鷺坂蓮と不思議な先輩Ⅱ(ある意味、ここに至るまでの観察日記Ⅱ・起こり始めた異変)
異変というのは、いきなりやってくる。
それが例えどんなものだったとしても、水面下でじわじわと動くそれが表面上に現れ、こちらへと襲い掛かってくる。
飛鳥先輩のことを見ていると、基本的に弱味とかを見せないし、許容量を越えない限りは何があっても動じなさそうだと思っていた。
だから、一体どんなことがあれば、滅多に見ることの出来ないような反応をしてくれるのか気になるが、その時はきっと――こちらの予想を越えた時なのだろう。
☆★☆
後夜祭も終え、翌日――体育祭当日。
「ねぇ、飛鳥先輩はどの競技に出るの?」
「その前にさ。私、君に名前呼ぶの、許したっけ?」
「え」
飛鳥先輩たちの出場種目を確認するために声を掛ければ、先輩の言葉に、思いっきりぶん殴られた。
「あー、飛鳥。それはないわ」
「ほとんど同類の夏樹に言われたくないんだけど」
さすがに、酷いと思われたのか、先輩の幼馴染さんには同情された。
「ひ、酷い。咲希先輩は、あっさり許可してくれたのに」
「全部が全部、咲希みたいに許可すると思わないこと。……あ、咲希だ」
けれど、飛鳥先輩が態度を変えるなんてことはなく。矛先が準備中の咲希先輩に向けられたことで、俺の意識もそちらに向けられてしまった。
咲希先輩が走り終えれば、先ほどの続き――ということもなく。
「それじゃ、そろそろ行ってくるから、咲希に言っておいてくださいね」
「え、未夜先輩。200mに出るの!?」
「そうですが……言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない!」
郁斗先輩とともに、未夜先輩の言葉にぎょっとする。
しかも、そのあとの競技には飛鳥先輩たちも出るらしい。
見れなさそうだなぁと思っていたら、早く行けとばかりに追い出された。
☆★☆
昼休みはみんなで弁当を食べることになった。
それぞれ円になって座ってるので、咲希先輩から時計回りに、咲希先輩、未夜先輩、会長、晃先輩、郁斗先輩、飛鳥先輩、幼馴染さん、俺の順である。
咲希先輩の隣、確保。と、心の中でガッツポーズしつつ、持ってきた弁当の具材を口に運んでいく。
「飛鳥、飛鳥」
「何?」
「どれか交換しない?」
「ほとんど食べちゃったけど、無事な奴はこの二つぐらいだね」
いろんな話をしながら食べていれば、咲希先輩と飛鳥先輩がおかずの交換をするらしい。
飛鳥先輩が卵焼き二つとプチトマトを差し出したため、卵焼きを選んだ咲希先輩がお返しにミートボールを渡していた。
「じゃあ、残りの卵焼きは――」
「あげないよ? 咲希とは交換するつもりであげたけど、君には上げないから」
残った卵焼きに手を伸ばせば、目聡く気づいた飛鳥先輩に阻止された。
少しだけ聞こえてきた手作りらしき発言が気になったから、こっそり貰おうと思ってたのに、油断も隙もないとばかりに止められてしまった。
「飛鳥先輩、冷たいー」
「冷たくない」
「だったら、蓮君も何か上げれば良いんだよ」
どうしても欲しそうに見えたのか、咲希先輩の言葉に、何か残ってたっけ? と確認するが、中身はほぼ食べ終わっているか、口つけたものなんだよなぁ……
その後、借り物リレーとかの話をして、午後の部へと進んでいく。
午後の部。
下克上システムとか何とかいろいろあったけど、最後は花形とでも言うべき、リレー三種(4×200m決勝と男女混合リレーとチーム対抗リレー)。
このうち、男女混合リレーは飛鳥先輩たち二年生組が出場するらしく、結果だけを言うのなら、勝ったのは晃先輩と飛鳥先輩がいたチームらしい。
らしいらしいと言っているのは、『チーム対抗リレー』の準備で不在だったために、後で聞いたから。
体育祭の最終結果は会長や俺たちがいるチームが優勝、咲希先輩たちは三位だった。
☆★☆
二年生組が修学旅行に行き、途中飛鳥先輩から嫌がらせとも思えるような、楽しそうな咲希先輩の写真が送られてきた。
とりあえず返信はしておいたけど、ダメージを与えられていない気がする。
そして――あの事件が起きた。
結果から言えば、会長と間違えて一緒に連れ去られたであろう飛鳥先輩は無事だったのだが、何をどうしたのか、先輩は声を出せなくなっていた。
だからといって、会話できないというわけでもなく、待機車両の中で、俺と郁斗先輩は飛鳥先輩の異能を介して会話していた。
「でも、声出せないんだよねぇ? メールとかで会話の返事打ってる間に、次の話題とかになってそうだし」
『まあ、早くても明日には出せるだろうから、今は我慢するしかないけどね』
こうして話していると、いつも通りの飛鳥先輩だ。
