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夜空と友達とケルトの意地

 星空のスクリーン。流れ落ちる輝きのひとつひとつが光に満ちていて、その連なりである星座に人は名前をつけた。もうそのどれも地上から見えなくなってしまったもので、もうそれが本当にある星を模したものかさえわからなかった。


 アムはその瞬くような景色を見上げていた。両親に手を引かれながら訪れたプラネタリウムでの記憶。そこで弟とこんな約束をした。


「ねえ■■、大人になってもまた来ようね。ううん、何回も何回も来よう。この星を全部覚えるまで、目を瞑ればここにある星が全部瞼の裏に浮かんでくるまで」

「そうだね、アム。僕たちは一生一緒だよ。例え何があっても二人は一緒だよ」


 二人はよく似ていた。同じぐらいの背でおでこを付け合い、瞳を閉じた。栗色の髪をした二人が約束をする時は決まってこんな事をした。プラネタリウムで、教会でも、そして学校でも。

 もし二人がそのまま育っていったら、いずれ何処かで破綻していた関係かもしれない。成長と共に緩やかに弱まっていく関係だったのかもしれない。ハッピーエンドの向こう側のように、緩やかな日常は苛烈な物を忘れ去ってしまう。


「僕は軍に行くんだ。クジーに乗って、敵をやっつけるんだ」


 少年が言った。少年は少女を守る為に生きることを誓った。


「私も行く。二人一緒なら、何だって出来る」


 少女は言った。息の詰まるような現実なんて彼らの前では関係無い。ただそれだけが二人の間にあった。少女が一番幸せだった時代の記憶で、少女が無垢に誰かの中で笑っていられた時間の話。


 この永遠を切り取ったかのような一瞬を彼女は大切にしまい込んで、この幸せの一場面を宝物にした。アムが思い出すのは決まってこの場面で、何度も再生して擦り切れてしまったフィルムのように色褪せたそれは、二人の一番大切な思い出で、二人の一番最後の思い出だった。


「何時か二人でクジーに乗って、一緒に宇宙の星を見よう」

「うん、うん」

「そのまま冒険に出よう。火星はうさぎがいて、木星には大きな亀がいるらしいよ」

「うん、うん」


 閉館の時間が近づく。


 ここに来ると二人は時間を忘れたかのように手を繋いで、惚けたような表情で星を見る。数時間なんてあっというまに過ぎた。優しい表情をした職員や、すっかり飽きたかのような様子の父や母と一緒に手を引かれここを出た。

 

 空はまだ鉛色で、手を繋いだ二人は物足りないという表情で星の話をした。何億光年も離れた二つ組みの星の話、敷き詰められた輝きが川のようになる銀河の話、そして二人の未来の話。


 約束は交わされた、そしてどの一つも果たされる事は無かった。



 

 


 アム・ネルサドラルはあの日の自分について考えていた。

 コアとの接続は滞りなく進み、あれから第一段階も危なげなく繋げるようになった。体が滅茶苦茶になる感覚は、慣れと共に使役できるようになった。余計な物に触れない方法も、最近じゃ上手くなったと自分では思う。


 あの日、ケルトが自分を置いて空に舞った日に、もし自分が飛び込んでいったらどうなっていたか、それは考えるまでも無い。グラスゴーに初めて会った時に告げられた忠告もまだ胸の内で燻っている。あの後聞かされたネヴィアの情報と戦闘データを見ると、彼女が出て行った所であのクジー乗りと一緒に、あのクジー達と一緒に無様に死んでいったのだろうと思う。


 それでも、いやそれなら彼女はいち早く立ち上がろうと思った。早く訓練を終えて、実践の中で一人立っていようと思った。あの特異型クジーに乗るメンバーの一人として、最前線で戦おうと思った。


「はい、もういいわよ。それにしてもよくやるわねえ。若いっていいわぁ」

「早くクジーに乗ってあいつらを殺してやりたいんです」

「頑張ってね。応援しているわ」


 円筒状の接続デバイスから飛び出て着地する。白地に銀のラインが入ったパイロットスーツにも少しなれた気がした。体に密着しラインが鮮明になる恥ずかしさも、今ではもう慣れた。パソコンの出力を見ながら何か入力していたゲルニアが、白衣をはためかせながら笑顔で歩いてきた。


「オルランド君が外で待ってるみたいよ。いいわね青春で」

「やめて下さい……。彼とはそんなんじゃ無いです」

「いいのよぉ。素直に認めても」

「違います!」  


 こうなった時のゲルニアは長いという事を知っていたアムは、足早にエレベーターへ駆け込んでIDカードを差し込んだ。あの後正式に至急された幾つかの物の使い方をすっかり理解出来るぐらいには、あれから時間がたっていた。



「うーん、早くネヴィアと戦いたい、ね。難しいな。でもアムちゃんならすぐ出来ると思うよ」

「ありがとうございます!」

「そんな畏まらないでよ。敬語だって止めてって」

「でもオルランドさんは先輩ですし……」

「さん付けも駄目って言ったでしょ! パイロットとして平等なんだからさー」


 そうやって栗色の髪をワシャワシャと乱暴に撫でて、アムは少し嫌がる素振りをしながらも、あまりした事のなかった友達付き合いという物を楽しんでいた。


 オルランドの誘いで訓練後は食堂に行くようになった。最初は勝手知らないノルでの生活のイロハをオルランドに聞いていたのだが、同じ特異型クジーのパイロットとして引っ張りまわされ、そのうち多くの時間を共にするようになった。


