第4話「新たな依頼と謎の美少女」
「奇跡の料理人」の噂は一夜にして街中に広まった。
翌朝、ギルドに向かう道すがら、通りすがりの人々が俺を指差してひそひそと話しているのが聞こえる。
「あの人が料理で冒険者を強化したって...」
「本当かしら?料理で?」
「ガロンさんが認めてるんだから本当よ」
注目されるのは嬉しい反面、少し居心地が悪い。
ギルドに着くと、受付のミラさんが慌てたような顔で迎えてくれた。
「田中さん!大変です!」
「どうしたんですか?」
「依頼が...依頼が殺到してるんです!」
ミラさんが差し出した束を見て、俺は目を丸くした。料理の依頼書が20枚以上ある。
「こんなに...」
「みなさん、昨日のガロンさんの件を聞いて、ぜひお願いしたいと。報酬もかなり高額で...」
確かに、どの依頼も銀貨5枚から10枚の高額報酬だ。
「でも田中さん、一つ問題があります」
「問題?」
「食材の確保です。昨日使ったオーガの肉のような高級食材は、そう簡単には手に入りません」
そうか。いくら料理スキルがあっても、食材がなければ意味がない。
「高級食材を安定して入手するには、商会との契約か、自分で危険な場所に採取に行くかのどちらかになります」
商会との契約には多額の保証金が必要らしい。採取は危険すぎる。
どうしようか考えていると、ギルドの扉が静かに開いた。
入ってきたのは、一人の少女だった。
銀色の美しい髪、透き通るような白い肌、そして深い青色の瞳。明らかに貴族の出身らしい上品な佇まいをしている。
年齢は16歳くらいだろうか。華奢な体つきだが、腰に下げた杖から魔法使いであることが分かる。
「あの...【奇跡の料理人】の方はいらっしゃいますか?」
澄んだ声が静かなギルド内に響く。周りにいた冒険者たちがざわめいた。
「お嬢様が何で冒険者ギルドに...」
「あんな美人見たことない」
「貴族様だろ、あれは」
「多分俺かな…私が田中健太です」
俺が名乗り出ると、少女の瞳が輝いた。
「初めまして。私、【エリス・ヴァルハイム】と申します」
ヴァルハイム。聞いたことがある名前だ。確か、この国でも有数の大貴族の家名だったはず。
「ヴァルハイム家の...」
「はい。お恥ずかしながら、公爵家の次女です」
ギルド内がざわめいた。公爵家の令嬢が直接ギルドに来るなんて、前代未聞だ。
「あの、どのようなご用件で?」
「実は...お願いがあって参りました」
エリスが深々と頭を下げる。貴族の令嬢が平民の俺に頭を下げるなんて。
「顔を上げてください。話を聞かせてください」
「ありがとうございます」
エリスが顔を上げると、その美しい瞳に涙が浮かんでいた。
「実は...私の兄が原因不明の呪いにかかってしまって」
「呪い?」
「はい。どんな治癒魔法も効かず、宮廷魔術師の先生方も匙を投げてしまわれて...」
エリスの声が震える。
「兄は日に日に弱っていき、もう...時間がないと言われました」
「それで、俺に?」
「はい。田中様の料理には、通常では考えられない効果があると伺いました。もしかしたら、呪いを解く力もあるのではないかと...」
確かに、料理スキルの中には解毒や状態異常回復の効果を持つものがある。でも、呪いとなると...
「申し訳ありません。成功の保証はできません」
「構いません」エリスが真剣な表情で言う。「他に方法がないんです。お願いします」
「報酬は...」
「金貨100枚をお支払いします」
金貨100枚。銀貨1000枚、銅貨10000枚分だ。とんでもない大金だ。
でも、金額の問題じゃない。目の前で泣いている少女を放っておけない。
「分かりました。やってみます」
「本当ですか!」エリスの顔が明るくなる。「ありがとうございます!」
---
「ただし、条件があります」
「条件ですか?」
「呪いを解くための特殊な食材が必要です。普通の食材では効果が期待できません」
料理スキルが教えてくれた。呪い解除には【浄化の果実】か【聖なる獣の肉】が必要だと。
「どのような食材でしょうか?」
「【浄化の果実】という果実です。【聖域の森】の奥にあると言われています」
「聖域の森...」エリスが青ざめる。「あそこは、Aランク以上の冒険者でも危険な場所と...」
「だから、一人では無理です。パーティーを組んで採取に向かう必要があります」
その時、後ろから声がかかった。
「なら、俺たちも同行するぜ」
振り返ると、ガロンとリーファが立っていた。
「ガロンさん、リーファ」
「聞こえちまった。公爵家の令嬢の兄君を救うためなら、協力しないわけにはいかねぇだろ」
「私も行く!健太が危険な目に遭うなんて嫌だもん!」
リーファが力強く言う。
「でも、聖域の森は...」
「大丈夫」ガロンが胸を叩く。「昨日の料理のおかげで、俺の戦闘力は格段に上がった。Aランクの魔物相手でも何とかなるさ」
「本当ですか?」エリスが希望に満ちた表情を見せる。
「ああ。ただし、危険な任務だ。それなりの準備が必要になる」
「準備でしたら、何でもご用意いたします」エリスが即座に答える。「兄を救えるなら、ヴァルハイム家の財力を全て使ってでも」
俺は仲間たちの顔を見回した。ガロンの頼もしい表情、リーファの心配そうだが決意に満ちた眼差し、そしてエリスの兄を思う気持ち。
「分かりました。みんなで行きましょう」
「やったぁ!」リーファが飛び跳ねる。
「ありがとうございます...本当に、ありがとうございます」
エリスが再び深々と頭を下げる。その時、彼女の頬に一筋の涙が流れるのが見えた。
兄を思う気持ち。俺にも姉がいたから、その気持ちが痛いほど分かる。
絶対に成功させよう。この美しい少女の笑顔のためにも。
「それじゃあ、明日の朝一番で出発しましょう。今日は準備に充てます」
「はい!」
こうして、俺たちの初めての本格的な冒険が始まることになった。
まだ知らなかった。この冒険が、俺の料理人としての運命を大きく変えることになるということを。
そして、エリスとの出会いが、俺の心に新たな感情を芽生えさせることになるということも。
第4話 完