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御子柴夏樹は手当てし、水森明花は――水森飛鳥は、告げる


 ――時間は少しだけ遡り、水森(みずもり)明花(あきか)鷹藤(たかとう)(あきら)から話を聞いている頃。


「はい、とりあえず、これで終わり」


 俺は鷺坂(さぎさか)(れん)の同行の元、保健室で手当てを受けていた。

 その理由なんて簡単なもので、明花に殴られた部分の手当てのためである。

 本来であれば、俺自身がちゃんと歩ける以上、鷺坂が一緒に来る必要はないのだが、生徒会役員としての役目なのか否か、どういうわけか付いてきた。


「確認したところ、口の中は切れたりしてないみたいだから良かったけど……」


 そう告げる保険医に、事情聴取が始まるんだろうな、ということは察した。


「それで、何があったのかな?」

「……」


 簡単に言ってしまえば、『喧嘩して殴られた』なのだろうが、その相手が女だとは言い出しにくい。


「鷺坂君」


 中々、俺が視線を逸らしつつ口を開かないからか、保険医はこちらの様子を見ていた鷺坂に、状況の確認を促す。

 まあ、鷺坂もあの状況についてはよく分かっていないだろうから、説明することなどほとんど出来ないんだろうが……


「どういう経緯でそうなったのかは分からないけど、そういうことするような人じゃない人に、殴らせたほどなので、何か言ったらいけないことでも言ったんじゃないんですか?」


 飛鳥(あすか)や明花の名前は出さなかったが、状況については見てたのかと言いたくなるぐらい、ほぼ間違ってないので、俺は無言の肯定を示しつつ、二人のやり取りを見守る。


