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秘められた過去・五十嵐視点

ふと気が付いたら前回の投稿から数週間が過ぎていました。


「待ちかねたぞよ」と言ってくださる方がいると信じて言っちゃいます。


大変お待たせいたしました!



本分中、田中の役職が係長となっている箇所があります。ややこしくてごめんなさい。

七海さんが予約を入れてくれたのは、何度か訪れたことのあるイタリア料理の店だった。ずいぶん前に、七海さんに連れられてランチを数回共にした店だ。


その時よりも随分照明が落とされていてちょっと暗いが、恋人たちが愛を囁き合うにはちょうどいい明るさなのかもしれない。そのせいか、店内は六時を回ったばかりだというのに席の大半がカップルで埋め尽くされていた。


楽しげな彼らの間を縫って、案内された席に着く。てっきり店の奥の広いテーブルに案内されると思っていたのに、案内された席は二人掛けだった。確か俺の他は女の子四人って言ってたよな。


「あの。予約は五人で入っていると思うんですけど?」


ぬかりない七海さんのことだから、人数の変更は連絡しているはずだ。


「佐倉様ですよね。先ほどご本人様から人数変更のお電話をいただきました。その際にご予約は二名様で承っております。」


「えっ?」


結菜ちゃんをチラリと見ると、彼女も困惑したように首を傾げる。そしてバッグに手を伸ばして、そのポケットから携帯電話を取り出した。


「電話してみます」と言って席を立とうとし、開いたケータイを見て小さく「あっ」と声を発した。


「七海先輩からメールきてました……へっ!?」


メールを読み進める結菜ちゃんの表情が、面白いくらいくるくる変わる。最初は強張っていたが、やがて困ったようになり、頬がほんのりと赤くなった。そして膨れっ面で俺にケータイを差し出す。読めと言ってるらしい。


メールを読み終えた俺は、苦笑いを浮かべて案内の女性に「急用だって、メールが入ってました。すみません」と言い、グラスビールを二つ注文した。


ついでに自分のケータイもチェックすると、最後の一行以外、まったく同じ文章が七海さんから届けられていた。


『何やらお二人のラブシーンを見たと言う女子社員が慌てて戻って来たんだけど、どういう事かな? 噂になってるぞ。お邪魔みたいだから今日はお二人でどうぞ』


文章の末尾にハートがちりばめられたメールは、あきらかにこの状況を面白がっていることが伺える。しかも俺のメールにだけ、『感謝しなさいよ』の言葉と共に、ニヤケ顔が付け加えられていた。


感謝ねぇ……七海さんのしたり顔を思い浮かべると、素直に感謝していいものかどうか判断に迷う。


何かとんでもなく法外なものを請求されそうで、感謝どころか逆に恐ろしく感じた。まさか『向こう一年間昼飯奢れ』とか言わないよな。


まあ、一応感謝はしないこともないが、しかし、今日だけは彼女達にも同席して欲しかったな。


結菜ちゃんを無責任な噂から守るためには、なんとしてでも彼女達の協力が必要だったからだ。一人でも多くの味方が欲しい。


仕方がない。今夜中に七海さんにメールをして、手を打っておくか。


そうと決めたら気持ちを切り換えて、この、二人だけの時間を楽しまなくては損だな。せめて『先輩』から脱却して、男として意識してもらえるくらいにはなりたい。


「……輩。五十嵐先輩!」


結菜ちゃんが俺を呼ぶ声にハッと現実に引き戻される。どうやら、ケータイをジッと見つめながら黙り込んでしまった俺を心配してくれたようだ。瞳が不安げに揺れている。


「ごめんね。ぼーっとしてた。七海さんから、俺にも同じようなメールが入ってたよ」


「先輩にも? 噂になってるって……どうしよう。先輩、ごめんなさい。私がボケッとしてたから。私……」


わかってる。俺が君を戸惑わせた。


あの時俺は、彼女の白い滑らかな額を間近にして、理性が崩壊寸前だった。課長がこの白い肌に、自分の所有物の如く判を捺したのだと思うと、俺の中の嫉妬心が勝手に暴れだした。


