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ケルトの話

 ネヴィアは同調を求める。擬似的な機械回路によって認識可能なレベルにまでプロットされたコアの波形を、人間の精神と接続する事により驚異的なエネルギーを出力するそれは、次第に人間という生き物を破壊する。


 汚らわしいネヴィアには触れてもいけない。それを用いたクジーにもだ。そう、私以外の人間は。灰色の髪の少女はそのように考えている。

 彼女の父親はパイロットだった。歴戦の勇者と呼ばれ、何度も表彰された。ネヴィアとの戦いの最前線にはいつも彼女の父親の乗るクジーがあった。


 戦って勝つたびに灰色の少女の頭に硬い掌を乗せて、ケルトのお陰で帰ってこれたよと溌剌と笑った。父親譲りの灰色の髪と勝気な性格を、少女は何よりも大切に思っていた。


 クジーに乗ることは何よりも危険な仕事だとケルトは知っていた。だから彼女の父親が明るい笑顔と共に家のドアをくぐるたびに、彼女は安堵と喜びの気持ちの中で父親に抱きついた。それを見て母親が笑う光景。何一つ不自由しない、滅び行く人類の中で数少ない満ち足りた家族の肖像がそこにあった。


 幸せな思い出は徐々に変質する。


 最初は空耳が増えた事だったと思う。俺も歳を取ったなんて笑いながら言ってたのを彼女は覚えていた。もしくはもうその頃からまったく変わってしまっていたのを、彼女の記憶が忘れたがっていたからかもしれないが。


 熱血で涙もろく、何よりも情に厚い男が次第に変わっていった。虚空に向かって話しかけ、時には激怒した。次第に塞ぎこむようになっていき、血色の良かった肌色も青々しく、まるで幽鬼のように狂って行った。

 なんとかしようとケルトと母親は手を尽くした。方々を回って医者に見せた事もあった。だがそれでも原因が何かはわからずに。いや、原因はクジーだ。だからこそどうしたらいいのかがわからなかった。

 

 クジーは男の誇りだ。

 よく男は語った。人生の最後の瞬間になって、もし乗ったら死ぬというその時でも、自分はクジーに乗るという事を。彼の人生の大部分はクジーと共にあり、自分の切り離せない半身であると男はよく語っていた。


 それでも母親は、クジーと男を切り離す事に決める。そう決めたという事を告げる母親に対して、男は何も言わない。そして男は長い休暇と共に家に帰ってくることになった。


 最後の日

 父親の久々の休暇に喜ぶ彼女は、クローゼットに入って驚かせてやろうとした。少し変質したところで、男に抱く感情は人一倍あった。誰よりもこの日を心待ちにしていた。


 響く三発の銃声。

 二つは母親に、そして一つは自分に。許してくれと叫びながら発射された弾丸は、幸せな家族の肖像を打ち抜いて消える。


 ここでいつもケルト・エイブラハムは夢から覚める。その日に見た天井は無機質な白と、間接照明の淡い黄色だった。


 シャワーを浴びてから部屋に戻ると一通のメッセージが届いていた。宛名はグラスゴーからで、新しく仲間が加わるという話だ。

 クジーを用いた決戦は基本的に単機によるため、パイロットは団体行動に重きを置いてない。作戦行動の緻密さに比べると他人との協調を軽視する彼女は、新しくノルに配属されるパイロットの事などどうでもよかった。

 使えなかったら死ぬだけだし、使えるのなら放って置けばいい。それでより多くのネヴィアが死んで、私の負担が軽くなる。そう彼女は考えていた。


 けたたましく鳴響く電子音に気だるげに反応し、応答バイパスに切り替えるとニヤニヤと笑みを浮かべた眼鏡の女が画面越しにこちらを見ていた。


「今日は新入りの同調テストがあるって言わなかったっけ? 他の皆はもう揃ってるんだけどな~?」

「別にネヴィアが着たわけじゃなんでしょ。馴れ合いに時間割くの、嫌いなの。それに恒例行事だからって、あんな姿を同僚全員に見せるのは悪趣味だ」


 そう舌打ちしながら吐き出した。寝起きの不機嫌さに加え、この女の人を食ったかのような姿はケルトを忽ち苛々させた。

 彼女が思い出すのが一年前に初めてここに着た時の同調テスト。もうあんなのは思い出したくない。ああいうのは営倉か実験室かで一人で勝手になれるまでやればいい。それがお互いの為だと考えていた。