「そこをなんと! すげえ大型のネヴィアがやってきてさ、俺がカッコよくぶちのめしたのよ。そしたらそこで気絶しそうになってさ!」

「おいおい、しそうになったんじゃなくて気絶したんだろ。衛生班のうちのかみさんが回収するのに死ぬほど大変だったって言ってたぞ!」

 

 人の輪に笑い声が響く。輪の中心でオルランドがふざけて、時にはジョークを飛ばす。

 人の多い所が苦手なアムも、この空間はどこか心地がいいように感じた。


 オルランドの周りには人が集まる。人付き合いが苦手なアムにも自然に友達が出来た。最初はおっかなびっくり付き合うそれも、こなれた調子でやりとりするまでになった。


「アムはさ、どこから来たの?」

「ウラムアントだよ」

「へー、近くなんだね! 私はエミア、そこのクェスもエミアから来たんだ」

「うん、そこのカイムとエミアから来た」

「エミアはねー東の方にあるの! 人類集積なんとか……? って施設のもっと東。大きな湖があって、夏にはみんなで泳ぎにいってたんだ!」

「カイムと湖に行くたびに突き落とされるんだよ。本当にあれは最悪だった」


 取り分け仲良くなったのは二人の少女だった。緑色の髪を後ろで束ねた、背の高い方をクェス。緑色の髪を短くした活発そうな方をカイムと言った。

 朝の宿舎、接続訓練の後の食事、夜の倉庫。アムと二人にオルランドを含めた四人は、年頃の子供のように一緒の時間を過ごして親しくなった。まるで何年も前から一緒にいるかのようなぐらいに、四人でいることは自然になった。


 クェスはクジーのパイロットであった。同じ学校に通ってたクェスに適正が認められた時に、カイムが無理を言って一緒についてきたという話だ。それぐらい二人は仲がよかった。同じ腕時計をクェスは右手に、カイムは左手につけていて、エミアでそれは永遠の友情を誓うものだという。


「アム、自然に笑えるようになったよね」

「そう?」

「そうだよ。ここに着たばかりの時は酷かった。まるでハリネズミのように怯えきってね」

「そう……?ごめん……」

「あー、もう! そうじゃなくてさ、笑えるようになってよかったって事だよ!」

「うん、俺も笑ってる方が好きだな」

「おい、オルランド! 誰彼構わず口説くな!」


 オルランドの言葉にアムは頬を赤くした。この金髪の少年は、好意を他人に素直にぶつけ過ぎるきらいがあると思った。そういう言葉を聴くたびにアムは俯きがちになり、周りの二人は囃し立てたり少年を冷やかした。少年はいつも超然とした表情をして、肯定も否定もしない。その態度がアムを余計にどぎまぎさせた。



 自動ドアのスライドする音と共に、騒がしかった食堂は静寂に包まれた。ケルトが目の前を通り過ぎると、誰もが互いに目を見合わせて黙り込む。苦虫を噛み潰したような顔の男もいれば、露骨に不快そうな顔をする女もいた。

 等間隔の足音と、今時珍しいアナログの秒針が刻む音だけが食堂を支配し、そしてその足音はアムの目の前で止まった。


 潜めた声で噂が広まる。

 あるいは「アムはケルトに目をつけられた、何をやったんだ」、あるいは「あの娘も可愛そうに、もうここにはいられなくなる」。そんな小声の密談が食堂の至る所で行われた。

 

 緑色の髪の少女達がアムの前に出る。敵意を剥き出しにした瞳で、ケルトを睨み付けた。


「お前らに用は無い。後ろのアムと話をさせろ」

「嫌だね!」

「友達に危害を加えるのを、黙ってみてはいられないな」

「話をするだけだと言ってんだろ……!」


 一触即発の空気に、アムは立ち上がって二人の前に出た。その様子を見て満足そうな表情を浮かべるケルトにカイムが掴みかかろうとしたのを、アムは止めた。


「話だけって言ってるから、ね?」

「でもこいつは……!」

「聞こえてんのか? さっさと引けよ雌ガキ」


 その言葉が放たれた瞬間、カイムは引き絞った拳を矢のように飛ばしたが、軽く上半身を逸らしたケルトには当たらなかった。ニヤけるケルトの口の端。意識の外にあるような事態にハッとした刹那、カイムはテーブルを巻き込んで殴り飛ばされた。


 静寂。誰も彼もが何が起こったのか理解も出来ずに、ただ呆けたような顔をして事態を見守っていた。ひそひそと交わされる声も途絶え、誰もが固唾を呑む音がする。


 大股で一歩踏み込んだケルトの腕をアムは握って、そして首を横に振った。やれやれというような動作をしてケルトは振り返った。


「ごめんね! すぐ終わると思うから、カイムを任せるね!」


 そんな言葉を言いながら、アムとケルトはスライドするドアの奥に消えた。 

 残されたのは動けなかった群集と、テーブルと椅子にまみれた負け犬だけだった。



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