第6話:聖域の番人と浄化の果実
光の方向に進むと、森の奥に神秘的な空間が広がっていた。
古代の石柱が円形に並び、その中央に一本の美しい木が立っている。木には七色に輝く果実が3つだけ実っていた。
「あれが【浄化の果実】...」
エリスが息を呑む。果実は手のひらサイズで、内側から神聖な光を放っている。
「美しいですね」リーファが見惚れる。
「ああ、だが...」ガロンが警戒の表情を見せる。「こんな貴重なものが無防備なはずがない」
その時だった。
ゴゴゴゴゴ...
大地が振動し、石柱の間から巨大な影が立ち上がった。
現れたのは、全長5メートルはある巨大な石の巨人。古代の魔法で作られた【聖域の番人】だった。
『何者だ。聖なる果実に手を伸ばす愚か者よ』
番人の声が頭に直接響く。圧倒的な威圧感に、エリスが俺の後ろに隠れた。
「私たちは兄を救うために来ました!」エリスが勇気を振り絞って叫ぶ。「どうか、果実を分けてください!」
『救う、だと?』番人が俺たちを見下ろす。『その果実は神聖なるもの。軽々しく与えることはできぬ』
「じゃあ、どうすれば!」リーファが食い下がる。
『試練を受けよ。真に人を救う心を持つ者なら、我が課す試練を乗り越えられるはずだ』
「試練...どんな試練ですか?」俺が前に出る。
『三つの試練がある。第一は【力の試練】。我と戦い、その力を示せ』
ガロンが大剣を構える。「任せろ」
『第二は【知恵の試練】。古代の謎を解いてみせよ』
「それは私が」エリスが魔法の杖を握る。
『第三は【心の試練】。最も重要にして最も困難な試練だ』
番人の視線が俺に向けられる。
『汝、料理人よ。汝の心を試そう』
「俺の?」
『その通りだ。三つの試練を全て乗り越えれば、浄化の果実を与えよう』
まず始まったのは【力の試練】だった。
「ガロン、気をつけて!」
「ああ!」
ガロンが番人に向かって駆け出す。しかし、番人の石の拳が彼を迎え撃った。
ドガァン!
凄まじい衝撃音と共に、ガロンが吹き飛ばされる。
「ガロンさん!」エリスが治癒魔法をかける。
「くそ、硬すぎる!」
ガロンの攻撃は番人にほとんどダメージを与えていない。
「待ってください」俺が叫ぶ。「料理を作らせてください」
「今は戦闘中だぞ!」
「大丈夫です。信じてください」
俺は急いで調理器具を取り出し、先ほど採取した【トロールの血】と森で見つけた【力の薬草】を混ぜ合わせた。
さらに、倒した魔物の【魔力の結晶】を砕いて加える。
『【限界突破スープ】...これなら』
「ガロン!これを飲んでください!」
「おい、こんな時に...」
「いいから!」
ガロンが渋々スープを口にする。その瞬間――
「うおおおお!」
ガロンの体が黄金色に輝いた。筋肉が一回り大きくなり、大剣から魔力のオーラが立ち上る。
「これは...力が溢れてくる!」
ガロンが再び番人に挑む。今度は違った。
彼の大剣が番人の石の体を深く切り裂く。
『ほう...なかなかやるではないか』
番人が本気になったのか、動きが速くなる。しかし、ガロンも負けていない。
激しい攻防の末、ガロンの渾身の一撃が番人の胸を貫いた。
『見事だ。第一の試練、クリアとしよう』
続いて【知恵の試練】。
番人が空中に古代文字を浮かび上がらせる。
『この謎を解け。「光なくして闇なく、闇なくして光なし。されど両者は決して交わらず。これ何ぞや」』
エリスが真剣に考え込む。
「光と闇...交わらない...」
俺も一緒に考える。哲学的な謎かけのようだ。
「あ!」エリスが閃いた表情を見せる。「分かりました!答えは【影】です!」
「影?」
「はい。影は光があってこそ生まれますが、同時に闇の性質も持っています。光と闇の境界にありながら、どちらでもない存在です」
『正解だ。第二の試練もクリアとしよう』
エリスが安堵の表情を見せる。
「さすがですね、エリス」
「ありがとうございます、健太さん」
エリスが微笑む。その笑顔が美しくて、思わず胸が高鳴った。
そして最後の【心の試練】。
『料理人よ、前に出よ』
俺が番人の前に立つ。
『汝に問う。なぜ料理を作る?』
「人を幸せにするためです」
『では、汝の幸せとは何だ?』
俺は少し考えた。この質問は深い。
「...誰かの笑顔を見ることです」
『なるほど。では最後の問いだ』
番人の声が厳かになる。
『もし、汝の料理で一人を救うことができるが、その代償として汝の料理スキルを永遠に失うとしたら、汝はどうする?』
重い質問だった。
料理スキルは俺の全てだ。これがなければ、ただの無力な異世界人に戻ってしまう。
でも...
「やります」
即答だった。
「俺の料理スキルで誰かが救えるなら、喜んで差し出します」
エリスが驚いた表情を見せる。
「でも健太、それじゃあ...」
「いいんです」俺は微笑んだ。「俺は人を幸せにするために料理を始めました。自分のスキルよりも、目の前の人の命の方が大切です」
『...』
番人が長い間沈黙する。
『見事だ。真の料理人の心を持っている』
番人が深々と頭を下げた。
『汝らは三つの試練を全てクリアした。約束通り、浄化の果実を与えよう』
番人が手を伸ばすと、木から果実が一つ浮かび上がり、俺の手に収まった。
『ただし、忠告しておく。その果実をそのまま食べても効果は薄い』
「え?」
『真の効果を引き出すには、料理人の技が必要だ。汝なら、きっとできるであろう』
番人がゆっくりと石柱の間に消えていく。
『健闘を祈る』
「やったぁ!」リーファが飛び跳ねる。
「ありがとうございます、健太さん」エリスが涙を浮かべる。「あなたがいなければ...」
「みんなで頑張った結果ですよ」
俺は浄化の果実を見つめた。これでエリスの兄を救える。
「急いで街に戻りましょう」
「ああ」
帰り道、エリスが俺の隣を歩いた。
「健太さん」
「はい?」
「さっき、料理スキルを失ってもいいと言いましたね」
「ええ」
「本当に...そう思ったんですか?」
俺は頷いた。
「あなたみたいに、大切な人を救いたいと思う気持ちは、スキルよりも価値があると思います」
エリスが俺を見つめる。その瞳に、今まで見たことのない温かい光が宿っていた。
「私...健太さんのような人に初めて出会いました」
「エリス...」
「ありがとうございます。本当に...」
エリスの頬が薄く染まる。俺の心臓もドキドキした。
もしかして、これは...
第6話 完