<一章> 僕
〈第一章〉僕
僕は普通の高校生だった。別段賢い訳でもなく、かといって特別スポーツができるという訳でもない。いわば、人生の通信簿がオール三のような人間だった。
さらに言えば、学校でいじめられているだとか、“家族”と折り合いが悪いという訳でもない。
本当に僕という人間は、突出したところのない、平々凡々とした奴だったのだが。
父さん、母さん、兄貴、春香。
僕はこの世界にたった四人の“家族”を、一人残らずこの手にかけた。
そうして僕は自由を得たはずだった。孤独など恐れてはいないはずだった。なのに、なぜだろう。全員の命が消えた日から、眠る度に、“家族”の笑顔の夢を見る。なぜ僕はこんなにも苦しんでいるのだろうか。自らが望み、企み、手を下したというのに。わからなかった。
言い様のない恐怖に呑まれていく。この感覚はひどく恐ろしくて、怖い。さながら、恐怖する事に恐怖しているとでも言うのか。目を覚ます度に、僕が壊れていくのがわかる。
紛い物の“家族”と偽りの僕。磁石の同じ極が引き合えないように、“家族”と僕は真に向き合えてはいなかった。平凡に隠れた矛盾が、ひたひたと僕を侵した。
小さな頃は“家族”になんの不満もなくて、時には厳しい父さんと、温かい母さん。二つ上でスポーツのできる兄貴と、三つ下で勉強のできる妹。僕だけが何もなかった。いや、僕には何もなかったと言うべきなのか。どちらにせよ、僕の平凡さは“家族”を乱す重大な要素だった。
僕は平凡なままでよかったのに。“家族”の出来が良すぎたせいで、僕の平凡さは覆い隠されていった。そのことは僕にとって、ひどく息苦しくて邪魔なことでしかなかった。
父さんは頑張れと言った。
母さんは僕らしくていいと言った。
兄貴は勉強すればいいと言った。
春香はスポーツをすればいいと言った。
均整のとれた良い言葉達は、僕を締め付けた。出来損ないの僕に被せられたかさぶたは、僕を傷付けたのだ。
何が不満かと人は言うだろう。
僕自身が平凡だからこそ、僕は平凡を嫌った。
中学生あたりから、日増しに“家族”を遠ざけるようになった。ただの反抗期に見えたそれは、僕の悪意が成長していく姿だった。
高校生にもなれば、僕を支配するものの大半が悪意になっていた。すでに、僕でさえ手をつけられない程に育った悪意は、僕の中の僕を二つに分けた。そして、いつの間にか僕は、数え切れないほどに細かい僕に別れていった。
僕が僕でなくなっていくのを、僕でない僕が見ていた。
苦痛は恐怖を生み、恐怖は悪意を育て、悪意は混乱を呼んだ。
そして僕は“家族”を殺した。
ゆっくりと。
その罪を体に刻みながら。