鷹藤晃と告げるべきことⅢ(彼から見た出会いと、別れまでⅢ)
「雪冬先輩は二人について、楽しそうに話してくれた。明花のことを除いては、だが」
そう告げれば、水森は「そっか」と返しながらも、苦笑いを浮かべている。
あえてなのかは分からないが、こっちは先ほど言った通り、こうして会うまで『明花』という存在を本当に知らなかったのだから、仕方がない。
「それで、どうなったの?」
水森に促され、俺は話すのを再開する。
☆★☆
冷たい空気が、そこにはあった。
季節は冬なのだから、仕方がない。
「雪冬先輩」
家族や友人の話をして以降、下の名前で呼ぶようにと言われたため、最初は「御子柴先輩」とつい呼んだりしたことはあったが、何度か呼ぶうちに慣れてきたのか、今では自然と呼べるようになった。
「やぁ、鷹藤君」
そして、何でも無いかのように、こちらに振り返りながら、いつも通りの様子で俺の名前を呼んできた。
「その……」
「何も言わなくてもいいし、無理して言わなくてもいいよ」
「けど……!」
それでも何か言おうとする俺に、何も言わなくてもいいとでも言いたげに、先輩は首を横に振る。
「これは、一つの結末だよ。鷹藤君」
「っ、」
「予想しておきながら、防げなかったっていうのもあるけど、人の感情なんて、どうすることも出来ないからね」
確かに、そうかもしれない。
女神の干渉があったとしても、誰かが誰かに抱く感情など、変化するのかもしれないけど……それでも……!
「先輩が、こんなところに閉じ込められるのは、違うはずだ!」
先輩は閉じ込められる。
『この世界』に、ではない。
『学園の一角』に、だ。
「そうかもしれないけど……どうやら、今回はやり過ぎたみたいだね」
状況としてはマズいだろうに、先輩がそんな大事に考えてないからか、そんな言動をしていないからなのか。不安もあってか、もっとイライラしてしまう。
「何で、そんなに落ち着いているですか」
「これでも、内心はパニックなんだけどね」
とても、そうは見えない。
けど、先輩の心情を正確に分かるほど、付き合いは長くないので、それが本当なのかどうかも見分けることは出来ない。
「食事とかどうなるんだろう、とかね」
「……それ、は……」
「けど、それはまだ良いんだ」
先輩の言葉に、不思議そうな顔をしていれば、視線を下にずらしながら、彼女は告げる。
「私に関する記憶。それが、失くなることが心配なんだよ」
その言葉に対して、「俺は忘れませんよ」と返せば良かったんだろうが、すぐには返せなかった。
心のどこかで、女神や世界の影響によって、その記憶から消される可能性があるのではないかと、思ってしまったからだ。
「だから、忘れないようにしてあげる」
「え……」
どういうことなのか聞く間もなく、額に向けて、人差し指で軽くつつかれる。
何なんだと思って、額を擦れば、真面目なトーンで、名前が呼ばれる。
「鷹藤君」
視線を向ければ、真面目な表情をした先輩が居て。
「君は初めてなのに、よくやってくれました」
「……」
「一周目だから、仕方がない部分もあったのかもしれないけど、中でも攻略されなかったのはお見事としか言い様がないね」
それは……褒めているのか?
「でも、今後はそうもいかないかもしれない。次の人たちがどれぐらい後に来るのかも分からない。その間、君を一人にさせることに申し訳なさもある」
「……」
「一人の辛さなんて、私はよく知っているから、君に同じ目は見させたくなかったんだけど、こうなった以上は仕方がないとも思ってる」
……違う。
「だから、言うね。この周回での経験を生かしなさい。君は『攻略対象』だから、私みたいにやり過ぎたとしても、こんな目に遭うことは無いだろうから、納得できるまで、調べて、足掻きなさい」
これは、『別れ』の言葉だ。
「先……」
「ずっとこの先、一人なんてことは無いだろうから、大丈夫」
「何で、そんなこと……」
何で、この先も一人ではないと言い切れる?
あの人たちが、誰も送ってこない可能性だってあるはずなのに。
けれど、先輩は笑みを浮かべ、内緒とでも言いたげに、人差し指を立て、唇に持っていく。
「そうだね、一つ予言してみようか」
「予言……?」
予想とかではなく?
「そう、予言。この世界は、私たちから数えて、三組目が来た時に終わるよ」
「三組目? 三人目、じゃなくて?」
「うん、三組目。私の予想が正しいなら、あの二人を神崎君たちは選ぶだろうし、選ばざるを得なくなるかもしれないから」
何の根拠があって、そんなことを言っているのか、俺には分からない。
けれど、先輩にはそんな予感がしているのだろう。だったら、俺も信じてみるべきか?
