<SIDE Felicia ,Marion & All Members>
<SIDE Felicia & Marion>
やはり、風の浮遊魔法は、ほんの少ししか効いていない。
落ちる速度は普通とは違うとはいえ、それなりにある。これでは自分の体重分までおじさんに負担はかけられない。
フェリシアは左腕のジュールを両腕に抱え直し、おじさんのほうへ突き出した。
「お願い、受け取って」
おじさんの腕にジュールを投げ込むのが、精一杯だった。おじさんは、しっかりとジュールを抱きしめ、さらにフェリシアの身体もつかもうとしたが、間に合わない。
ぐんと速度を増して、フェリシアの身体は落ちていく。もはや魔法が効いている状態とは、いい難い。
もうだめだわ。どこにもつかまる所がない。今日はなんて最悪の日なの。でも、もう終りね。全部おしまいだわ。
雲ひとつなく、やけに澄んで明るい青い空が目に入った。
そして、金色の雲がフェリシアの視界を覆った。
「よかった、間に合ったね」
安堵したような優しい声が耳元でした。
誰かの腕が、フェリシアの身体をしっかりと抱きかかえている。
さっき見た視界の金色の雲は、その誰かの長い髪だと気がつくのに時間は要らなかった。彼の髪からほどけてしまったらしい蒼いリボンが、後ろへふわりと飛び去っていくのが見える。
驚いて目を見開いているフェリシアの顔を、その人が覗き込んでいた。
魔族? 妖精? ううん、違う。きっとこの人は魔術師だわ。魔法の力を感じる。でも風は使ってないみたい。空中に安定した感じは、自分が浮遊しているときとはまた違っている。
「無茶をするお嬢さんだね。けがはない?」
声と同じく優しい緑色の瞳と、怖いくらい綺麗な金色の瞳が見えた。
「・・・・・・はい」
フェリシアは、そう返事するのが精一杯だった。
「よかった」
彼はそうつぶやいてにっこり微笑むと、フェリシアを両腕に抱えたまま静かに地面に着地した。
見守っていた周りから歓声と安堵の声と、小さな拍手が起こった。
彼が小さくお辞儀をすると、周りは満足そうな笑みを浮かべ、またそれぞれの楽しみを見つけるために遊園地内に散っていった。
青年はまるで壊れ物でも扱っているかのように、丁寧にフェリシアを石畳を上に降ろしてくれた。
フェリシアの足が、がくがくと震えてよろけそうになったが、すかさず彼が腕をつかんで支えてくれる。
「・・・・・・助けてくださって、ありがとうございます」
ふらつく足を何とか踏みしめると、フェリシアは彼を見上げてお礼を言った。
彼は微笑んでうなずいて見せただけで何も言わない。
柔らかそうな前髪に隠され、もう彼の金色の瞳は見えずフェリシアはちょっと残念に思った。とっても綺麗だったのに、どうして隠してしまうのかしら。
リボンがなくなって無防備に背に流れている青年の金の髪は、少しクセがあって腰のあたりまでの長さがあった。
彼の品のいい白く整った顔立ちと優雅な物腰は、育ちのよさをうかがわせているが、それよりももっと特徴として際立っているのは、身体全体から放射されている白い光のような強烈な魔法の力だった。彼は今、それを隠そうとはしていない。
もしかして、彼は見た目以上に力のある魔術師なのかもしれない、とフェリシアは思う。
「えらかったね、よくがんばったよ。でもちょっと無茶だったかな」
背の高い魔術師は、フェリシアの顔を覗き込むようにして再び優しい声で言った。
フェリシアの目から思わず涙がこぼれ出た。
「あたし、魔法が使えないの、使えなくなっちゃったんです」
フェリシアが自分でもびっくりしたことに、もう少しで下へ落ちて死んでいたかもしれないことより、どうやらそちらのほうが重大問題だったらしい。
『ああ、あたしってなんて馬鹿なの。この人に笑われてしまう』
下を向き唇をかんで涙をこらえようとしたフェリシアの前に、青年はひざをついて下から彼女を見上げた。
「気持ちはよくわかるよ、お嬢さん。僕も魔術師だからね」
彼は優しく微笑んでいるが、笑われているわけではない。青年は、フェリシアの涙をそっと指の先で拭い取った。
「君はね、魔力がなくなってしまったんじゃないんだ。間違った魔法を使ったんだよ」
