水森明花と各ルートⅤ(鷺坂蓮ルートⅡ・決まらぬ場所)
鷺坂蓮。
桜咲学園高等部の生徒会庶務にして、ヒロイン・桜峰咲希の攻略対象の一人。
いわゆる『後輩枠』の一人で、咲希の後輩ということもあり、彼女との関わり合いは普通。
鷺坂家では長男であるため、それなりにしっかりはしているものの、咲希を筆頭とする面々の中では弟分的な所もあり、時折、彼女らに甘えているようにも見える部分もある。
過去にとある事があったため、本音を告げることは少ないが、面々をからかうような言動をすることがあるものの、それが的を得ていることもある。
☆★☆
結局、今回も空き教室になってしまった。
他の人の移動教室とかの邪魔になりたくないって言ってた側からこれだよ。
「……とはいえなぁ……」
個人的には、屋上のようにほぼ人が来ないような場所が良いわけで。
――いや、今回で周回が終わるのであれば、居場所など正直どこでも良いのだが。
もし終わらないことを仮定すると、決めておいた方が良いに決まってる。
「ああ、でも……」
少なくとも飛鳥は――あの空間を楽しんでいたはずなのだ。
良いことも、嫌なことも、悪いことも。
それがどれだけあったとしても、それを表に出すことをしなかったとしても。
「楽しんでたのは事実、なんだよなぁ」
――明花は、楽しかった?
ふとそんな風に聞かれた気がしなくもないが、飛鳥と比べると、私はこの世界での経験も、彼らとの関わりも少ないので、はっきりしたことは言えないけど――それでも、楽しいと思えた時間があったのは事実であり。
「よくこんな寒い場所にいられるな、お前」
どうやら、お客さんらしい。
「そういう君は私といるべきじゃないだろうに、一体何の用かな?」
ただでさえ残された時間は少ないというのに、彼女を落としたいのであれば、私に構ってる暇は無いと思うんだが。
「……また明花か」
「私で悪かったね。でも、飛鳥は出せないよ」
飛鳥が裏にいる間は私のターンだ。
「……何か、あったか?」
「へぇ、気付くんだ」
私の関知に時間が掛かっていたのに、『私』の変化には気づくのね。
「普段のお前と違うように見えるからな」
普段、ね。
それすらも嘘だったのだと告げれば、目の前の幼馴染はどんな顔をするんだろうか。
「そう?」
「ああ、俺の知る明花とは違う気がする」
俺の知る、と来たか。
「まあ、そうなのかもね」
「……」
否定はしない。けれど、まだ言うつもりはない。
ネタばらしするとすれば、それはきっと全てが終わってからだ。
「夏樹は忘れてるんだろうけど、そもそも私と飛鳥は違うんだよ。違和感が無いように、私が寄せているんであって」
そこだけは間違えないでほしい。
私と飛鳥は違うことを。
人格も、出来ることも、出来ないことも。得意なことも不得意なことも――全部が全部、似ているように見せているだけで、同じなわけがない。
同じであるというのなら、それは飛鳥が一人でそう見せているだけになってしまう。
――でも、私はここに……明花として『存在』している。
外側はどう足掻いても『水森飛鳥』であるために、その中に別人格が存在していたとしても、証明することは難しいだろう。
それに、誰が何て言おうと、飛鳥は――飛鳥だけは、私の存在を肯定し続ける気がする。
だから、私も彼女の味方であり続けるわけなのだが。
「そういうわけだから、一体、何の用があったのかは知らないけど、飛鳥に用があるなら、また出直してきて。あの子は今、手が離せないから」
「何をやってるんだ、あいつは」
「言うと思う?」
夏樹の問いにそう返す。
何故、そう簡単に教えると思っているのか。
「言わないよな、お前は。そういうやつだ」
よく分かってらっしゃるとばかりに、笑みを浮かべる。
夏樹にしてみれば、嫌な笑みにも見えることだろう。
「その嫌な笑い方は、明らかに明花だな」
「失礼なこと言うね」
「これでも幼馴染だからな」
幼馴染だからと何言ってもいいという訳ではないが、私相手でもずばっと言い切ってもらえるのは有り難い。
「けど、飛鳥がいないのなら、また出直すことにする」
「そうしなさい。まあ、いつ代わるのかなんて、教えないけど」
「……俺。お前のそういうところ、嫌いだ」
冗談なのか、本気なのか。
まあ、私ではなく、飛鳥に好印象を持ってもらえれば、あの子も苦労が減るだろうし。
……まあ、私自身が評価下げてることについては、この際、無視させていただこう。
☆★☆
授業を終えて、再び空き教室。
正直、もう来たくは無かったのだが、みんなの帰宅ラッシュと時間をずらしたかったので、移動した。
ちなみに、教室じゃないのは、誰かと遭遇したくないからだ。
「……」
未だに飛鳥の処理が掛かっているのか、浮上する気配はない。
時計に目を向ければ、教室を出て五分ぐらいしか経っていなかった。
「――十五分」
携帯のアラームとマナーをセットし、意識を飛ばす。
廊下から見れば、スマホ見てるように見えるだろうから、大丈夫なはずだ。
――調子はどう?
――まあ、何とか。
――いくつかは決めれた?
――まあ、それなりに。
であるのなら、問題ないか。
体感時間と実際の時間がズレていることなんてよくあるので、そこまで気にしなかった。
そして、飛鳥にあったことを報告していく。
「何だか、明花の時の方がいろいろ起きてるね」
「好きで起こしてる訳じゃない」
たった一つの意志で遭遇しているのであれば、飛鳥の時も起きていたはずなのだ。
「あの子が起こすはずのイベント……とまでは行かなくても、きっかけのようなものはこっちに流れてきてるんでしょ」
「もう本命というか、結論は出てるようなものだしね」
今回の結末はもうすでに決まってるようなものだから、こちらから手を出す必要はないだろう。
あるとすれば、女神が余計なことをしたときぐらいだ。
――ブブブ。
何となく感じるマナーモードのバイブレーションで、もう時間なのだと理解する。
「お、どうやら時間なので、そろそろ浮上するよ」
「わざわざ、ごめんね」
「謝るぐらいなら、早く代わってくれると助かるよ」
そんなやり取りをした後、意識を浮上させ、顔を上げた目の前には――
「おはよう、飛鳥先輩」
笑顔でそう挨拶してくる後輩庶務がいた。