どんなに『イタズラだ。気にするな』と彼女に言い含めても、俺自身、納得できない気持ちでいっぱいだった。だから嫌われる覚悟で印の上書きをしようと思ったんだ。俺の……唇で。


そしてその時、わかったような気がした。課長の子供じみた行動の裏に隠された真意を。


彼もまた、俺に嫉妬していたに違いない。彼女の頭を撫で、両の耳に触れた、この俺に。もしかしたら、彼も本当は判なんかではなく唇で直に触れたかったのかもしれない。


そこまで彼を追い詰めたなら、ここで結菜ちゃんに嫌われてまで欲求を満たすのは得策ではない。あとは彼が自爆するのを待てばいいだけだから。そう気付いて理性を取り戻した途端、あの暴走車だ。


直前まで俺に迫られてあたふたしていた結菜ちゃんに、ささっと車を避ける余裕があったとは思えない。だから彼女が謝る必要なんてないんだ。


しょんぼりする結菜ちゃんを元気づけようと、俺は大袈裟なくらいニッコリ笑った。


「お互いケガが無くて良かったね。あれは結菜ちゃんが謝ることじゃないよ。あんな細い道を飛ばす、あの車が悪いんだからね」


本当は君をパニック状態に陥らせた俺も悪い。だけど運転手に罪を全て被ってもらってもいいよな。


彼女に責任を感じさせないために。俺が本当は嫉妬深い狭量な人間であると露見させないために。それに、呼び戻した理性で、我慢大会を強いられた恨みもある。


結菜ちゃんの体を抱き寄せた時、ほのかに鼻をくすぐる彼女の香りに男の本能を駆り立てられ、危うく彼女を抱く腕に力を込めてしまいそうになった。


この腕に抱いた、小さくて華奢な体。そのくせバランスが良く、柔らかな彼女の肢体。どれだけ我慢して平静を装ったか……この先、俺の腕が彼女を勝手に抱き寄せないようにするには、一体どれだけの我慢が必要なんだ!?


アレを知ってしまった今、これまで以上に彼女への独占欲が育った。


額と言わず、体中の至るところに印を付けて、彼女は俺のものだと声高らかに宣言してしまいたい。


彼女を大切にしたいと思う一方で、傷つけてでも手に入れたいという、自分勝手な衝動に胸が焼けつきそうだ。そんな事をしたなら、彼女は一生俺の手には落ちないと知っているのに。何故こんなにも彼女を好きになってしまったんだ?


最初は彼女の目を俺に向けさせて、課長の鼻を明かしてやりたいだけだった。彼の目が常に結菜ちゃんを追っていたのには気付いていたから。


かつての同期であり恋人でもあった愛美に代わって、俺が課長に復讐を遂げてやると息巻いていた。


それなのに、本当に結菜ちゃんを好きになってしまうなんてな……


「バカだ……」


「ごめんなさい……。そうですよね。みんながこそこそ噂をする中で、普通になんてできませんよね。」


いや待て、違うぞ。


目を伏せて落胆する結菜ちゃんに、慌てて取り繕う。


「ち、違う違う。今、同じ事を考えてたんだけど、それは結菜ちゃんが不安を感じる前に俺が言うべきだったな、バカだな俺、ってことだよ」


考え事をしてて、また話を聞いてなかったなんて言えるもんか。結菜ちゃんの口振りから、多分、『明日、噂が広がってても普通に話しましょ』って内容だったのだろうと推理して答えたけど、間違っていないだろうか。


「ホントですか!? 普通に話してくれますか? 良かった。鬱陶しく思われたらどうしようって思ってたんです。」


どうやら正しかったようだ。ホッと胸を撫で下ろし、額の汗を拭う。


「そんな事思わないよ。結菜ちゃんのことはずっと好きだから」


どさくさに紛れて伝えた気持ち。本心だから、かなり力が入ってしまった。彼女が俺を意識するまで、何度でも伝えるつもりだ。


でも、こうやってズバリ言っても告白だなんて思わないんだよな、この子は。多分、恋愛において駆け引きなんかした事もないんだろう。


今、この瞬間にも、罠を仕掛けている俺とは正反対だ。彼女を見ていると、自分が成長したのか薄汚れたのかわからなくなる。


結菜ちゃん。できることなら君と初めて出会ったところからやり直したい。課長への復讐とは関係なく、純粋に君だけを感じて好きになりたい。君を利用しようとしていた愚かな俺に、君はいつでも陰りのない微笑みを与えてくれる。どんな時でもそれだけで幸せになれるんだ。