フェリシアの目が大きく見開かれる。
「なくなったんじゃないの?」
うなずいた青年が声にだして答えるより早く、後ろから
「じゃあなんでだよ?」
と、大きな声がした。
びっくりしたフェリシアが思わず青年にしがみつくと、彼は優雅に立ち上がり、彼女を自分の胸に抱えるようにかばった。
<SIDE All Members>
「女の子を脅かしちゃだめじゃないか、アレックス」
「おぅ。悪りぃな、お嬢ちゃん。おれはとって食ったりしないからな。こいつはどうだかわかんねぇけど」
わははは、と大きな声でアレックスと呼ばれた色の黒い青年が屈託なく笑った。フェリシアは少し赤い顔をして自分がすがっていた青年から離れた。
「あ、ごめんなさい」
彼女が小さな声で謝ると、
「失敬なやつだなぁ、アレックス。また、そんな人聞きの悪いことを言う。彼女に誤解されちゃったじゃないか」
と、金の髪の青年が顔をしかめた。
そういう意味ではなかったんだけど、とフェリシアは誰にも聞こえないような声で小さくつぶやくと、無意識につかんでいた青年の上着の袖を名残惜しそうにゆっくりと放した。
「んで? マリオン。なにがどうなって魔法がどうしたって?」
アレックスと呼ばれたほうが、マリオンという青年をつついてさっきの続きをうながした。
フェリシアは、はっとした。
そう、それを聞かないといけなかったんだわ。あんなにショックだったのに、忘れてるなんて・・・・・・。理由に思い当たって、フェリシアは再び顔が赤らむのを感じた。
「ああ、ちゃんと彼女に説明しないとね。ええと、その前に、僕はマリオンで、このうるさい男はアレックスって言うんだけど、君の名前は?」
再びマリオンという青年が、フェリシアを覗き込んだ。
「あたし、フェリシアって言います」
「何だよ、うるさい男って」
フェリシアとアレックスが同時に声をあげたが、マリオンの耳にはフェリシアの声しか届かなかったようで、アレックスの抗議はすっぱりと無視された。
「フェリシア。君は、風の魔女だよね。風を使って浮遊するんでしょ?」
フェリシアは、こっくりとうなずく。
「君は、風を呼ぼうとしたんだよね?」
確かめるように言うマリオンに、再びフェリシアはうなずく。
「こういう移動遊園地のようなものっていうのはね、丈の高い不安定なものが多いからね。たいていの場合、遊園地おかかえの魔術師が魔法をかけてるんだよ」
なんの魔法? フェリシアは首をかしげた。彼はそこで微笑した。
「強力な風除けの結界魔法をね」
あっ、とフェリシアは声をあげた。
「この移動遊園地には、特に大きな観覧車があるよね? きっと、魔術師は念入りに魔法をかけたと思うよ? 風が一切、広場に入り込まないように、ね?」
「あぁ・・・・・・」
フェリシアがうめくような声をあげた。そうだったのか。
「ははぁ、なるほどね。おれのこのスカーフとおんなじ原理か。どうりでこの広場に入ってから、全然風が吹かねぇと思ったぜ」
それまですねたような顔でじっと聞いていたアレックスが、首のスカーフを引っ張ってはじき、感心したように声をあげると、マリオンがうん、とうなずいて見せた。
「だから、君が魔法が使えなくなったんじゃないんだよ。使ってはいけない場所で、使ってはいけない魔法を使ったんだ。ただそれだけのことだけど」
マリオンはそこで言葉を切って、フェリシアに向かって少し厳しい顔をした。
「でも、もう少しで危なかったんだよ? ちゃんと気をつけないとね。周りをよく見て、ふさわしい呪文を唱えないといけないよ?」
「・・・・・・はい」
フェリシアは、少しうなだれてうなずいた。
「おばば様にもよく言われたわ。ちゃんと周りをよく見なさい、それが正しい呪文かどうかを、って」
ぽん、とうつむくフェリシアの肩に手が置かれる。そのまま彼は優しくフェリシアに後ろを向かせた。
「ほら、フェリシア。あっちを見てごらん」
顔をあげ、マリオンが向けてくれたほうを見ると、キングストン夫人に抱かれて笑いながらフェリシアに手を振るジュールがいた。
ああ、そうだわ。あんなに乱暴におじさんに預けてしまったけれど、ジュールは怪我しなかったかしら?