「名前を出さないってことは、知り合い?」

「知り合いっていうか……」


 確かに、飛鳥たちと鷺坂の関係は何とも言いにくい。

 知り合いといえば知り合いなのだろうが……という説明のしづらさを察したのか、保険医は続ける。


「まあ、君たちとその人の関係は、今は置いておくとして。私としては、その相手がもし本当に殴り慣れてないとすると、その人の手も心配だね」

「どういうこと?」

「殴り方によっては、怪我をしかねないから。もちろん殴る場所も関係はするけどね」


 つまり、俺を殴ったために、明花も怪我してる可能性もあるってことか。

 いや、あいつらの場合、身体は飛鳥のものなんだから、表向き怪我をすることになるのは飛鳥の方か。


「時間が時間だから、まだ校内に居るのかどうかは分からないけど、もし可能なら見つけて連れてきなさい」

「先生。俺、生徒会業務あるんですけど……」

「だとしても、連れてきなさい。それも業務の一つじゃないかな。それに、知り合いなんでしょ?」


 それを聞いて、鷺坂に『妙なことに巻き込みやがって』と言いたげに睨まれた。


「この人ほどじゃないです」


 幼馴染としての付き合いと、先輩後輩としての付き合いの長さを比べるもんじゃない気がするが……


「けどまあ、一応は探してみますよ」


 さっきまで渋ってたのに、何か引っ掛かることでもあったのか、保険医からの引き受けている。

 それに、怪我してる可能性もあるって言ってたし、それを聞いた以上は、大丈夫であることを確認するまでは安心できない。


「無理矢理は駄目だからねー」


 そう言われつつ、保健室を後にした俺は、まだ校内に居るのかすら分からない明花を捜し始めるのだった。

 横で、何か言いたげにしながらも口に出してこない後輩を連れて――……


   ☆★☆   


 さて、どうしたものか――と思いつつ、昇降口に向かって校内を歩く。

 涙が数滴出ただけで、そこまで派手に泣いてはいないから、目が腫れているなんてことは無いんだろうが……と、ちらりと廊下の窓に映る自分の顔を確認してしまう。


「……」


 窓にあるのは、いつもと変わらない顔と表情である。


「……かなり大変なことになってるぞー」


 誰かに言う訳でもなく――しいて言えば、飛鳥だが――呟くようにして告げる。

 当然、引きこもってる飛鳥から何らかの返事があるはずもなく。


「あ……」


 これから帰るところなのか、それとも桜峰(さくらみね)さんが居るであろう生徒会室に向かおうとしているのか――夏樹(なつき)と会ってしまった。


「……」

「……」

「……」

「……」


 正直、気まずい。

 今日はもう顔を合わせることはないと思ってたから、会ったときのことなんて何も考えていなかった。


「……っ、」


 何か言おうと思っても、何も言えない。

 とりあえず、(私から見て)夏樹の位置が私の靴が入ってる場所より奥なため、さっさと靴を履き替えてしまえば、逃げることは可能そうである。

 そんなことを考えていれば、声を掛けられた。


「明花」


 とりあえず、そちらに目を向ける。


「何かな?」

「その、悪い」

「それは何に対する謝罪? 私が(・・)理由も分からずに謝られるのが嫌いなの、知ってるよね」


 この場に居るのが飛鳥であれば、溜め息混じりに許したんだろうけど、私は許すつもりはない。


「ああ、知ってる」

「じゃあ、今の謝罪が無駄なことも分かってるわけだ」

「ああ――でも、飛鳥には届くだろ」


 ああ、ムカつく。

 私が伝えると分かってて言ってきている辺り、ここ最近で最も――……


「――本当に、嘗められてるね。私たちは」

「……飛鳥か」

「もっと引っ込んでいようかと思ったけど、馬鹿にされっぱなしは嫌なので」


 明花が表に出てくれていたお陰で、いくらかの考える時間が出来た。

 無理やり入れ替わったような感じになったけど、好きなだけ言ってやれとも言われてる感じがした。

 とりあえず、明花が目測しておいてくれたであろう靴までの距離を把握し、夏樹と向かい合う。


「夏樹、覚えてる?」

「何を」

「明花は『理由が分かっていない謝罪』が嫌って言ったけど――」


 私が『嫌』だと明確に告げているもの。


「私、根に持つから。あったこと、言われたこと。嫌なことに関する一言一句、一挙手一投足すべて――覚えてるから」


 これでも小夜(さや)には、明花よりやることがえげつないって言われたことがあるぐらいである。


「だから、御子柴君(・・・・)にされたことは、覚えてるから」


 目を合わせるかのように彼に目を向ければ、彼はたじろいだ。


「君が」


 私が一歩踏み出せば、こちらの様子に圧されたのか、あっちが一歩下がる。


「真意だろうが無かろうが」


 また一歩踏み出せば、あちらも一歩下がる。


「どっちでもいい。でもね――」


 春馬(ハル)や夏樹の件、この程度で本当に折れると思われてることに、腹が立つ。


