第二話「ペットの田中さん」
「……何事だよ、一体……」
さくらからの緊急連絡に全力ダッシュで駆けつけた五分は、息を切らしながらその現場に辿り着いた。
襲われてないかとか最悪な想定が過ぎる…。
「はぁっ……さくら、大丈夫か!?」
さくらの元へ着き、場を見る。
そこには泣きじゃくる小さな女の子と、その少女を慰める、困り顔のさくらの姿があった。
「おいおい平和かよ」
緊張の糸が切れ、安堵で胸を撫でおろす。が─── 突然少女が飛びつき泣きながら大きな声で言う。
「お願いっ!田中さんを助けて!!」
「……誰?」
さくらが話し始める
「この子は少女Aちゃん…実は少女Aちゃんのペットが木に登って降りれなくなって…」
木を見上げると──枝の先の方に何かがいた。 (犬か?猫か?いや、もしかして猿か……?) そんな予想をしていた僕の想像力に、現実は華麗なカウンターをぶち込んできた。
「わたしのペットの、田中さんが降りられないの!!」
「……って、田中さん!?」
木の上、枝に必死に掴まりながら、ブルブル震える―― スーツ姿の、ハゲたおじさん(50代後半、推定サラリーマン)がいた。
「犬でも猫でもなく!おっさん!!?いや何で!!?」
「田中さんは、私の大切なペットなのっ!」
「は!?いやいやいや人間!ペット!?そんな訳あり?!
「五分、ひどいわ!田中さんはペットよ!心無いこと言わないで!」
「さくらまで何言い出してんの!?この世界おっさんペット可なの!?」
ぐらりと世界が歪んだ気がした。でも泣いてる女の子を前にしたら、こっちもそうそう現実逃避してる場合じゃない。
「……わ、わかったよ。助ければいいんでしょ、田中さんを」
これより田中さん救出作戦が決行される。
まず試したのは、木の上の田中さんを網で引き寄せる作戦。
「いけるかな……よしっ!」
が、網は見事に木の上の蜂の巣を直撃。
「……あ」
「ぶおおおおおおおん!!!」
ブチギレた蜂たちは、なぜか一直線に田中さんを襲撃!!
「あ、」
「あ、じゃないよ、あ、じゃ!どうすんのよ」
「……くっ、こうなったら木を蹴って蜂の注意を引く!」
さくらと少女Aちゃんが隠れたのを確認し、五分は木を全力で蹴飛ばした!
「なんかうまく行きそう!」
ヒューバキッ――ボトッ。 落ちてきたのは──
もう一つの蜂の巣。
「……………あ」
「アホか!増やしてどうすんのよ!?」
蜂2倍。怒りも2倍。田中さんピンチも2倍♪
「んな……バカな……」
そのとき、後ろから声が響いた。
「諦めるのはまだ早い!私に…策がある」
振り返ると、そこには──
「クリチー!」
彼女の名を七瀬 翠、あだ名、クリチー。
小柄で水色のレインコートを着ていて、いつもニコニコ癒し系。
小学生時代、クリームチーズを30分で腐らせる才能を発揮していこう「クリチー」と呼ばれるようになった。
「……って、策があるの!?この状況で!?」
クリチーは真剣な眼差しで語る
「うむ、五分が……裸になって全身に蜂蜜を塗る!」
「ん?何言ってんの?癒し系通り過ぎて頭ぶっ飛んだ?」
さくらがツッコミを入れる中、五分が手を上げる。
「……やります。僕、脱ぎます!!」
「…?」
さくら理解をする事が出来なかった。
公共の場で躊躇無く五分が服を脱ぐ姿を、そしてコンビニで買った、蜂蜜を体に塗りたくる異質さを。
一方、少女Aは真剣な表情で呟く。
「これは…すごい!人生に生き恥を晒してでも服を脱ぐ根性…クリチーさん彼は……一体」
「あぁ、彼は、社会に落ちた人物よ、もう何も恐くない。のだ」
クリチーと少女Aちゃんは熱い眼差しを五分に送り敬礼を表した。
「根性でも美徳でもないからね!?ただ社会的に終わっただけだから!!」
五分は、勇気と愛を振り絞り、皆の期待を背負ってハチの群れへ飛び込む。
必然、蜂たちが、五分に向かって飛びかかってきた、その時の彼は満面の笑顔で敬礼していた。
(クリチー、さくら、そして少女Aちゃん僕にはコレが精一杯です、どうかこの勇気が人の為になる事を祈って…!)
「彼の勇気に…敬礼!(敬礼)」
クリチーと少女Aが涙を流し、最後を見送った。
「何を見せられてんだ私たち……」
________。
その後… 少女Aと田中さんは無事再会し、嬉しそうに帰っていく。
その光景の背景で――
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
全裸で蜂から逃げる五分がいた。
「これが泣き面ハチだね!」
「いや、違うと思うよ?!」
その後、五分が警察のお世話になったのは、また別のお話。