「だから、それまでの周回はできる限り、覚えておきなさい。その時、彼女が誰を選び、どんな終わり方をしたのか。誰が関わっていたのかを」
「……」
「そして、覚えてる限りのことを、三組目の子に伝えること。――大丈夫。私の予想通りに来るのがあの二人なら、私も解放されるだろうから」
先輩が閉じ込められる前の会話は、それが最後だった。
「その後は、先輩がいる場所に定期的に訪れては、様子見たり、差し入れしたりしてた」
「……」
「二組目として来た雛宮さんたちに関しては、話そうと思っても話せなかったっていうのもあるんだが、あの二人はあの二人で支え合ってたみたいだし、何より……」
「女神の力を跳ね除けた」
まるで知っているかのように、水森が口を開く。
「結果から言えば、魚住先輩の場合は、雛宮先輩が居たから、抜け出せたようなものだよ」
「さすがに、同じ手は封じられたみたいだけど」とでも言いたげに、水森は言うが――……
「けど、それで? 君たちから数えて三組目だっけ?」
「あ、ああ……俺たちから数えて、水森たちが三組目だ」
そう答えれば、「ふぅん」と今度は納得するかのように声が洩れる。
「これ、随分な無茶振りだなぁ」
「……」
「君も知っているとは思うけど、正直に言えば、状況は芳しくない」
「そうだな」
今になって気づいたが、雪冬先輩は意図的に『明花』という存在について話さなかったんだと思う。
そもそも『明花』は『飛鳥』の中にある存在な上に、『明花』として人格が浮上していたとしても『飛鳥』として行動してしまえば、何も知らない人たちの目にも、そういう風にしか見えないんだろう。
「この世界を攻略する鍵は、私たちみたいな『異世界人』かと思ったけど……雪冬さんの話から考えるに、どっちかっていうと『明花』っぽいね」
「ああ。まさか女神も、多重人格者が来るとは思ってないだろうしな」
正直、この『水森明花』という人格を信じていいのか、疑っている部分がある。
二重人格や多重人格というのは、まるで別人みたいになるらしいが、『明花』の場合は『飛鳥』とそんなに違わないように見える。
――そもそも、多重人格というのが、間違いなのか?
目の前の彼女に目を向ければ、不思議そうな目を返される。
そういう風に振る舞っていると言ってしまえば、それまでなのだろうし、本当のことを知っているのは、本人たちのみだろうから、外野がとやかく言うことでも……ないか。
「さて。私は帰るけど、君はどうするの?」
そう聞かれ、時計を確認すれば、結構時間が過ぎていたらしい。
「俺は生徒会室に行く。帰るにしたって、荷物取りに行かないといけないしな」
「そっか」
そう言うと、水森は空き教室の出入り口に向かっていた。
そんな彼女を見ていると、俺がこの教室に着いた時と雰囲気が若干違う気もするのだが、これは少しだけ素を見せられてると思ってもいいのか?
「ああ、そうだ」
思い出したかのように、水森が振り向く。
「『明花』のことは、他の役員たちには内緒にしておいてね」
「理由は聞いても?」
「女神に手出しされたくないから」
ある意味、正論だった。
「分かった。けど、御子柴はそうは行かないだろ」
御子柴の名前を出した途端、不機嫌そうになる。
いや、まあ……うん。さっきの今だし、仕方ないか。
「……あの馬鹿が気付いたところで、何か出来るはずないんだから、無視でいいよ」
どうやら水森の中で、御子柴への信頼度などがかなり落ちたらしい。
呼び方が『馬鹿』になっているのだが、幼馴染だから出来ることとも言える。
「あと、あの馬鹿を間違っても、雪冬さんに会わせようとか考えないでね?」
そのつもりは……無かったりしないわけでは無かったが、先回りされたかのように、その可能性を塞がれた。
「ああ、分かった」
まあ確かに、そんなことで戻るのであれば、水森が名前を出した時点で、雪冬先輩についての記憶は戻っているはずだろうし……
「そういえば、何で水森たちには女神の忘却が効いていなくて、御子柴には効いてるんだ」
ふとした疑問だった。
同じぐらいの神の加護が掛けられているのなら、二人が同じ効果を得ていてもおかしくはないのに、実際はどうだ。二人に表れている影響は違う。
けれど、それについても思い至っているのか、水森は笑みを浮かべている。
「水森、お前……どこまで知ってるんだ」
「どこまでも何も、知識にあることと、自分で調べて、見聞きしたことのみだよ」
上手いことはぐらかされてる気がする。
「けど……そうだね。一つ言えるのは、それに込められた想いや願いは、そう簡単に消せないし、消えないってことだよ」
水森の言う『それ』が何を示しているのか分からないが、何となく、何となく――言い返すことは出来なかった。
「……正直、君が居てくれて助かった」
いきなりの言葉に、どういうことだと疑問を浮かべる。
「もし、君が居なくて、私たちだけだったら――いや、飛鳥だけだったら、多分もう駄目だっただろうから」
その言葉で、ふと思う。
俺や『明花』という存在が居らず、御子柴があんな状態だった場合、『水森飛鳥』という存在はどうしていたんだろうか。
「雛宮先輩たちは、他校生扱いみたいになっているから、頼ることは出来ないし……だから、君が居てくれて良かったよ」
「……」
最後に見せた表情が、『飛鳥』に因るものなのか、『明花』に因るものなのか、俺には分からない。けれど――……
「ああ、俺もお前たちで良かったと思うよ」
何でだろうか。そう思えて仕方がない。
雪冬先輩が言ってたからだとか、あの人が共通の知り合いだからだとか、そういう理由もあるんだろうが、でも、何となくそう思えてしまったのだ。
だから、可能な限り、彼女たちを手伝おう。
雪冬先輩を助け、この世界の時間を進めるために――