水森飛鳥はクリスマスパーティーへと赴くⅠ(なかなか辿り着けない目的地)
案の定というべきか、風邪を引いた。
自分でも結構濡れた部分を乾かしたはずだし、体調の変化から用心のために風邪薬を飲んだりしたのだが、駄目だったらしい。
それでも風邪である。弟には驚かれ、家事を代わったりしてもらったけど、翌日には熱も下がり、様子見で安静にしていた。
で――……
「……どこだよ」
方向音痴になった覚えはないのだか、そもそも会場となったらしい獅子堂邸・別宅って、神様からの知識によると、迷いやすい場所にあるんじゃなかったっけ。
しかも、送られてきた地図も間違えそうな道が何本かあるし……
『ああ、これは迷うわ』
明花にも一度入れ替わってもらって確認してもらえば、その一言を言うだけ言って、引っ込んでしまった。
「……はぁ」
溜め息吐きつつも、とりあえずじっとしているわけにもいかないので、歩き出す。
せめて、何度も迷わないうちに着きたいところではあるが――……
「くっ………そっが!」
入る道を間違え、間違え、間違え……たがために、未だに辿り着いていなかった。
途中で女神の仕業とか疑ったりもしたけど、さすがにこの程度で負けたくはないので、頑なに地図を参考に足を動かしまくっていた。
「いや、不審者を撒いたりするのには役立つんだろうけどさぁ……」
普通に向かってる人には不便すぎるだろう、これ。
とりあえず駅に戻り、誰かに迎えに来てもらうべく、連絡する。
『地図通りに進んだんですが、全然辿り着かないので、誰か迎えに来てもらえませんか?』
最後に、駅で待ってるので、と付け加えて送信する。
そして、無事に送れたことを確認し、駅前の大きなクリスマスツリーに目を向ける。
「でっかいツリー……」
特に珍しいというわけでもないどころか、以前にも見たことがあるので、そんなに驚くことはないんだけれども。
『――』
大きなクリスマスツリーの下で話していたことを、ふと思い出す。
「いや、あれはツリーじゃなくて、それっぽいものだったけども」
とにかく、ツリーに似ていて飾り付けされていたし、季節も冬だったので、クリスマスツリーのようなものだと、その時の私は認識していた。
「……」
迎えはまだかと、時間を確認してみるが、五分ぐらいしか経っていない。
『ほら、これだって――』
隣の人は何か話していてくれていた気がする。
そう、確かこんな風に触れながら――
「――り、飛鳥!」
ぐいっと後ろに引っ張られる感覚で、ハッとする。
引っ張った主はというと、どこか焦ったような様子で息を切らしていた。
「……おや」
「……いや、「おや」じゃなくてだな。もう少し足元を見るべきだと、俺は思うぞ」
ん? と足元を見てみれば、一部だけ水路みたいになっているところに足を突っ込みそうになっていた。
「ごめん、助かったよ。鷹藤君」
「別に足が付く高さだから、助ける必要は無かったのかもしれんが、さすがに足を濡れさせたまま歩かせるのもどうかと思っただけだしな」
「お気遣い、どうもありがとう」
まあ、でも確かに濡れた靴で行くのも、先輩たちに失礼かもしれないから、鷹藤君が来てくれたことには感謝するしかない。
「それにしても、珍しいこともあるもんだね」
「何がだ?」
「明花について話してから、この短期間で私たちを見分けられる人って居なかったからね」
鷹藤君が納得したように「なるほど」と告げる。
「雪冬先輩の時は?」
「雪冬さんは確証を得るまで、あまり口にしないタイプの人だからなぁ。だから、薄々気づいてて、私と明花が『違う』って分かるまではそれなりに掛かったはずだよ」
私も人のことは言えないけども。
「……御子柴は?」
「夏樹も似たような感じじゃないかな」
「そうか」
それにしても、と鷹藤君に告げる。
「君から下の名前で呼ばれたの、初めてだね」
「そうか? それに、何回呼んでも聞こえていなかったみたいだし、聞こえやすいだろう方で呼んだだけだ」
「聞こえてなかったのは事実だけど、明花だった可能性もあったよね?」
その辺はどうやって見分けたのかな?
