水森飛鳥の途中離脱Ⅲ(一つの真実)
さて、人間観察をするとは言ったが、同じ校舎内にいるからなのか、声の主を見つけるのにそんなに掛からなかった。
「……っ、」
最初は偶然だった。
単にそれだけのはずだったのだが、異世界で培われていたのか、その音を捉える力と注意力は遺憾なく発揮されたらしい。
廊下ですれ違うのと同時に見えたその顔はーー……
「……見つかった、ってことでいいのかな」
私の隣を通り過ぎていった人物ーー星王高校生徒会長、神崎真夜。
その声は、私にあの世界の救いを求めた、彼に似ていた。
だからーー
「それで、僕に何の用かな? 二年の水森飛鳥さん」
黒歴史や電波扱いされるのを覚悟で、一対一で話すことにした。
ああもう、聞けば聞くほど、あの神様の声に聞こえてくる。
「神崎先輩。私に言うべきことがあるんじゃないんですか?」
「言うべきこと? 君に?」
小首を傾げられる。
くそっ、今すぐ引き返したいが、確認するまでは引き返さないと決めたじゃないか!
しかも、よく考えれば、自意識過剰な言い方!
内心、うぉぉおおと悶えていれば、そんな私を余所にうーん、と思案する神崎先輩。
「え、あの、神崎先輩?」
戸惑う私に、神崎先輩はあーでもない、こーでもないと呟いている。
というか、一生徒に言ってもいい内容なんて限られてるだろうに。
気づけば、先輩が周囲を見回していた。
「とりあえず、場所を変えようか」
逆らえない何かを含む笑みを向けられ、私は気づけば頷いていた。
☆★☆
「で、いつ気づいた?」
そう尋ねる神崎先輩だけど、その言い方は私の隠れた疑問を肯定したということだ。
「貴方が、星王の学生で生徒会長だと知ったのは、つい最近です」
嘘は言ってないはずだ。
「気づいたきっかけは?」
「声と、星王の制服と、神々しい光、の三つです」
それに、神崎先輩は微笑む。
「さすがだね。それだけで僕に辿り着いたの?」
「事故に遭ったときの記憶から、何とか思い出しながら」
そう言えば、神崎先輩は顔を歪めた。
「……大丈夫だったの?」
「はい」
まあ、思い出すのも、あの声の人物ーーまあ、神崎先輩なのだがーーを捜すためだけに必要だっただけで、そこさえ集中していれば、そんなにダメージはない。
私の言葉に、「なら良いんだけど」と言った後、神崎先輩は「さて、何から話すべきかな」と呟き、思案し始める。
「私としては、教えてほしいことは山ほどあるけど……いくつか絞って尋ねることにするから答えて」
「答えられる範囲内なら、できるだけ答えてあげる」
それを聞いて、息を吐く。
「一つ、私が戻ってきた理由。送り出した貴方が中途半端な状態で、頼んだ私を帰すわけがないからね」
「うん、まさにその通りだね。君を戻したのは僕じゃない」
やっぱりそうか。
「君を戻したのは、僕と同じあの世界の傍観者にして、元凶だ」
「元凶……?」
その元凶が、私を帰した?
邪魔になったから?
「女神だよ。あの世界の、ね」
「女神って……」
その彼女(?)が私を戻したの?
「さすがに、いくつもの加護を君に与えていたから、彼女も君を帰すのに時間が掛かったみたいだけどね」
「同じ神様なのに、時間が掛かったの?」
「同じ神とはいえ、能力的には僕の方が上だ」
「だから、あの世界に介入できたんだよ」と神崎先輩は言うけど、そうなると、矛盾点も出てくるというわけで……
「うん、ならなんで、二周目以降に止められなかったのか、だよね?」
「……はい」
「彼女は、一点集中型なんだよ。まあ、簡単に言うと……」
神崎先輩は説明する。
「あの世界を例に説明すれば、関連するキーワードぐらい、いくつか浮かぶでしょ?」
「えっと、『乙女ゲーム』と『類似世界』、『ヒロイン』と『攻略対象者』に『学園』『高校生』『恋愛』に『ループ』……」
神崎先輩に言われ、いくつか挙げてみる。
「今、君が言ったキーワードの数々は、確かにあの世界について当てはまる。そして、あの世界が乙女ゲームの類似した世界というのは、あながち間違いでもない」
主人公と攻略対象者たちは、最初からあの世界の住人で、普通に生活し、攻略対象者たちを筆頭に主人公に夢中になることもなければ、関わることすらない者もいた。
「でも、女神はそこに目を付けたんだろうね」
自身の神力を使い、異世界でもあるあの世界の学園にループの結界を張り巡らせた。
そしてそれは、意識をあの世界へと向けていた女神の一点集中型も相俟って、更なる効力を発揮した。
「それが、あのループの始まり……」
「うん。そして、何周目かな。ループを止めさせるために、以前君に言ったように、ライバルや隠しキャラを登場させてもダメで、逆に利用されたってわけ」
何してくれてんだ。
「しかも、二学期は“イベント”ラッシュで、隠しキャラもそのイベントで登場させて来るんだよね」
「何してくれてんだ。マジで何してくれてんだ」
「いや、気持ちは分からなくはないけど……顔怖いよ!」
当たり前だ。そんな所にまた行くなんて、冗談じゃない!
