水森飛鳥は三学期を迎える
「おはよう」
「明けましておめでとうー」
冬休みが明け、今日から三学期。
普通に挨拶する人もいれば、新年の挨拶を改めて口にする人もいた。
「飛鳥ちゃん、明けましておめでとう」
登校してきた奏ちゃんが、そう挨拶してくる。
「明けましておめでとう。そして、おはよう」
「うん、おはよう」
その後、奏ちゃん同様に登校してきた真由美さんとも同じことをする。
――で。
いつもなら、飛び付いてくるかのように声を掛けにくる桜峰さんの姿はまだ見当たらない。
異能を使って探してみるが、どうやら校内どころか学校の敷地内にもいないらしい。
「珍しく、遅刻かな?」
「桜峰ちゃんに限って、そんなことはないと思うけど……」
修学旅行がきっかけなのか、時折話すようになった奏ちゃんたちも、未だに姿を見せようとしない桜峰さんに対し、不安そうにしている。
「……」
念のため、探索範囲を広げるか……と思っていれば、桜峰さんは慌てた様子で教室に飛び込んできた。
間に合ったことに安堵の息を吐く彼女へ、気づかれない程度に目を向けるが、遅刻ギリギリに飛び込んできたこと以外は、普段の桜峰さんと変わらなかった。
☆★☆
飛鳥、といつもなら声を掛けてくるはずの彼女が、珍しいこともあるもので、声を掛けに来なかった。
もしこれが彼女の『押して駄目なら引いてみろ作戦』であるのなら、的中してなくはないが、そもそも(特定の状況下を除き)私は自分から積極的に動くタイプではないので、気になりはするけど、聞きに行くまでに至るはずもなく。
「……まあ、そこはどうでもいいんだけども」
『どうでもいいのなら、何で私に話してるの……』
呆れた様子を隠そうともしない明花だが、それが正論なため、私は視線を逸らして誤魔化す。
「明花」
『何』
「三学期になりました」
『……そう』
「今日からなので、一応、報告しておこうかと」
明花にも切り換えないといけないときはあるので、彼女が起きているときはこうして告げたりしている。
以前、切り替わりを告げなかったがために、遅刻しそうになったのはいい思い出だ。
『……で、本題は?』
「ん?」
『だから、本題。何か言いたいことがあったから、呼んだんでしょ?』
さっさと話せと言われるが、そこまで重要な話ではないので、さくっと話す。
「問題はここから」
結果として、時間は昼休みに突入した。
桜峰さんは相変わらず、あの面々といるらしく、久々に盗聴してみれば、なんとまあ。
「一体何があったレベルで、甘々会話してたんだよね」
『へぇ』
本人たちにしてみれば普通の会話なんだろうけど、聞く方にとってはそう受け取れるような、そんな会話だった。
「で、何があったと思う?」
『展開的にはいきなりすぎるなんてこともなくはないだろうけど、あの子がそう立ち回るようになったのは、気になるところだね』
女神のことだから、何か出来なくはなさそうだけど、今は神原さんである。
彼女の状態で、私のように説明をできない限り、下手に別の異能を使えないはずだ。
『……もし、女神が強制的に、あの子の意志を操作したとして』
「ん?」
『私たちに何が出来る?』
また難しい問いが出てきたものだ。
「冬休み中に話に戻るけど、手は無くないけど、それは、あくまでも最終手段のはずでしょ」
一応の方向性は冬休み中に話し合った。
けれど、明花が言いたいことも聞きたいことも、そのときの答えでないことは、私も分かっている。
故に、彼女は尋ねたのだろう。
『斬れるの?』
――私や、貴女に。
その問いに、私は答えられない。
明花だって、そうだろう。
何度も経験してきたはずなのに、自分の中に存在する『理性』と『倫理観』が何とか抑えに来てくれているお陰で、まだ一線を踏み越えてはいない。
けれど、たとえどんなに『経験』したとしても、それだけの――『覚悟』が、まだ足りない。
「――」
『――』
どちらかが何も言うことなく、どちらかが吐き出した息によって、時間が動き出した気がした。
『先送りには出来ないから』
「分かってる」
『喚び出すのは、飛鳥の役目だからね?』
「……分かってる」
私たちがやりたいことは世界自体が違うので、行えるかどうかは分からない。
「でも、喚び出せれば、事態は変えられる」
『そして、目的も達成できる』
明花とともに、笑みを浮かべる。
「明花」
『飛鳥』
たとえ、どんな結果になろうとも――最後の最後まで、貴女とともに。