ちなみに、会長と副会長、晃先輩は建物内である。俺と郁斗先輩は飛鳥先輩と一緒にいるように言われたので、車内待機である(おそらく、飛鳥先輩の精神面を心配してのことだろうけど)。
最初は飛鳥先輩も建物内に残ると言っていたけど、副会長に睨まれて、珍しく引き下がっていた。
「飛鳥先輩さぁ」
そう呼び掛ければ、「何?」とでも言いたげに目を向けられる。
「郁斗先輩も言ってたけど、無理はしてないよね? あ、声じゃなくて、精神面の方ね」
基本的に弱味を見せるようなタイプではなさそうだし、直前が直前なので、嫌みも無しに告げる。
『いや、大丈夫だけど』
「本当に?」
だが、こちらの心配を余所にそう返された上、特に強がってる……ようにも見えなくはないので、本当に大丈夫なのだろう。
『それよりも、君。何か変なものでも食べた?』
しかも、さりげなく髪から頬へと指を移動させて言っただけなのに、ドン引きした様子でそう言われた。
「えー、飛鳥先輩。せっかく助けたっていうのに、その態度って酷くなーい?」
『そこについてはお礼を言うけど、君に助けを求めた覚えはない。あと、一番活躍したのは副会長でしょ』
「むー」
確かに、情報を最初に得たのも、乗り込んでいったのも副会長だったけども。
「でも、本当に無事で良かった」
『……ご心配掛けました』
付き合いの差なのか、郁斗先輩にはちゃんと返すんだよなぁ。
「咲希先輩も心配していたから、ちゃんと『心配させて、ごめん』って、謝っておかないと駄目だよ?」
『それは、分かってるんだけど……君は私の保護者か何かなの?』
とりあえず、咲希先輩も心配していたことを告げる。
呆れたような目を向けられたが、笑って誤魔化しておいた。
「んー? 飛鳥先輩も、咲希先輩と同じくらい、大切な先輩ってだけだよー?」
これは本音。
……っと、ここまでにしておかないと、郁斗先輩の顔が怖いものになってしまっている。
「もー、郁斗先輩ってば、そんな顔してるから、飛鳥先輩が警戒しちゃってるじゃーん」
どうやら見てしまったらしい飛鳥先輩にどさくさ紛れに抱きしめて見せれば、面白いことに郁斗先輩の顔がどんどん変わっていく。
「いいから、その手を離せ」
「えー」
「は・な・せ」
そこまで強かった訳じゃないから、あっさり剥がされたわけだけど、飛鳥先輩に『……とりあえず、あそこに自販機あるから、二人で先輩たちの分も買ってきたら?』と言われる。
水分補給は必要だが、今いるかどうかを問われると、気分的にはノーである。
けれど、何かを察したらしい郁斗先輩に無理やり連れられ、買いにいくことになった。
『ありがとうね』
そして、戻ってくれば、まるでタイミングを計ったかのような言葉。
一体、どれについてなのかは飛鳥先輩にしか分からないけど、それでも――無事に戻ってきてくれてよかったとは思う。
☆★☆
異変は起きた。
いや、異変と言っていいのか分からないけど、それ以外の言い回しが思い浮かばないので、ここでは『異変』と言っておく。
飛鳥先輩のように距離を取ってたはずのあの人が、咲希先輩と関わるようになった。
さすがの距離の詰め方に不自然さを感じたからか、飛鳥先輩にも協力してもらい、対抗策を練ることとなった。
「それで、そっちで出た今週の結論は何なの?」
飛鳥先輩と郁斗先輩、そして遅れてきた(逃げてきたとも言う)晃先輩と共に話し合う。
「というか、幼馴染である飛鳥先輩が打つ手なしだと、俺たちにはどうすることも出来ないんだよね」
「そもそも、今の夏樹は『咲希と一緒に居たい』と思ってる状況だから、気が済むほど一緒にいない限りは離れようとしないと思うんだよね」
「うーん……」
「う~ん……」
飛鳥先輩にどうにも出来ないのであれば、俺たちに出来ることなどほぼ無いに等しいのだが、飛鳥先輩の言い方からすると『一緒に居たい』という部分を叶えられればいい……?
「あ。じゃあ、こんなのは?」
「こんなのって?」
「ダブルデート」
そんな俺の提案に、呆れたような目を向けられたりするも、これといった反対意見もなく、作戦を詰めていく。
「そもそも、誰と誰がダブルデートに行くの?」
「そりゃ、『ダブルデート』なんだから、咲希先輩たちは決定だよね。あと、飛鳥先輩」
「私?」
「残り二人が男だったら、ダブルデートにはならないでしょ」
しかも、合法的に様子を見れると言えば、「じゃあ、もしダブルデートすると仮定して、私の相手役は誰がするの?」と問われる。
そんなの――……
「はいっ!」
「俺がやる」
言い出したのは俺なので手を上げたわけだが、予想通りというべきか、郁斗先輩も手を上げたのだが。
「……ヤバい」
「水森さん?」
「どうかした?」
最終決定を飛鳥先輩に委ねようとしたところで、それは起きたらしい。
「……会長が、夏樹を殴ったかもしれない」