「それは無いと思うぞ」
「ん?」
「二人とも側は同じでも、それぞれの雰囲気は違うから、『明花』ではなく『飛鳥』だと判断しただけだ」
思わず、固まってしまう。
「そっか、雰囲気か」
確かに違うんだろうけど、それでもやっぱりこの短期間で『飛鳥』と『明花』を見分けている辺り、彼の人を見る目は確かなのだろう。
「それで、案内役は君でいいの?」
「いや、それは――」
鷹藤君が目を向けた先に居たのは――
「二人とも、話し終わった?」
鷹藤君の視線を感じてなのか、『彼』がこちらに来たかと思えば、どこか違和感のある笑顔で話しかけられる。
「それじゃ、行こうか。先輩たちをいつまでも待たせっぱなしも良くないしね」
そう言ったかと思えば、こっちと言わんばかりに歩き出す。
「……」
「……」
「……」
どれだけ無言で歩いていたのか分からない。
「……そういえば」
ようやく彼――鳴宮君から声を掛けられる。
「水森さんって、方向音痴なの?」
「いや、それはないよ。もしそうなら、修学旅行の時だって迷ってたはずだし」
だから、無自覚でもない限り、方向音痴の気は無いはずなのだ。
「でも、迷ったんだ」
「……まぁ」
「あそこは迷いやすいからな」
「初めての人は迷うよねー」
この二人もそういう認識ということは、私の認識も間違っていないということだ。
「さて……ここからだね」
迷いまくっていた場所に到着である。
そして、それぞれの手元にある地図を参考に歩き始める。
「あれ、さっきのところ右じゃない?」
「え?」
「左、左じゃなかったか? 今、そうやって来たぞ」
地図を見ながら歩いているはずなのに、曲がる場所一つ間違えただけでコレである。
何らかの異能が働いていないかどうかを視るために、軽く周囲に目を向ける。
「水森、どうかしたか?」
「いや、何でもないよ」
こちらの様子に気付いたらしい鷹藤君に話し掛けられるが、首を横に振って何もなかったことを告げる。
本当に何もないのだから、何かを言えるわけがない。
「……二人ってさぁ」
こちらの様子を窺ってたのか、次に鳴宮君が口を開いたかと思えば――
「居たぁ!」
……桜峰さんのご登場である。
いや、別に彼女が嫌というわけではないけども、そこは場所を貸してくれている会長じゃないのか。
「それにしても、三人とも一緒で良かったよ」
「もしかして、他の人たちって、もう来てる?」
「うん、来てるよ」
ということは、やっぱり夏樹もここまで一人で来たことになる。
目的地が同じなんだから一緒に行けばいいのに、一人で行ったのは、私といると気まずくなるからなのか、早く桜峰さんに会いたかったからなのか。
――多分、両方なんだろうけど。
あの家から出るのに、置き手紙一つ無かったのも、行き先が同じだから置かなかったというのも予想がつく。
――それでも、やっぱり……
首に巻いているマフラーを口元まで引き上げながら、そう思う。
「だから、ここにいるみんなで最後なんだよ」
「あー……私が迷ったせいだね」
鷹藤君は鳴宮君が迎え要員だと思ってたみたいだけど、たまたま居合わせたのか、本当に迎えに来てくれたのかは本人にしか分からない。
「別に水森さんのせいじゃないでしょ」
「そうだな。どうせ、誰か一人は引っ掛かるような所だしな」
同級生組のフォローと言えるかどうか分からない言葉に、「どうせその『誰か』が今回は私だっただけですよ」と思いつつ、足を動かしていく。
そして――
「あ、着いたよ」
桜峰さんの案内により、私たちは無事に目的地に辿り着くのだった。