とある少女の願い
終章・三学期編、突入。
いつも通りの、変わらない朝。
いつも通りの、変わらない学校。
いつも通りの、変わらない授業。
いつも通りに友人たちと昼を過ごして、午後からまた授業。
それが『私』の日常。
☆★☆
いつも通り、登校していれば、時間が時間だったのだろう。きゃあきゃあと騒ぐ女子たちの目の先にいたのは、イケメンと称してもいいぐらいの少年たち。
――ああ、生徒会の人たちだ。
この学校に来る前、学校案内で案内してくれていた人は確か――……と探していれば、件の人と視線があったような気がした。
あくまで『あったような気がした』程度だというのに、思わず驚いて視線を逸らし、「彼が見ていたのは私なんかじゃない」だとか、「目があったというのも、きっと気のせい」だとか思いながら、急ぎ足で昇降口に向かう。
だから、たとえ私が彼らに何らかの感情を抱いたとしても、それは恋愛感情などではなく、アイドルを応援するファンのようなものだ。きっと。
☆★☆
自分の行動範囲が相手の行動範囲と重ならなければ、互いに接触することはなく。
私自身の生活も、こちらが避ける必要もないほどに彼らとの行動範囲外なためか、時折聞こえてくる黄色い歓声の人だかりを視界に置きつつ、過ごしていく。
……まあ女子全員が全員、声を上げている訳じゃないだろうし、私と似たような人も何人かはいるんだろうけど、そんな人たちを探すのは苦労することだろう。
彼らのどこが良いだとか、僻みっぽいことを言うつもりはないけど、それでもやはり女子たちが盛り上がっているのを見ると、彼らがアイドルとかではなくても、注目を集められるだけの素質はあるのだと、思わざるを得ない。
「ああ、でも……」
ほんの呟きである。
歓声に掻き消され、誰かに届くはずもない大きさの声。
「……」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。『目標』が出来てしまったかもしれない。
それでも――いつも通りだったはずの日常が変化し、少しだけ色付いたように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。
☆★☆
さて、新たな『目標』――“彼らに挨拶してみる”というものを立ててから数ヶ月。
「やっぱり、無謀だったかなぁ」
「おはようございます」とか「こんにちは」程度の挨拶で良いのだが、いつも通りのあれでは、挨拶どころか、近付くことすら儘ならない。
それに、下手に話しかけて、他の女子たちに睨まれたら……なんて考えも過らなくはないので、余計に足を鈍らせているのかもしれない。
「そうこうしている間に、もう十二月だし」
月日が経つのは早いと、カレンダーをめくりながら、溜め息を吐く。
現状から察するに、年内に目標を達成することは絶望的だろう。
となれば、今度は卒業するまでになんとしても、と期日を変更するしかない。
そして、いつもと変わらない日々を過ごし、終業式を迎え――クリスマスや新年を過ごす。
――私に、たった一歩でも踏み出せるような勇気を、少しだけください。
近所の神社へと初詣しに行けば、家族や友人の健康祈願とかもして、最後に自分の願いを告げた。
『貴女の願い、叶えてあげる』
そんな声が聞こえたような気がして、思わず振り返る。
けれど、声の主がどこにいるのかなんて分かるはずもなく、その後は帰路についた。
☆★☆
結果として、彼らに挨拶のようなもの――「卒業、おめでとうございます」という言葉を贈ることは出来た。
まあ卒業式当日にはなったし、あまり関わらなかった在校生に言われても戸惑うしかないのだろうが、それでも彼は「ありがとう」と返してくれた。
でも、そこで終われば、きっと綺麗に終わっていたのだろう。
四月一日。
始業式も近いから、宿題のし忘れが無いか確認する。
「もう三年生かぁ……あ、痛……」
ズキンとしただけで、それ以外に支障があるわけでもないので、そのまま確認を続けていく。
けれど、何かを警告するかのように、頭痛は酷くなっていく。
辛くなってきたこともあり、とりあえず準備を中断し、一度横になる。
「ここまで痛くなったこと、あったかな……」
記憶にある限りでは、ここまで痛いことは無かったはずだが、これは何か原因があるのではと勘繰ってしまう。
とりあえず、頭痛を少しでも治めることを優先することにしたのだが、一体どれだけ経ったのだろうか。気付けば寝ていたらしい。
「あら、起きてきたの」
「ん……」
若干、寝惚け半分でお母さんにそう返す。
「準備していたら、頭痛くなって休んでた」
「大丈夫?」
「大丈夫」
寝たからなのか、頭痛も治まってた。
「それに、七日から三年生――」
三年生になるし、とは続けられなかった。
頭痛である。
まるで、さっきも『三年生』と言ったときに痛くなっていたような気がする。
まるで――三年生になるのを拒否してるかのようで。
「三年生? 何言ってるの。貴女は今日から二年生でしょ?」
それも今日から通う学校で、とお母さんに言われてしまった。
どういうことだろう。家の中を見渡してみれば、部屋の角にはいくつか開けられた状態の段ボール箱。
――あれ? あれってもう片付けたはず……
けれど、その疑問はすぐに消えた。
きっと以前に、この部屋を見たときの記憶が出てきただけだろう。