かなりクサいモノローグに、自分自身が恥ずかしくなる。どうやら俺は初めて恋を知った少年のようには、恋する気持ちに陶酔できないらしい。大人の妄想は得意なんだけどな。


心持ち熱くなった頬を手で仰いで、「ビール遅いな」と誤魔化す。


「……先輩」


「うん?」


団扇代わりにした手を止めて結菜ちゃんを見やると、彼女がテーブルの一点を指差して言った。


「ビール……来てますけど……」


あ……


目の前には、泡が消えかけたビールが金色に輝いていた。置かれてから大分時間が経っているようで、紙のコースターが、グラスの水滴を吸い取ってぐっしょり濡れている。


「うわっ! ごめん! 食べ物も注文してないね。えーと。メニュー、メニュー」


がさごそとメニューを広げると、メニューの角がビールのグラスに当たり、カランと音を立てて転がった。


「わっ! おしぼり、おしぼり!」


パニックを起こすと、人は何故単語を二回繰り返すのだろう。そんなどうでもいい疑問が頭をよぎる。それでも体は反射的におしぼりをつかみ、零れたビールを拭う。


「結菜ちゃん、大丈夫? 濡れなかった? 重ね重ねごめん」


結菜ちゃんも自分のおしぼりでテーブルと濡れたメニューを拭い、上目遣いにニコリと笑った。


「そんなに零れなかったから大丈夫ですよ。それにしても……ぷっ! 先輩の慌て方! あははっ! 先輩のそんな顔、初めて見ました!」


ヒー、ヒー、と息も絶え絶えに笑う彼女に、唖然としながらも救われた。豪快に笑い飛ばしてもらえたことで、俺の中で絶えず溢れだす膿まで洗い流されたようだ。


「目が、目が、あははっ! まん丸! ひーっ! 苦しいっ!」


どうやら慌てた俺の顔がツボにはまったらしい。


「くっ!……」


肩を震わせ腹を抱えて、もはや笑い声さえだせないようだ。


さすがに笑い過ぎだろ。誰かスイッチを切ってくれ。





「……で、私も補佐という形で、営業担当にさせてもらえたんですよ。課長はかなり渋ってましたけどね」


彼女が落ち着くのを待って、改めて乾杯をした。やっと今、営業先での話を聞き終えたところだ。


「取り敢えず課長の補佐か。しかも大島建設ねぇ。」


気に入らないな。別に、課長に嫉妬して気に入らないわけじゃない。流れがあの時と同じだからだ。愛美が会社を辞めるはめになったあの時と。


愛美の話ではあの時も、大島建設の担当者が課長――当時は係長か――の多忙を理由に随行していた愛美を補佐に推したそうだ。


最初の頃は、間仕切りの変更だのスケジュールの確認だの、一週間に一度くらいのペースで呼び出されていたが、気が付けば三日に一度、酷い時は毎日でも呼び出されるようになっていった。


やがて自分が接待する場に彼女を呼ぶようになり、接待の手伝いまでさせたそうだ。


そして……あの事件が起こる。


その日は担当者――中川が施主の接待をするというので、愛美は夜遅くに都内の高級ホテルのバーに呼び出された。


うまくすれば、大型物件の契約が取れると言葉巧みにホテルの部屋に連れ込まれ、そこで、成約のために施主と関係を持つよう迫られたらしい。


当然愛美は断った。嫌がる愛美が全力で施主を押し退けると、ちょうどそこにサイドテーブルがあり、彼がその角に頭をぶつけて十針だかの大ケガを負ってしまったそうだ。


会社間の話し合いの中で、いくら愛美が事情を説明しても施主側はそれを認めず、彼らは反対に、愛美が誘ってきたのだと彼女を責め立てた。誘いを断られた彼女が、逆上して彼を突き飛ばしたのだと。


