第?話 悪趣味な授業。
最初に忘れたのは声。
※※※
それは触れると温かくて、深い赤だった。
その液体の正体に気付いたとき、僕は何も思えなかった。
ただ汚れた手を見つめて、指先で触れたことを後悔した。
教室の窓は、硝子の部分だけ綺麗に切り取られていた。白い窓枠にも血が飛び散っていたが、それよりも机な下に転がった誰か、もしくは何かの手首に視線はくぎづけにされていた。
手を伸ばして拾いあげると、まだ温かかった。断面からは血が滴っていて、それに気付いた宮坂が短く叫んだ。
感情の篭らない悲鳴は、幼稚な悪戯を思い出させた。虫を頭に乗せられた幼い頃の宮坂も、同じような声を出していた。
登校していた過半数の生徒は、原型を留めない死体になって僕らの足元にいた。
ひとりで叫び続ける宮坂が、その中のひとつを踏み潰して壊した。
「な、なによ」
引き攣った喉の奥から、彼女はなんとか音を発した。唇の端が震えている。「なによ、これ!」
「・・・・・・・っ」
遅すぎる緊張と、警戒が身体中に広がった。
「創・・・・・これは」
聞いてくる皆瀬に、僕は頷く。
顎を伝って流れた嫌な汗が、制服の襟に染み込んだ。「最悪だ。敵さん、プロみたいだよ」
皆瀬が僕の言葉に舌打ちして、隠し持っていたスローイングナイフを利き手に持ち替える。
刃の構え方は静かなものだったが、それを持つ手は震えていた。
訓練しか経験のない僕らにとって、本物の戦場とは恐怖でしかない。
希少種であっても、ただの中学生なのだから。
「逃げろ皆瀬。宮坂もだ」
僕は静かに、この静寂の中の何よりも穏やかに言った。
戦うということ。
死ぬということ。
僕は、それをよく知ってる。
「でも、君は・・・・・」
言いかける皆瀬を制して、僕は続けた。
いつの間にか気を失った宮坂が、倒れてまた誰かの頭蓋を壊していた。
「君は、どうするの?」
それに微笑もうとして、もうそんな余裕はどこにもないことを気付いた。
立ち尽くす皆瀬の頬を、薄い風の刃が傷つける。
「楽しかった」
僕は笑った。
皆瀬は泣いていた。
「創、治・・・・・?」不思議そうに呟く皆瀬を、僕は、僕のチカラは抱き上げた。
すこし離れた位置の宮坂ね身体も、同じ速度で浮き上がる。
「この二年、お前といて楽しかった」
「君、何言って・・・・・・」
「お前は、僕や宮坂に迷惑かけられて嫌だったかもしれないけど」
そこから先は、自分にだけ聞こえるくらいの声で。
僕は囁いた。
「自分が、許されたみないな気がして・・・・・」
敵のチカラが風を操って、僕らを襲う。
三人の髪がなびいた。
「ありがとう・・・・・」
意識もないのに、宮坂も泣いていた。
何かに阻まれて声は届かないのひに、皆瀬は必死に何かを叫んでいた。
二人を見たのは、それが最後だった。