「それに、その“イベント”の中に、生死が関わるのがあるでしょ」
「うん。それに、あちらさん。君が戻った暁には、こっちの妨害工作してくるだろうし」
それが厄介なんだよなぁ。
私を戻したのだって、その第一段階にしか過ぎないんだろうし。
「で、君を一々こちらへ戻されても困るし、僕だって、毎回あちらへ送れるわけじゃない」
「でしょうね」
こんな所で生徒会長なんてしてるぐらいだから、どちらかといえば暇ではあったんだろうけど。
「だから、はい」
ぽんと何かを手渡される。
「鍵……?」
「そ。あっちとこっちを行き来できる奴。使い方は二通り。一つは不特定の鍵穴に差し込んで回し、その扉での移動。もう一つは何もない場所で、鍵を回し、扉を使わない移動方法」
「通じる先は?」
「どちらも、あちらに設定された君の家にある部屋」
……ふむ。
「学外に出られるわけか」
「まあ……そうなるね」
おそらく、二学期にある大量の“イベント”対策のためでもあるのだろう。
それに、あの“イベント”は、起こるのが防げなくとも、最悪な状況だけは防ぎたいし、避けたい。
とにもかくにも、一度、街の様子を把握しておく必要も出てきたわけだ。
「じゃあ、次。私を選んだ理由は?」
「あれ、今それを聞くの?」
まあ、神崎先輩の気持ちは分からなくはないし、確かに今更だ。
事故に巻き込まれた私を助けるためとか、そんな理由ではないことぐらい、分かっているし。
「う~ん。僕からは『人選担当者』が君を選んだから、としか言えないかな。だから、その『人選担当者』が君を選んだ理由までは分からないし、僕としても答えようにも答えられない」
あやふやでごめんね、と神崎先輩は謝ってきたけど、それよりも気になるのは、今の説明の中にも出てきたーー
(『人選担当者』、ねぇ?)
つまり、その人が私を神崎先輩に薦めたのだろう。先輩の言葉を鵜呑みにするのならば、だが。
それに、神崎先輩がその『人選担当者』である可能性だってある。
「……ま、いいか」
どうせ『人選担当者』の件は、私が気にしても仕方ないだろうし、そのうちに分かることなのだろう。
呟きが聞こえたのか、「何か言った?」と神崎先輩は不思議そうに首を傾げている。
「いいよ、第二ラウンド。引き受けるし、今度こそ最後までやり遂げてあげるよ。神様」
私の言葉に対し、神崎先輩の目が見開かれる。
私はこのまま中途半端に投げ出したままにはしたくないし、きちんと最後まで見届けたい。
それを理解してくれたのかは分からないけど、神崎先輩はフッ、と笑みを浮かべて返してくる。
「期待してるよ。挑戦者」
そう言い合った後、私は他の聞きたいことについても聞いた。
現在のあちらの時系列は、やっぱり夏休み中なんだとか。
で、桜峰さんと攻略対象者たちは仲良く遊びに行っていたらしく……
「『飛鳥も来られたらよかったのに……』とか『来年、みんなでまた来よう』とか言ってたよ」
「……」
くそっ、先輩が無駄に声真似が上手い……って、違う。というか、来年は無理だ。私の場合、どっちも受験生だから。
あはは! って、笑えねぇ……
「思わぬ所から爆弾が投下された……」
「そんなこと言ったら、僕はもうすでに受験生だよ!」
「うっせぇ! 受験しなくても、すでに内定あるだろうが!」
「ちょっ、その言い方止めて! というか、神職じゃないし!」
まあ、そんな感じでギャーギャーやってれば、どこから現れ、いつからそこにいたのか、新垣神那副会長が「長いし、うるさいわ!」とハリセンを手に、神崎先輩を引っ叩くと、「ごめんねー」と言いながら、去っていった。
「……何か、生徒会の力関係を見た気がする……」
果たして、今のは見て良かったのか悪かったのか。
「あ、しまった」
肝心なことを聞き忘れていた。
何故、異世界の神様であるにも関わらず、この世界のこの国のこの学校で生徒会長なんてやっているのか。
「……まぁ、いいか」
類似世界での仕事が終われば、おそらく聞けるだろうし、ちゃっかり自由に行き来できる権利までゲットできたわけだし。
それにーー
(送り返した相手も分かったことだし、ね)
さて、相手はどのように出てくるのだろうか。
相手が女神なら、いくら能力的には上である神様が与えてくれた異能でさえ、効果は薄いかもしれない。
(一度、情報を整理してから、あっちに向かうことにしようかな)
どうせ女神が相手なら、作戦を立てたとしても無駄になるだろう。
それなら、頼りになるのは、自分自身とあの世界の知識。
女神の思惑は分からないけど、ループは私の番で絶対に終わらせる。終わらせてみせる。
「彼女たちのためにも」
この章はこれにて終了
次回から新章・二学期編突入です