「ジュール! 大丈夫だった?」
思わず駆け寄ると、
「フェリチーたん」
ジュールは、またきゃっきゃと笑いながら、フェリシアの三つ編みをつかんだ。
「ありがとう、フェリシア! ジュールは元気よ。あなたのおかげだわ」
キングストン夫人が、涙を浮かべてジュールごとフェリシアを抱きしめた。
「おばさん、あたし、うまく魔法が使えなかったの。びっくりさせてごめんなさい」
キングストン夫人は、まぁと驚いたような声をあげ、それから涙を拭きながら明るく笑った。
「フェリシアったら。私はあなたにいくらお礼を言っても足りないと思っているのに」
もう一度、夫人はフェリシアを抱きしめて、耳元でささやいた。
「あなたも怪我がなくて本当にほっとしたわ。あの人があなたの王子様? 素敵な人じゃない?」
夫人の視線は、もちろんマリオンのほうに向いている。フェリシアが振り向くと、ちょうどマリオンはアレックスから受け取った自分のマントと剣を身に着けているところだった。
「い、いやだ、おばさんたら。違うわ、あの人は王子様じゃなくて」
真っ赤になったフェリシアが小さい声でムキになって抗議するのを、夫人はニコニコ笑って見ている。
「あ、あの人は魔術師なの!」
「まぁそう。よかったわね、素敵な魔術師さんで。ぜひともお茶にお誘いしましょうね」
「もう、おばさんたら」
フェリシアの小声の抗議など聞いてもいない顔で、キングストン夫人は二人のほうへ歩いていった。
「私、マーシア・キングストンと申します。この子はジュールです。フェリシアを助けてくださって、本当にありがとうございました。私からもお礼申し上げます」
夫人がジュールとともにマリオンに向かってスカートの端をつまんでお辞儀をし、後ろでフェリシアも同じくそれに倣った。
「気にすんな、いいってことよ。そんなたいしたこたぁしてねぇんだからよ」
と、手を振りながら答えたのは、もちろんアレックスのほうだ。
「アレックス、それは僕の台詞でしょ」
呆れたようなマリオンの声にも動じない。
「どうせおんなじようなことを言うんだろうが。代わりに言ってやっただけさ、気にすんな」
「いつも僕のこと大雑把っていうけど、そういうところは君のほうがずっと大雑把だと思うけどなぁ」
「お前も妙なとこ、神経質だよな?」
「いや、だからね。僕が言いたいのは」
二人の掛け合いに、夫人とフェリシアは下を向いて一所懸命笑いをこらえている。
それに気がついてマリオンは、しかたなく肩をすくめて笑って見せた。
「まぁ、そういうことですから。お気になさらずに」
「ほぅら、見ろ。まんまじゃねぇか」
マリオンは得意げに言うアレックスの向うずねに、夫人と少女から見えないようにさりげなく蹴りを入れた。
「それでは、お二人とも私のところでお茶でもいかがですか? さっき焼いたビスケットもありますし、フェリシアもまだあなたとお話したいでしょうし」
なんとか笑いの発作から立ち直ったキングストン夫人が、にっこり笑った。
「もぅ、おばさんたら」
フェリシアがまた頬を赤くして、キングストン夫人のスカートを引っ張るが、夫人は知らんぷりしている。
「ありがとうございます、それでは」
お邪魔しようかな、とマリオンが言い終わる前に
「やぁ、そりゃありがてぇけどさ。おれたち、これから『あれ』に乗らなくちゃいけねぇんだよな」
アレックスが親指で自分の後ろを指し示した。
「あれ?」
キングストン夫人とフェリシアが顔を見合わせる。
真面目な顔でアレックスが指差しているのは、どう見ても回転木馬だった。
「『あれ』に『お二人』でお乗りになるの?」
と、確認するように聞きかえすキングストン夫人に、アレックスは嬉しそうに笑ってうなずいた。
「おうよ! ぜひとも黒い龍に乗らなくちゃな」
隣でとてつもなく渋い顔でマリオンが、
「鳥頭のクセにまだ覚えてたのか」
と、つぶやくのを聞いて、夫人とフェリシアは笑いをこらえるように口元を引きつらせた。
幸いにもそのつぶやきは、アレックスの耳には届かなかったようだ。すでに木馬で頭の中がいっぱいだったのかもしれない。
「んじゃ、またな、奥さん。お嬢ちゃん。それに坊主」
アレックスの顔を見てにこにこ笑うジュールの頭に手をやり、ぐりぐりっとなでると、そのままはりきって回転木馬のほうへ歩き出した。
その後姿を恨めしそうに見やりながら、マリオンははぁーっと盛大にため息をついた。どうせあれに乗ったら次は観覧車、と言い出すに決まっている。まだまだ、先は長そうで当分解放されない気がした。
やがて彼は気を取り直したように二人のほうに向き直り、優雅に一礼した。
「申し訳ない。せっかくのお誘いですが、そういうわけなのでこれで失礼いたします。どうぞお元気で」
キングストン夫人とフェリシアが、名残惜しそうにうなずいた。
「フェリシア?」
「はい」
改まって名前を呼ばれて、フェリシアが頬を紅潮させながら返事をすると、彼は優しく微笑んだ。
「たくさんお勉強して、いい魔女になってね。・・・・・・答えはいつも自分の中にあると思うから」
「答えはいつも自分の中にある・・・・・・」
フェリシアが小さく彼の言葉を繰り返した。意味は? それも自分の中にあるのだろうか?
ジュールが笑いながらマリオンの金の髪へ手を伸ばし、マリオンも笑い返しながら彼のふっくりした頬を指でつついた。
「元気で大きくなるんだよ、ジュール」
「もしよろしければ、お乗りになった後でうちへお寄りになってくださいな」
あきらめきれないキングストン夫人が、再び誘いの言葉をかけた。
「ありがとうございます。それまで僕に気力が残っているといいんですが」
苦笑するマリオンの返事に、二人はついに吹き出した。
「マリオーン、とっとと来ーい」
遠くでアレックスが馬鹿でかい声をあげている。
「もう! 犬を呼んでるんじゃないんだからね」
マリオンは唸りながら何歩か進みかけ、ふと何か思いついたように急にきびすを返し、見送る夫人とフェリシアの方へ取って返した。
次回、最終章です