密室での出来事に話し合いは水掛け論となったが、結局最後は力関係がものを言い、立場の弱いうちの社の言い分は退けられた。


大島建設が要求した文書での正式な謝罪を、うちの上層部が行った時点で、彼らの吐いた嘘が真実となったのだ。


大きな力の前では事実なんて無意味だ。いとも簡単にねじ曲げられてしまう。それに逆らおうにも、彼らから仕事を受けていることを考えると、手も足も出せない。結果として自分達の首を締めるだけだからな。


結局この事件の後、愛美は会社に辞表を提出した。全ての罪と責任を引き受けて、会社を守ったのだ。自分の軽率な行いで会社に迷惑をかけて申し訳ないと言って。


結菜ちゃんには、愛美が味わった挫折を事件に触れないように話したが、本当はこれが真相だ。嘘は言っていないけれど、当たり障りのない話しかしなかったため真相からも遠ざかってしまった。


騙しているようで少し後味は悪かったが、あの場は結菜ちゃんを励ますのが最優先だったから良としておくか。課長を庇うような形になったのは不本意ではあるけど。愛美を庇うどころか、陰で辞職に導いたあの人の肩を持つ日が訪れようとはな……





苦い思いをビールで流し込み、結菜ちゃんを見やると、彼女はさも美味そうにサラダをパクついているところだった。


彼女の周りだけ穏やかな空気が漂っていて、幸せな時間が、特別ゆっくりと流れているようだ。


ジッと見つめる俺の視線に気付き、モグモグしながらニッコリ微笑む彼女が愛しくて、ますます目が離せなくなる。自然と自分の表情が柔らかくなるのを感じた。


「随分美味しそうに食べるね。どうですか? お味は」


優しく問い掛ける俺に、結菜ちゃんは破顔した。


「もう感動モノです! 星十個あげても足りないくらいです!」


あまりに力説するものだから、ちょっとだけ興味を引かれた。ちょうど良く、彼女が野菜の刺さったフォークを握っていたので、手ごと掴んで口へと運ぶ。


「あ。本当に美味い」


ランチで食べた葉っぱだけのサラダと違って、見た目もきれいで手が込んでいる。


「今食べたのは何ていう名前の野菜なの?」


普段料理などしない俺には野菜の知識がない。キャベツとレタスは見分けられるようになったが、ほうれん草と小松菜は無理だ。


だから今食べたニュルッとしたクリーミーな野菜が何なのか、さっぱり見当がつかない。イタリア料理だから、もしかしたらチーズの一種なのかもしれないな。


「野菜じゃなくて……結菜ちゃん?」


サラダから結菜ちゃんに目を移すと、顔を真っ赤にして口を金魚のようにパクパクさせている彼女が、全身を硬直させていた。


「どうしたの!?」


さっきまで元気にもりもりサラダを食べていたのに、急に具合でも悪くなったのだろうか?


「あの…」


蚊の鳴くような小さな声が、かろうじて耳に届く。


「うん? 具合が悪いの?」


首を横に振って、違うという。


「私のフォーク……間接キ……」


更に真っ赤になって、耐えられないという風に手で顔を覆ってしまった。


かんせつき?


フォークと結菜ちゃんの間で視線をうろうろさせて、『かんせつき』の意味を考える。


「『かんせつき』ってさっき俺が食べた野菜の名前?」


顔を隠したまま、再びふるふると首を横に振る。


だよね。そんな変な野菜、聞いたこともない。


「降参。もう、答を教えてよ」


「ううっ。もういいです。私が気にし過ぎなんだってわかりました。そういう対象じゃないって事も」


「ええっ! 気になるよ!」


「もうっ! 恥ずかしいから忘れてくださいっ!」


恥ずかしいことなのか! それならあまりしつこくしても可哀相だな。


そう思って、その場はあっさり引き下がることにした。結菜ちゃんの脳内で、彼女から『天然たらし王』などという、不名誉な称号を授かっていたとも知らずに……



その後彼女の機嫌もなんとか収まり、時間の経つのも忘れて、学生時代の話や家族の話など他愛もない話に盛り上がった。


気が付けば十一時を回っていて、賑わっていた店内はすでに空席が目立つようになっていた。


「名残惜しいけど、今日はこれでお開きにするか」


ここでもちゃっかり気持ちをアピールして、二人肩を並べて店を後にした。


家まで送ると言う俺の申し出はやんわりと断られたが、彼女が遠慮することは予想の範囲内だ。少し寂しく感じたが別段ショックを受けることもなく、電車に乗り込む彼女をにこやかに見送った。