「あら、ダメよ? だってああやって弱い姿を晒して、みぃんな仲良くなるんだから」

「なあ副機関長殿。テメェ様はクジーに乗れないんだろ? だったら私に偉そうな口聞くなよ。ケツ振ってここの地位まで来たんなら、せめてそれぐらい弁えたらどうだ?」

「あらあら、怖い怖い。お姉さんは早めに行ってようかしら」


 遅刻しないようにね? とクスクスと声を出しながら演技じみた動作で笑みを作った。両サイドで縛られた亜麻色の髪が空間の中のディスプレイで揺れて、それからすぐシグナル無しを示す黒色を映した。

 オレンジ色の淡い光が間接的に部屋を照らし出し、窓の無い部屋でも十分に太陽光を浴びたかのような気分になれるようになっている。


 継ぎ目の無いクリーム色のドアにロックをつけ、ベッドの横の引き出しから煙草を取り出した。白地に赤のストライプが入った缶ケース入った、父の好きだった銘柄。一本取り出して、フィルターを軽く咥えた。


 手を握ると少し痺れる。最近はクジーに少し載りすぎたかなと思った。自分が背負っている何かのために、彼女はクジーに乗り続ける。彼女はそれが何なのかは知らないし、そういう物は失うまでわからないのかもしれない。


 父親に憧れた。

 あの偉大な背中を見て、いつか自分もああなりたいと思っていた。全員の前に立って、死亡率の高い先頭に自ら名乗りをあげて、そしてそのたびに絶対に帰ってきた。まさしくヒーローのような存在だった。


 そんな父親のように、いつか自分もなるのだろうか。

 そんな父親の最後のように、自分も狂って死んでしまうのか。

 どうしてああなってしまうのかはコアに接続した時にわかった。あれは人間の自我を削り取る化け物だ、人間を殺して喜ぶ化け物だと。屈してしまいそうになった事は何度もあったが、そのたびに父親の事を思い出して乗り越えた。


――――ヒーローにならなければならない。あの日の父親がそうであったかのように。


 静かな彼女だけの時間。頭の中が真っ白になるまで白煙を一気に吸い込み、そしてベッドに倒れこんで吐き出した。こうするとあの尻軽女への怒りも、何も知らないパイロット候補が慰み者になる光景にも、そして自分の持つ渇望も、その全てを忘れる事が出来た。


 だが自分の胸の中で燻った思いだけは、どうしても消えてはくれなかった。



 

 アム・ネルサドラルはあまりの歓待に目を回していた。恰幅のいい軍服の男たちが次から次へと笑顔で握手を求め、目まぐるしい勢いで自己紹介と階級を名乗っていくために、本来の内気な性格が芽生えて混乱してしまっていた。

 

 陽気そうな声を上げて酒を飲む男たちもいれば、一人で楽しそうに会場を見ている男もいる。格納庫にテーブルを集めたパーティ会場は半分外にむき出しになっていて、外でも何やらお祭り騒ぎが続いているようだ。 

 

 挨拶と硬い笑顔を振りまいていたら、奥から横に亜麻色の髪をした女性を連れたグラスゴーが歩いてきた。

 

