鷺坂蓮と不思議な先輩Ⅰ(ある意味、ここに至るまでの観察日記Ⅰ・始まり)
名前から分かると思いますが、鷺坂蓮視点です。
俺には、いろんな先輩たちがいる。
生徒会役員である先輩たちや、咲希先輩たち。
中でも、この人は――水森飛鳥先輩は、どこにでも居そうでありながら、見る人が見れば不思議な雰囲気を纏ってるような人だ。
初めて会ったのは、咲希先輩が生徒会室に飛鳥先輩を連れてきた日。
咲希先輩と比べ、会長たちとともに地味だなんだと評価みたいなことをしたが、今思うとかなり失礼なことを言ったとは思う。
それからも、咲希先輩を通じて、飛鳥先輩と関わることも増えてきた。
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それぞれの関係だとか、雰囲気だとか。そういうものが変わってきたのは、二学期になってから。
飛鳥先輩の幼馴染とかいう人が転入してきたと聞いて、未夜先輩と郁斗先輩の機嫌が悪くなったのだが、その幼馴染さんに咲希先輩が話し掛けているとかで、生徒会室が少しだけピリついた。
まあ、咲希先輩は飛鳥先輩のことをネタに話しているみたいだけど、こっちとしてはライバルが増えたようなものなので、気にならないわけではない。
「君はいいの?」
郁斗先輩の様子がおかしかったのに気付いたり、盗み聞きするつもりは無かったとはいえ、隠れていることに気付かれていたときは驚いた。
「いつから気づいてました?」
「いつからでしょうね」
からかったり、いくつかの質問を変えて尋ねても、はぐらかされる。
飛鳥先輩は俺たちのことを嫌いだと言っていたけど、そのときは「好きでもなければ、嫌いでもないよ」と答えてきた。
少しはマシになったと思ってもいいのかな?
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学園祭準備期間。
飛鳥先輩の意外な特技が判明した。
どうやらピアノを弾けるらしく、クラスの出し物で劇をやると言っていた咲希先輩(たち)とともに台詞合わせなどをやることになった。
本人はブランクがあると言っていたけど、俺たちが聞いた限りでは、そこまでじゃない気がする。
「それじゃ、元から腕が良かったんですね」
そう褒めても嬉しそうでないのは、やっぱり気になるところがあるからなのか。
その後、何だかんだあり、連絡先交換することになった。
最初は渋ってた飛鳥先輩も最終的に交換し終えたのだが――これが、後に大きく作用する。
そして、文化祭当日。
この日は咲希先輩と一緒に回るのは一人ずつということで、会長たちのクラスにいれば、タイミングが良かったのか、咲希先輩たちが来た。
「にしても、一緒に回るとか、二人とも仲良いんですねー」
咲希先輩と飛鳥先輩を見ながらそう言えば、少しイラッとさせたのか、「そう見える?」と返されたものの、こっちも分かってて言ったことなので、「見えますよ?」と返してやった。
文化祭二日目。
ついに咲希先輩たちの劇が見れる――そう思っていた。
『あの子はうちのクラスの出し物である劇に出なくてはいけないので、三十分以内で見つけてください』
飛鳥先輩からの連絡だった。
咲希先輩がまだ集合場所に来てないらしく、捜してほしいとのことだった。
だから、連絡先を交換しておいて正解だったと思いつつ、俺も咲希先輩を捜すべく、靴を履き替えたのだが、まさかこんなところで中学の時の連中に会うとは思わなかった。
「久しぶりだな。中学以来か?」
「っ、ああ、そうだな……」
いや、外部の人間が入ってこれる日ではあるから、居てもおかしくないのだが……そんな時、誰かが隣を走っていった。
俺が認識できるぐらいだったから、距離はそれなりに近かったはず。
そもそも、中学時代の俺のことを知る人間は、それなりにいるとは思うが、それでも高校生となった今の俺しか知らない奴らの方が多いはずだ。
