水森飛鳥は新年の挨拶に向かう
「明けましておめでとうございます。雪冬さん」
三学期に入り、始業式も終えたので、雪冬さんに新年の挨拶に来た。
「おめでとうございます」
「うん、明けましておめでとう。二人とも」
彼――鷹藤君と共に。
「それにしても、二人一緒ってことは、話したんだ」
「はい、終業式前に」
鷹藤君は雪冬さんと同じ、最初のメンバーなためか、それだけで言いたいことは通じたらしい。
「でも、俺はそろそろ来られなくなるかもしれません」
「そっか。もう一月だもんね」
これからどんなことが起きるのかなんて、二人の方がよく分かっているはずだから、やはりこれだけでも通じてしまうようで。
「飛鳥ちゃん」
「はい」
「大丈夫?」
夏樹の時にも私がそれなりのダメージを与えられていたことについては察せられているだろうから、鷹藤君が夏樹みたいになっても大丈夫なのか、という雪冬さんからの問いなのだろう。
「大丈夫ですよ。明花もいるので」
「そっか。飛鳥ちゃんは明花ちゃんのことを話したんだ」
「話したには話したんですが……話す前に気づかれたと言った方が正解ですね」
というか、私の振りをしているときの明花を明花だと気づく人は、夏樹でも見抜けなかった時があったというのに、あの時は明花側にも油断があったからなのか、鷹藤君には気づかれたしなぁ。
「鋭い時は、本当に鋭いからね。鷹藤君」
何かを思い出したかのように、雪冬さんが笑う。
雪冬さんと鷹藤君の関係は、彼が話してくれたこと以外は分からないで、きっと私の知らない出来事があったのだろう。
「それで、これからどうするつもり?」
雪冬さんが、真面目な表情をして尋ねてくる。
時間的には、もう無いと言っても過言ではないし、最後の――桜峰さんの誘拐イベントと告白、卒業式ですべてが終わる。
でも――
「元凶だけはどうにかするつもりです」
「……どうにか出来る自信はあるの?」
「手はいくつか考えてます」
「そっか」
答え方があっているのかどうかは不明だが、雪冬さんは特に文句などを言ってくることはなく、それだけ告げると口を閉ざした。
鷹藤君は鷹藤君で、こちらは何も告げることなく、視線を寄越すのみだった。
「ところで」
一つの区切りだったのだろう。どこか空気を変えた雪冬さんが何とも言いにくそうなを浮かべながら、尋ねてくる。
「二人は一緒に居ることってある?」
「居るときは居ますが、いないときはいませんよ」
「だよね」
何の確認なのかは分からないが、雪冬さんの表情は変わらない。
「何か気になることでも?」
「んー……思い過ごしとか、そういうわけではないんだけど、私の予期してることが起こるかもしれないというか……」
言うか言わないか迷ってるようにも見える。
「とりあえず簡潔に言うと、噂にならなきゃいいねって」
噂……?
「私たちが、ですか?」
「そう。どんなに二人が気を付けていたとしても、女神によって意図的に起こされたら、どうしようもない」
「……」
女神がその気になれば、感情どころか空気や環境を変えられるのは経験済みなので、雪冬さんが言ったことをすぐに否定できないのが悔しい。
「しかも、今は一月で、当の彼女が特定の相手を決めていないのであれば、どうしてくるのかなんて、いくらでも予想できるでしょ?」
相手……
「その、相手は……多分、決まってます」
「そうなの?」
「ただ、女神がそう認識しているのかどうかは怪しいですが」
今までがどうだったのかは知らないが、今の流れとしては、桜峰さんは誰が相手なのかを分かりやすく示していない。
ただ、女神が現状、彼女のやり方を認めず、女神のやり方でくっつけようとした場合――何らかの影響が出る可能性もあるわけで。
「女神の認識。そこかぁ……」
そもそも、ちょっとでも常識があるのなら、こんなややこしく、面倒くさいことにはなってないはずなのだ。神崎先輩たちが助けを求めるレベルには。
「鷹藤君」
「何ですか?」
「飛鳥ちゃんのこと、お願いね」
「雪冬さん……?」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
言われた鷹藤君も困惑しているのか、視線が私と雪冬さんを行ったり来たりしている。
「本当は頼った方がいいんだろう愚弟が、今回ばかりは頼りないみたいだからね」
わぁ、本人がいないからか、雪冬さんが笑みを浮かべて言っている。
「それに、どれだけ明花ちゃんが居たとしても、彼女がもし封じられたりすれば――折れちゃうでしょ?」
あ……そういうことか。
「折れる?」
私には理解できたけど、鷹藤君には分からなかったらしい。
「だから、必要なんだよ。情報共有できて、協力できる人間っていうのは」
雪冬さんとの付き合いが無いわけではないので、過去の私がどんな人間だったのかは、理解していることだろう。
それ故の言葉なのだとすれば――……
「まさかとは思うけど――犠牲にするための、数を増やすのは駄目だよ?」
「それはありませんよ」
これについては、きっと人格のことだろう。
明花が表に出ているときは上手く演じてくれているが、あれでも別人格扱いなのだ。
そこに、明花を失いたくないからと、犠牲目的の別人格を生ませる? それこそ、私の精神が堪えられない。
「たとえ、今の私の中に何人いたとしても、このことを知るのは私と明花だけで十分です」
他の彼らに何らかの意志や感情があったとしても、私は明花以外と共有するつもりはない。
それに――もう一人の『私』なんて、明花だけで十分なのだ。
「……だから、心配しているんだけどね」
雪冬さんの呟きは私には聞こえなかったが、鷹藤君には聞こえていたのか、二人の視線が合ったかと思えば、何かの合図かのように、ほぼ同時に頷いていた。