何時かの時間、全ての終わりが終わる前
のののです!長編をちゃんと書いてみるのは初めてですが、ちゃんとハードボイルド共依存百合に出来るよう頑張ります!
書き溜めはまったくしてないので更新は遅くなるかもしれませんが、もしよかったら感想下さい!
空は何処までも続く濁った鉛色で、絵の具を乱雑に塗りたくったかのように斑と斑が不細工に重なり合う。
切り立った丘の上で二人は空を見上げる。太陽なんてものは御伽噺の中でしか彼らは見たことが無い。長く伸びた灰色の髪を二つに縛った少女と、短く切り揃えた栗色の髪をヘアピンで留めている少女は、手を繋ぎながら丘の上に立っていた。
埃を孕んだ乾いた空気が彼女と彼女の間に吹き、寒空のような濁った鉛色が影を深く照らし出している。
彼女達の視線の先にあったのは一塊のネヴィアだった。
それは黒色の柱だった。胴体から無数に下ろした肢体を地面に突き立て、灰色の空の向こう側まで頭を伸ばしていた。
雲よりも巨大で、世界の底よりも暗い色をしていた。時折蠢く様に震えて分化し、地に下ろす肢体の数を増やしていく。それは灰色の空の向こう側にも、地球の奥底にも伸び続けて、限界なんて無い位に増殖し続けるのだろう。
残骸とともに破壊されていく幾つものクジー。彼女達はその光景をただ手を繋いで見ていた。
「まるで雪みたい」
最初に言ったのは栗色の髪の少女だった。まだあどけない顔を灰色の空に向け、消え去って死んでいくクジーをまるで何でもない事のように呟いた。
「そうね、綺麗だ」
そう言って灰色の髪の少女は微笑んだ。そしてお互いの間に差す影なんて気にもならないぐらい、二人はお互いの手を強く握った。
握り締めた指と指は信頼と、心を埋めあうそれが幾重にも重なっていた。利己的な理由だというのはお互いに知っていた。相手の心を満たすのが、別に自分でなくてもいいという事はわかった上で、限られた温もりを分け合った。
灰色の空を切り裂いて一機のクジーがやってくる。漆黒の機体が灰色のカンパスに一本の直線を引く。
ネヴィアを殺し、そしてネヴィアに殺される為だけに飛び立ったそれを、少女たちはただ丘の上で見ていた。
それはクジーという。
ネヴィアが用いる原素子での撹乱反応を阻害する為の漆黒の塗料が機体全体に塗られ、両翼の描く曲線は暗闇の中で地を這う生き物のように奇妙な形をしていた。
ネヴィアのコアを制御下に置く事で半永久的な動力と、最高で光速の半分にも匹敵する速度で鉛色の空を切り裂く力を得たそれは、正に人類の到達した最高点に等しい。
褐色の風が吹き、砂が巻き上げられる。消え去った視界の中にあっても、二つの手が離れる事はなかった。
飛び立っていく。両翼から黄緑色の濃密に可視化されたゲージ粒子を吐き出し、腹の底から震えが出るような轟音を巻き散らして接近する。両翼から吐き出した熱線。デルタと呼ばれる、螺旋状に吐き出された閃光によって、ネヴィアの肉体に無数の巨大な穴が開ける。何千倍もサイズに差があるネヴィアを圧倒して殺し尽くそうとする。
「綺麗ね」
「うん、綺麗だ」
ネヴィアは自己相似系の拡大をする。自分で自分を再帰的に参照し、簡単な原始対称性から無限のフラクタルを作り出す。断面から覗くそれは電子部品の回路のように幾つもの線が光り、そして美しかった。
彼女はきっともう帰ってこないだろう。そう二人は思った。
もしかしたらネヴィアに殺されるかもしれない、もしかしたら自分で死を選ぶかもしれない。自分の信念に押しつぶされて、狂って死んでしまうかもしれない。どうなるかはわからないけれども、お互いがもう遠くないうちに消えてしまうんだろうという事は、口に出さなくてもその時の二人は理解していた。
結局新しいクジーも死んでしまった。あっけない爆発と共に、黒色の機体がバラバラになって飛散して見えなくなる。そろそろ二人に命令が来るかもしれない。そう思って立ち上がった灰色の髪の少女に、つられて栗色の髪の少女がついていった。
ネヴィアと、そして死んでしまった幾つものクジーの事なんてもう頭の中にないような足取りで背を向け二人は歩き出した。二人の間にもう言葉なんてなかったし、それはもう必要がなかった。
その後に残されたのは風の音だけで、そこに残されたのは二人の手の体温と、体中に纏わりつくような生温い空気と、クジーの残骸だけであった。
そうして二人の運命は回りだした。
ただ傷つき、そして傷つけあうためだけに歩き出す。
避けようの無い死の運命に、無意味に抗う為だけに歩き出す。
この物語は、彼女と彼女が、そして彼と彼がただネヴィアと呼ばれる何かを殺し、そして不条理に殺されるだけの話である。