だからこそ、これまで積み上がってきた『生徒会庶務・鷺坂蓮』としての自分を、崩されるのも壊されるのも――その可能性が出てきたことに対して、一気に不安になった。
「ほら、急ぐ!」
「ちょっと待ってよ……!」
聞き覚えのある声の方を向けば、こっちに向かって走ってくる飛鳥先輩と咲希先輩がいた。
――咲希先輩、見つかったんだ。
そう思うと同時に、こっちのことを気付かれる前に、表に出した不安をしまわなくてはならない。
「悪い、二人とも。俺、やらないといけないことがあるから」
先輩たちの劇を見たり、生徒会業務やクラスの出し物を見に行かないといけないのだから、嘘は言ってない。
その後、飛鳥先輩たちと再び会ったのは、先輩たちの劇が終わって少ししてから。
その後にまた一悶着(?)あったけど、郁斗先輩の教室を出れば、また中学の時の連中に会った。
正直、思い出したくない中学の時のことがあるので、こう何度も会いたくなかった。
「それで、一緒に居るのは友達か?」
「い、や、先輩たちだ」
その場に居合わせた先輩たちは、俺が中学の時のことなんて知らないので、普通に返せば、何も疑われなかったはずなのだが、動揺と意識し過ぎのせいなのか、少しばかり答え方がおかしくなってしまった。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るから」
「ああ、気をつけてな」
先輩たちの自己紹介が終わったタイミングで、二人も時間だと判断したのか、帰ることを告げられ、少し安堵してしまった。
「――……また今度、暇なときにでも遊ぼうぜ」
普通の人が聞けば、約束みたいに聞こえるソレは、俺にとっては遠慮したいもの。
「以前みたいにな」
「っ、」
ああ、明らかに過去と同じことをしたいんだろうな――その事が、すぐに分かった。
先輩たちにも聞こえていたんだろうか? 聞こえてないといいなと思いつつ、それが全く無駄な人がいたのを思い出した。
「良い趣味してるよ。全く」
やっぱりと言うべきか。勢いよく振り向いてしまった。
けれど、飛鳥先輩はそれ以外は何も言ってこなかった。
誰に向けられたのかなど言うまでもなく、あの二人にだろう。
☆★☆
「すみません。後夜祭、出られなくなりそうです」
晃先輩のその一言に、どういうことだと、みんなして目を向ける。
「実は、裏方作業中に怪我しまして」
治療済みであることは、先輩の指を見れば明らかだった。
「まあ、この通り、何とか動かせないことはないんですが、きつい部分が無いかと言われると……」
「厳しい、か……」
「今回の選曲も選曲だしねぇ」
せっかく、先輩たちを驚かせようと、こそこそと練習してきていたのに――とは、思いつつ。状態確認のために、試しにそのままキーボードに触れてもらったが、所々で痛そうな顔をされると強く言えない。
「誰か、代役立てられないかな?」
「代役ですか……」
郁斗先輩の提案に、会長たちが渋い顔をする。
「え、何」
「別に吹奏楽部や軽音部の奴らでもいいんだが、見返りがなぁ」
あ、そういうことかと理解する。
音楽系の部活所属の面々から助っ人を頼んだとして、その見返りとして、付き合う云々を持ち出されない可能性が無いとも言えない。
というか、以前あったらしい。
「見返りを求めなさそうな、助っ人なぁ……」
そして、案を絞り出すために、五人で唸る。
「あ、一人いましたね」
「居たっけ?」
楽器が出来て、見返りも求めず、引き受けてくれそうな人。
「とりあえず、駄目元で行ってきてみます」
「え?」
「どうせ断られるでしょうが、説得します」
その後、未夜先輩を筆頭として、飛鳥先輩たちと交渉することになり――音合わせとかしつつ時間ギリギリながらも、何とか後夜祭への出演に漕ぎ着けたのである。