思い出のオルゴールの音色は聴こえない
高校生の美咲は、学校終わりに商店街へと寄り道をしていた。お店で修理品を受け取り、自転車のペダルを踏む。気分良く軽快に漕ぐ足は軽い。
自転車のカゴには振動から守るために優しくタオルで包まれた箱がある。猫型の木彫りの人形の入った⋯⋯母の想い出の品のオルゴールだ。
修理に出したのは去年の暮れになる。
「難しい修理だね」
ギロリと睨む老店主に美咲は怯む。気難しい店主は苦手だ。でもオルゴールの修理を請けてくれる店はここしかなかった。
オルゴールを回すための部品、猫型人形のネジ巻き用の尻尾は曲がりくねっていた。修理期間は結局木枯らし舞う季節から、湿ぼったい梅雨の時期まで掛かった。
「お母さんは少し嫌がるかな」
オルゴールは母の元彼からのギフトだった。大学卒業後、元彼とは仕事の都合で遠距離恋愛になり別れたそうだ。恋愛あるある話。美咲が恥ずかしくなるくらい両親は仲が良く、笑って話してくれた。
母は結婚と今の家に引っ越す際に想い出を断捨離していた。カラカラ笑って話す母には未練がなさそう。猫型オルゴールは幼い美咲が気に入り、手放さなくて残したのだ。
オルゴールは昔から奏でる音を失っている。美咲に大好きな両親の仲を壊すつもりはなかった。ただ母の昔話を聞きオルゴールの音色を⋯⋯猫の尻尾を回したくなってしまったのだ。
待望のオルゴールの音色が聴ける、そう思うと美咲の心は鉛色の空とは裏腹に気分が高揚した。
雨の落ちる前の湿った風が重たく感じる。ポタポタと雨粒が漏れ出し始める。
「お天気持つはずだったのに〜」
美咲はペダルを懸命に踏み込んだ。たちまちそれは大粒の土砂降りの雨へと急変し、アスファルトを叩き始める。
美咲は慌てて近くの建物、郵便局が目に入り移動する。そこは少しだけ屋根が広かったのだ。
濡れる前に避難出来て良かった⋯⋯そう思うものの、自宅まではまだ距離がある。
「最悪、制服は犠牲にしよう」
せめてもう少し小降りになるのを待つ。我慢出来ずに美咲はタオルで巻かれた修理済の箱を開けた。
新しく作り直された尻尾に合うよう磨き直され、色調に合わせた塗りをし再生を果たしたオルゴール。
だがその時──急な土砂降りでハンドル操作を誤ったトラックが、クラクションを派手に鳴らしながら、雨宿りをする美咲に向かって突っ込んで来る。
美しい音色を奏でるはずのオルゴール。しかし⋯⋯もっとも聴きたかった美咲は眩しい光の渦に包まれ、耳に届くことはなかった。
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