「どうだった? 思ってたよりもいい奴が多いだろう」

「そうよ。ここは気のいい人間しかいないんだから、緊張なんてするだけ無駄よ?」

「は、はい。もっと怖い人がいると思ってました。でもこれだけ優しそうな人が多いなんて意外でした」

「あらあら」


 そうやって女は笑った。男はただ表情を変えずアムを見ていた。


「はじめまして。私はゲルニアっていうの、ネルの副長よ」

「よろしくお願いします。アムです。その若さで副長って、優秀なんですね」

「ありがとう。でもこれは僻地で研究者をしていた私を、彼が引き上げてくれたからなのよ? この人は凄い優しいの」


 差し出した女の手をアムは握った。冷たくて小さい手ををしているとアムは思った。知らない人だからとこんなに優しい人を少し警戒した自分に、軽い自己嫌悪を覚えた。


「それじゃあパーティの締めをしましょうか! アムちゃん、ちょっと来て貰えるかしら?」

「締めって何ですか?」

「貴方が乗るクジーのお披露目と、そしてこれから貴方がすべきことについての説明。それとちょっとした余興ね」


 それまでとは違う、少し真面目な表情を浮かべながらゲルニアはアムを見た。アムは覚悟を決めたかのように頷いて、そして夜の帳が下りる中、二人の後ろを歩いていった。



 ネルは基地の中でも一番の深度を持った所にあった。その施設に入るまでに様々なパスと本人確認を何度も繰り返して入ったのは、滑走路から直接繋がった一つの格納庫だった。暗闇の中で二人は立ち止まり、アムはそれを見て怪訝そうな顔をした。


「ねえアムちゃん。あなたはネヴィアのことをどれだけ知ってる?」

「ネヴィアは突然現れて、ネヴィアは私達の敵で、そしてネヴィアはコアを潰せば殺せる」

「どうやって潰すの?」

「クジーだ。クジーを使えば殺せる! あいつらを、あいつらを、あいつらを殺せる!」


 次第にアムは興奮した様子で答えた。


「そう、クジーを使えばネヴィアは殺せる。クジーはネヴィアがわかる。突然増えて、そして突然出現するネヴィアを唯一感知できる。異常な質量と強度を持つネヴィアを砕き殺す榴弾を、クジーだけが圧倒的な出力にあかして作れる。この世でクジーだけがネヴィアを殺せるの」


 そう言って指を鳴らした瞬間、照明がついた。格納庫の中心で幾つかのライトに照らされるのは漆黒の戦闘機。その何処にも縫い目の無いような流線型を描いた頭部は、全ての光を吸い込むかのような漆黒の闇を持っていた。両翼は捩れたかのように折れ曲がり、無骨な内部の骨格が体を裂いているかのようなフォルムをしていた。

 

 アムはその姿に目を奪われた。美しいというよりは禍々しいそれに。人間がとても考え付かないようなその何かが加味された存在に、そして胸の中で高まる期待に。


「これがあなたが乗るクジー。それも飛びっきり上等なコアを積んだ特異型のクジー。通称エクレシアよ」

「エクレシア……」

「お気に召していただけたかしら?」


 そう言って作ったかのような動作で一礼をした。アムはただそこに立ち尽くして、全ての始まりを思いながら見続けていた。


 そして女に連れられて向かったのはノルの最下層。通称堕胎の檻と呼ばれるネヴィア研究施設の一角だという。物々しい柵とロックで封鎖されたエレベーターに乗り、長い長い時間を下った。


 女はそこに着くまでに闊達に語った。あなたはより多くのネヴィアを殺す幸福の浴するのと、私も彼らには家族や友達を殺された恨みがあるのと、楽しげに笑った。どこか演技染みた身振りで彼女に語り続けた。


「そう。このパイロットとして選ばれたという事は名誉なの。あなたはこれから何万、いや何十万ものネヴィアを殺す事が出来る。あなたに与えられた素質を存分に発揮してね」

「はい、はい!」


 女は何かを隠すかのようによく喋り、そして男は何かを隠すかのように何も喋らなかった。

 

 チンという軽い音と共に開いたエレベーターの鉄扉の向こうは、研究室かのような空間だった。中心に置かれた円筒状の黒い物体の中からは幾重ものコードが周辺のパソコンから伸び、まるでそれは血管のように見えた。

 

「これがあなたの乗るエクレシアのコアと、その接続部よ」

「これが……」

「よく見なさい。幾千万もの命を奪ったネームドネヴィアのコアよ。巨大で、禍々しくて、そして美しいじゃない。これからあなたが接続するの。これからあなたと接続するの」


 ゾクゾクするじゃない? と呟きながらそうしてゲルニアは獰猛な笑みを浮かべた。今までの作り物のようじゃない、仮面のように平べったいものじゃない、心から愉快そうな笑みを浮かべてアムを見た。



 

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