「あ、そうだったね」
――この時、お母さんの言葉に何の疑問も持たなかったのだと、私は後で知ることになる。
☆★☆
【きっとそれが始まりだったのかもしれない。
いつからか記録を付けるようになり、同じ月日を繰り返していることにこのノートを見るたびに思い出すのに、三年生になる話題を出す度に、記憶は消され、新しい“二年生”を始めるためなのか、ノートは仕舞われていた。】
ぺらりとページをめくる。
【何度も何度も何度も。一体、どれだけ繰り返しているのだろう。
数を想像したくはないけど、ずっとカレンダーの年数表示は変わらず、同じ年。四月に記憶がリセットされているのだから、そこで持った気持ちや感想も、たとえ毎年同じだったとしても新しく感じたりするはず。】
【だから、前回のことを覚えていなくても、このノートを引き継ぐつもりで、続きを書いていく。
そして、のちの『私』にこんなことがあったのだと、『私たち』は伝えないといけない。】
【だから、ノートの最後まで見てほしい。たとえ、そこまで続いていても、いなくても。】
「……」
時折、数ページ戻して見比べたりしながらも、無言で文字を追う。
【いつから、その『気持ち』に変化があったのかなんて、正確なことは分からない。
ただ、初めは『挨拶をしたかった』という目標は覚えてる。けれど、いつから“彼”を好きだと思うようになったのかは分からないのだが、きっとこの気持ちも四月にはリセットされて、また同じ感情を持つことになるんだろう。】
【何度も何度も繰り返していれば、どうすれば彼らに接触できるのか、から好みなどまで把握することが出来た。
正直、得ている情報はストーカーレベルだし、自分でもどん引きだけど、情報元はこのノートなのだから仕方がない。】
【ちなみに、今回は名前呼びまでこぎ着けた。
どうやら『好感度』(分かりやすくそう言うことにした)は繰り返せば繰り返すほど緩くなっていっているのか、多分次はあっさりと名前呼びできるようになっているのかも。】
【何だかまるで、リアル乙女ゲームを体感しているような気分ではあるけど、早くこのループを終わらせられないのかな。】
【誰でもいい。
イレギュラーと判断されるかもしれないけど、誰か追加して、代わり映えしないこの状況をどうにかしてほしい。】
【違う、そうじゃない。
乙女ゲーム的だとたとえたけど、何で『隠しキャラ』的な人を追加してくるんだろうか。
しかも、生徒会メンバーに関わる人たちを『隠しキャラ』設定にしているからなのか、知りたくない情報は増えるし、こっちと接点持とうとしてくるし……】
【正直、開き直って、全員攻略とか言えたら良いんだろうけど、こっちにそんなつもりもなければ、スケジュール管理や金銭管理が大変なことになりそうなので、お断りである。というか、辛い。】
【きっと、変わらないと思っていたのに、変化が見られた。
生徒会の人たちと先輩であろう人が何やら話していた。
これ自体は珍しくも何とも無いのだが、何となく、何となくだが、その見慣れない先輩であろう人が希望に思えてしまった。】
【長らく不在だった『会計』という席に、一人の男の子が着いた。鷹藤晃君という同学年の男子らしい。】
【また、新しい変化があった。
会長である獅子堂要先輩の婚約者だという人が現れた。
綺麗な人である。
今のご時世に婚約者? とも思わなくはないけど、親同士が決めたものなんだとか。
要先輩は文句を良いながらも、顔はどこか楽しそうな時もあったから、仲は悪くはないんだろう。】
【要先輩の婚約者である雛宮先輩には、よく一緒にいる先輩がいる。
まさか浮気か!? とも思わなくなかったけど、どうにもそんな空気は感じなかったので、多分雛宮先輩の友人のなのだろう。】
【最終的に、要先輩と雛宮先輩の中を悪化させたことから、私が悪女認定されても仕方ない。
一方、雛宮先輩とよく一緒にいた先輩は、私に声を掛けていた時もあれど、以前と同様に雛宮先輩と一緒にいるらしい。
雛宮先輩は雛宮先輩で、要先輩と間を空けているようだけど。】
そして――……
「飛鳥たちだね」
ぽつりと呟く。
ノートを見つけたのは偶然だ。
今使ってるノートがあと少しで無くなりそうだったから、使ってないノートが無いか探していたら、このノートが出てきた。
そして、開いて中を確認すれば――見覚えはないけれど、確かに自分の字とも思える字で、様々なことが綴られていた。
もし、これが事実なら、ラノベとして一本書けるのではなかろうか。
「みんなは、このこと知ってるのかな……」
情報共有したい気もするが、知らない方がいいこともある。
話しても問題無さそうな顔は浮かぶけど、もし信じてもらえなかったら……
このノートを証拠として持っていけば……とも考えたが、ネタ帳だとでも思われたら、それはそれで恥ずかしい。
最終的に、ノートは部屋に置いておくことにした。
置き場所は、いつも使っている教科別ノートの間である。
とりあえず、今までの『私』が書いてきた記録を読んでいこう。
そして、それを踏まえて、私がこの先どうするのかを考えても良いのかもしれない。
【だから、だからどうか――……
――ほんの少しでいいから、たった一歩でもいいから踏み出せるような、私に勇気をください。】
【】内の句点(。)は、ノートの文章の終わりの所なので、付いています。