帰ったら七海さんにメールをして、それから……


自分の乙女チックな想像に、思わず頬を染めて電車に乗り込む。


あの子が絡むと予想もしない自分に出会う。まさか恋する乙女のような思考回路が俺の中に存在するとは知らなかった。


ほんの一時離れ離れになるのが寂しくて、夢の中で逢瀬を重ねたいなど……


いつまでも考えていると恥ずかしさは募るばかりなので、乙女な思考は酔っ払ってるせいだと事実をねじ曲げ、空いている席に腰を下ろした。


目を瞑ると、瞼の裏に焼き付いた結菜ちゃんの明るい笑顔に癒される。そこに、この数時間で何度も頭にチラついた愛美の悲しげな笑顔が重なった。


新しい人生を歩み始めた彼女から「好きな人ができた」と別れを切り出されて、もう一年になる。


最後の数ヶ月はお互い忙しさを理由に、電話やメールをたまにするくらいで会うことさえしなかったな。思えばすでにあの頃、彼女にはもう好きな人ができていたのかもしれない。


別れの席で彼女が俺に向けた悲しい笑顔は、一年たった今でも俺の心に贖罪の意識を呼び起こさせる。そして復讐へと駆り立てるのだ。


あの時愛美は、『守ってやれなくてごめんな』と言った俺にこう答えた。『ホントは辞めたくなかったんだ』と呟いて、過去に思いを乗せるような遠い目をして。


『航平のせいじゃないよ。みんな私が悪いの。実は係長に言われちゃったんだ。『そんな時間にそんな場所へノコノコ着いていったお前に隙があったんだ。責任の取り方を考えておけ』って。その言い方は頭にきたけど、考えれば考えるほどその通りだって思ったの。いくら中川さんをいい人だって思い込んでいたとしても、夜遅くにホテルの部屋に着いていくなんて、ホント、非常識よね。それに契約の話なら係長を通すのが筋だもの、電話で彼を呼び出せば良かったんだわ。いくら悔やんだって、あの日には戻れないけどね』


そして悲しそうに笑うと、『元気でね』と別れの言葉を残し、席を立った。


俺は課長の裏工作に呆然として、いつまでもその場から離れられなかった。


俺にとって重要だったのは、彼のセリフが正しいか正しくないかではない。俺だって、あの時の愛美の行動が軽率だったことくらい百も承知だ。


しかし、傷ついた彼女を更に追い詰めるような一言を言う、冷然とした態度が許せなかった。それまで彼を慕っていただけに、裏切られたと思った。


だから本当のところ、『愛美のため』の復讐なのか、自分のための復讐なのか、俺自身よくわかっていない。もしかしたら『愛美のため』と言っているのは、俺にとってそれが錦の御旗になっているからかもしれない。


ただ、これだけははっきりしている。課長に結菜ちゃんは譲れない。復讐も愛美も関係なく、彼女の笑顔は俺が守りたい。


この腕の中で目覚めた彼女と微笑みを交わし、お互いの挨拶で一日が始まる。そんな日がくると信じて――



電車の規則正しい揺れが、俺を眠りに誘う。どうやら七海さんにメールをするより先に、乙女チックな世界へ招待されそうだ。


結菜ちゃん。

君が微笑む、夢の世界へ。


最後まで読んでくださってありがとうございます。


あまりに長くなってしまったので、二回に分けようかとも思ったのですが、切りどころがわからなくて一話で投稿させていただきました。


もしも楽しんでいただけましたら、また覗いてみてください。


最後になりましたが、お気に入り登録ありがとうございました。

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