後輩とでは、その付き合いの差など埋められるはずがない。
「けどまあ、一応は探してみますよ」
まあ、晃先輩が一緒だろうから、大丈夫だろうけど。
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晃先輩に連絡して確認してみれば、もう別れたらしい。
「あ、見た目的には大丈夫そうだね」
そっと近づき、飛鳥先輩の右手に触れれば、ぎょっとした様子の目が向けられる。
「嫌だなぁ。そこまで驚かなくてもいいじゃないですか」
そこまで驚かせるつもりはなかったのだが、「ねぇ、飛鳥センパイ?」とこっそり付け加えれば、さらに顔を引きつらされた。
「君は、一体いつから居たのかな」
「それ、答えないと駄目ですか?」
「いや、いつでもいいけど、さすがにビックリするから、気配なく来るのだけは止めて……」
いつからと問われれば、飛鳥先輩とこの人が話しているときではあるのだが、本当に俺が近づいていたことに気付かなかったみたいだから、若干の申し訳なさもあって「分かりました」と返しておく。
「それで、私は帰っていいの?」
その問いと共に握られっぱなしの右手を示されれば、「ごめんねー」という謝罪とともに解放する。
「実は保険医に、『殴った方も怪我してるかもしれないから、怪我してるようなら連れてこい』って言われたんだよね。先輩に怪我が無くて良かったよ」
嘘は言ってない。
そして、そのあといくつかやり取りし――
「だから、先輩たちも喧嘩は程々にしてくださいよー」
そう二人の先輩に向けて告げる。
「それじゃ、私は帰らさせていただくので」
「うん、気をつけてね」
帰ろうとする飛鳥先輩を見送るかのように、ひらひらと手を振る。
だから、まさか最後に驚かされるとは思わなかった。
「君も帰るときは気をつけなよ、後輩君」