「私は――私たち(・・・)は、やられたことは忘れない。だから、どこかで見てるあの女(・・・)に伝えればいい」


 ――もし、次。やり方を間違えた場合。


「その喉元を食い破られる覚悟しておけ、って」

「っ、!?」


 夏樹にしては珍しく、怯えを見せた表情を露にする。

 けどまあ、私が『らしくもない(・・・・・・)』顔をしたからだと言うのもあるんだろうけど。


「お前……」

「ん?」

「お前は、誰だ」


 ようやく声を出したかと思えば、そんなことを聞かれた。


「誰って、水森(みずもり)飛鳥だけど?」

「違う」


 そう言われ、思わず反応してしまったのは仕方がないと思う。


「だって、飛鳥は――」

「一体、御子柴君は私の何を知っているの?」


 明花が表に出ている間、考えてた。

 私は夏樹のことを分かってるつもりでいたが、私が隠していることは、自分から話したりしない限り、分かるはずがないし、それは逆の場合も然り。

 だから、夏樹にも『何か』あるんじゃないのかと思った。女神の意に沿っているかのような行動をして、自分は敵じゃない。味方だと騙すためかのように――


「それはっ、」

「幼馴染だから? そうだよ。私たちは幼馴染」


 でも……でもね。


「今、私が何を考えてるか。分かる?」


 分からないよね。


「っ、」

「言わないんだね。何となくでも、言えば当たったかもしれないのに」


 以前の夏樹なら、推測でも何でも口にしていたはずだ。


「でも、それを当てたからって、私の秘密を暴いたことにはならないし、今こうして話してるのに、『飛鳥』だと認めたくない君の前に居るのは、君が知ることがなかった(・・・・・・・・・)紛れもない『水森飛鳥』だよ」

「っ、」


 『何で、こんなことになった』と問われても困る。説明するにしたって、長い時間を有するのだから。


「俺が――俺の、せいか?」

「違うよ」


 自分が変わったから、だとでも思ったみたいだけど、その程度であんな表情を見せたりしない。


「なら、何で……」

「悪いけど、この性格なのも前からだから、夏樹(・・)が自己嫌悪に陥る必要もないよ」

「そうか」


 そこで、ふと気づいたかのように「え……」と声を洩らされる。


「い、今っ……!」


 ばっと顔を上げたかと思えば、今度は名前呼び一つで騒がしいと思いつつ、その間に上手いこと自分の靴を回収できたので、捕まる前にさっさと履き替える。


「それじゃ――」

「あ、見た目的には大丈夫そうだね」


 また明日、と告げられるはずの言葉は遮られ、先程まで感じなかった気配と右手を触れられるような感覚に、ぎょっとして声の主に目を向ける。


「嫌だなぁ。そこまで驚かなくてもいいじゃないですか」


 「ねぇ、飛鳥センパイ?」とこっそり付け加えられてしまえば、こっちとしては、顔を引きつらせることしか出来ない。

 というか、いつから居た? 誰も来ないとは思っていなかったけど、気配なく近付かれるとは思わなかった。


「君は、一体いつから居たのかな」

「それ、答えないと駄目ですか?」


 はぐらかされた。


「いや、いつでもいいけど、さすがにビックリするから、気配なく来るのだけは止めて……」


 溜め息混じりに告げれば、分かりました、とあっさり了承の意が返ってくる。

 まあ、聞かれて困るような言い回しとかしてないし、たぶん大丈夫だろうけど……


「それで、私は帰っていいの?」


 握られっぱなしの右手を示せば、「ごめんねー」という謝罪とともに解放された。


「実は保険医に、『殴った方も怪我してるかもしれないから、怪我してるようなら連れてこい』って言われたんだよね。先輩に怪我が無くて良かったよ」


 それは……多分、本心なんだろう。

 それに、握られている間、私が痛がる素振りすらしなかったから、彼の中で私が怪我してるという可能性は無くなったのだろう。


「まあ、君にまで心配かけたのなら謝るよ」

「別に。センパイが怪我したなんて、咲希(さき)先輩の耳に入れば、絶対、飛鳥センパイの方に行くじゃないですかー」

「……それもそうだね」


 あの子の性格を考えると、あれこれ世話してきそうである。


「だから、先輩たちも喧嘩は程々にしてくださいよー」


 その台詞は、私だけではなく、夏樹にも向けられたものだろう。


「それじゃ、私は帰らさせていただくので」

「うん、気をつけてね」


 ひらひらと、こちらに向かって手を振る後輩庶務に対し、夏樹はというと、その場からいなくなっていた。

 保険医に報告に行ったのか、生徒会室に向かったのかは分からないけど、とりあえず今日の会話はあれで終わりらしい。


「君も帰るときは気をつけなよ、後輩君」


 彼の帰りを見ることは出来ないので、先にそう言ってから昇降口を出れば、驚いたような目を向けられる。

 それがいつまで向けられたのかは分からないけど、少なくとも、あの後輩の驚いた顔を見ることが出来たのは、本日最後の収穫だ。


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