第7話:呪い解除と新たな絆
街に戻った俺たちは、急いでヴァルハイム公爵邸に向かった。
貴族街の一角にそびえ立つ豪華な屋敷。門衛が俺たちを見て驚く。
「エリス様!お帰りなさいませ」
「ただいま。兄の容態はいかがですか?」
「それが...さらに悪化されて」門衛の表情が曇る。「お医者様は、あと数時間が...」
エリスの顔が青ざめた。
「急ぎましょう」俺が言う。
「はい!」
屋敷の中を駆け抜け、レオンの部屋に向かう。廊下には宮廷魔術師や医師たちが集まっていた。
「エリス嬢、お戻りでしたか」
白髭の老魔術師が振り返る。
「【アルフレッド】先生...兄の容態は?」
「申し訳ありません。もはや我々にできることは...」
アルフレッドが頭を下げる。その時、部屋の中から苦しそうな呻き声が聞こえた。
「兄上!」
エリスが部屋に飛び込む。俺たちも後に続いた。
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ベッドに横たわるレオン・ヴァルハイムは、見るからに衰弱していた。
金色の髪は艶を失い、頬はこけ、唇は紫色に変色している。全身から生命力が抜けているのが分かる。
「兄上...」エリスが涙を流しながら手を握る。
「エリス...か」レオンが薄く目を開ける。「すまない...お前に心配を...」
「しゃべらないで。今、助けますから」
エリスが俺を振り返る。
「健太さん、お願いします」
俺は浄化の果実を取り出した。七色に輝く美しい果実に、部屋にいた全員が息を呑む。
「これは...【浄化の果実】!」アルフレッドが驚愕する。「まさか、本当に手に入れてくださったとは」
「でも、これをどのように?」
「料理します」俺が断言する。「番人が言っていました。そのまま食べても効果は薄いと」
部屋の一角で調理の準備を始める。浄化の果実を中心に、聖域の森で採取した薬草、そして特殊な魔力の水を用意した。
料理スキルが最適な調理法を教えてくれる。
『【奇跡の浄化スープ】:古代より伝わる究極の呪い解除料理。作成難易度:MAX』
「難易度MAX...」
これまでで最も困難な料理だった。一歩間違えれば、貴重な浄化の果実を台無しにしてしまう。
「健太...大丈夫?」リーファが心配そうに見守る。
「信じています」エリスが静かに言う。「あなたなら、きっと」
俺は深呼吸し、集中した。
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まず、浄化の果実を慎重に薄切りにする。果実から神聖な光が溢れ出し、部屋全体が七色に染まった。
次に、聖域の薬草を細かく刻み、魔力の水で煮出す。薬草の精製された成分だけを抽出する必要がある。
最も重要なのは火加減だった。強すぎれば果実の力が失われ、弱すぎれば効果が発現しない。
30分間の格闘の末――
「完成しました」
黄金に輝くスープが完成した。見ているだけで神聖な力を感じる。
『【奇跡の浄化スープ】
・呪い解除:あらゆる呪いを無効化
・生命力回復:HP完全回復、生命力の大幅向上
・浄化効果:魂の穢れを清める
・希少度:★★★★★』
「すごい...」アルフレッドが感嘆する。「これほどの魔力を感じる料理は初めてです」
「兄上、これを」
エリスがスープを口元に運ぶ。レオンが弱々しくそれを口にした瞬間――
ピカァァァ!
部屋全体が眩い光に包まれた。レオンの体から黒い霧のようなものが立ち上り、窓の外に消えていく。
「あ...」
レオンの頬に赤みが戻り、瞳に光が宿る。艶やかな金髪も元の美しさを取り戻した。
「兄上!」
「エリス...」レオンがしっかりとした声で妹を呼ぶ。「心配をかけて、すまなかった」
「兄上、兄上!」
エリスが泣きながら兄に抱きつく。感動的な再会の瞬間だった。
「これは奇跡だ...」アルフレッドが呟く。「完全に呪いが解けている」
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レオンが完全に回復すると、俺は改めて紹介された。
「君が妹を助けてくれた恩人か」
レオンは俺の手をしっかりと握る。騎士らしい堂々とした体格と、優しい瞳の持ち主だった。
「田中健太と申します」
「私はレオン・ヴァルハイム。君の恩は一生忘れない」
「当然の事をしただけです」
「謙遜するな」レオンが微笑む。「エリスから聞いた。君は自分のスキルを失う覚悟でも人を救おうとしたそうだな」
「兄上...」エリスが恥ずかしそうに俯く。
「立派だ。真の勇者というのは、君のような人間を言うのだろう」
レオンの言葉に、胸が熱くなった。
「あの、報酬の件ですが...」
「ああ、約束通り金貨100枚を」
「いえ、結構です」
俺の言葉に、全員が驚いた。
「え?」
「エリスさんの笑顔が見られれば、それで十分です」
エリスの頬が真っ赤に染まる。
「健太さん...」
「本当に、いいのか?」レオンが確認する。
「はい。お金のために始めたことではありませんから」
レオンとエリスが顔を見合わせる。
「分かった」レオンが頷く。「しかし、何の報酬もなしというわけにはいかない」
「兄上?」
「田中健太」レオンが改まった口調で言う。「君に、我がヴァルハイム家の【名誉友人】の称号を与えよう」
「名誉友人?」
「ヴァルハイム家が公認する友人という意味だ。何か困ったことがあれば、いつでも我が家を頼ってくれ」
「ありがとうございます」
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屋敷を後にする時、エリスが見送りに出てきた。
「健太さん」
「はい?」
「本当に...ありがとうございました」
エリスが深々と頭を下げる。
「顔を上げてください。兄さんが元気になって、よかったです」
「あの...」エリスが恥じらいながら言う。「もしよろしければ...また、お会いできませんか?」
俺の心臓が跳ね上がった。
「もちろんです。いつでも」
「約束ですよ」
エリスが初めて見せる、屈託のない笑顔だった。
「約束です」
俺たちが立ち去る時、エリスがずっと手を振っていた。
「健太、完全にエリスに惚れられてるよ」リーファがからかうように言う。
「え?そんなことは...」
「分からないのか?鈍感だなぁ」
ガロンも笑っている。
「まあ、いい女だからな。大事にしろよ」
俺の顔が熱くなった。
でも、確かにエリスは特別な存在になっていた。
美しく、優しく、家族思いの素晴らしい女性。
もしかしたら、俺も...
「さてと」ガロンが言う。「今日は祝杯だな。健太の奢りで」
「えー!」
「冗談だ」ガロンが笑う。「俺が奢ってやる」
「やったぁ!」リーファが飛び跳ねる。
こうして、俺たちの初めての大きな冒険は成功に終わった。
そして、俺の心に新たな感情が芽生えた夜でもあった。
第7話 完