第3話:噂になった奇跡の料理人
翌朝、宿屋の安い部屋で目を覚ました俺は、ギルドに向かった。
昨日稼いだ銅貨5枚。この世界では、宿代が銅貨2枚、食事代が銅貨1枚らしい。つまり、あと2日分しかない。
「早く次の依頼を...」
ギルドの扉を開いた瞬間、視線を感じた。
昨日まではほとんど注目されなかったのに、今日は妙に冒険者たちの視線が集まる。
「おい、あいつが昨日リーファと一緒にいた奴か?」
「料理スキルで魔物を倒したって本当かよ?」
「まさか、そんなわけ...」
ざわめきが聞こえる。なんだか嫌な予感がする。
受付に向かうと、昨日のお姉さん――【ミラ】さんが苦笑いを浮かべていた。
「田中さん、おはようございます。あの...少しお聞きしたいことが」
「はい、何でしょう?」
「昨日、リーファさんと一緒に帰られた後、彼女のステータスを再測定したんですが...」
ミラさんが困惑した表情を見せる。
「STRが8も上昇していたんです。しかも、一晩経っても元に戻らない...永続効果のようで」
やっぱり大事になった。
「それで、リーファさんに詳しく事情を聞いたところ...田中さんが作った料理を食べた後に、その効果が現れたと」
周りの冒険者たちが一斉にこちらを見る。明らかに興味深そうな顔をしている。
「あの、それで...」
「田中健太!」
突然、元気な声が響いた。振り返ると、リーファが駆け寄ってくる。昨日より明らかに動きが軽やか、力強い。
「おはよう!昨日はありがとう!」
「おはようございます、リーファさん」
「リーファでいいよ!私たち、もう仲間でしょ?」
仲間。その言葉が嬉しかった。
「それでね、健太」リーファが興奮気味に続ける。「昨日の料理の件、ギルドで話題になってるの!」
「え?」
「みんな、信じられないって言ってるけど、私の筋力が実際に上がってるから否定もできなくて」
リーファが周りを見回す。確かに、冒険者たちが興味深そうに聞き耳を立てている。
「それで、お願いがあるの」
「お願い?」
「私の仲間に、その料理を作ってもらえない?報酬はちゃんと払うから!」
その時、ギルドの奥から重い足音が聞こえた。
現れたのは、大柄で筋骨隆々とした男性冒険者。明らかにベテランの雰囲気を漂わせている。
「【ガロン】さん...」リーファが緊張した声で呟く。
「リーファ、その新人が例の料理人か?」
ガロンが俺を見下ろす。威圧感がすごい。
「はい...彼が健太です」
「ふん、見た目は頼りねぇな」ガロンが鼻で笑う。「本当にSTRを永続で8も上げる料理なんて作れるのか?」
周りの冒険者たちも注目している。完全に公開処刑の雰囲気だ。
「あの...」俺が口を開きかけた時、ガロンが続けた。
「俺はBランク冒険者だ。もしお前の料理が本物なら、銀貨10枚で依頼したい」
銀貨10枚。銅貨100枚分だ。今の俺には大金すぎる。
「でも、もしインチキなら...分かるな?」
明らかに脅しだった。断ったら何をされるか分からない。
でも、俺の料理は本物だ。昨日のロックマッシュルームの効果は確実にあった。
「...分かりました。やってみます」
「健太!」リーファが心配そうに俺を見る。
「大丈夫です」俺は微笑んだ。「料理なら、負けませんから」
ギルドの外で、実演することになった。
多くの冒険者が見物に集まっている。まるでサーカスのような状況だ。
「使う食材はこれだ」
ガロンが差し出したのは、見たことのない肉だった。
『【オーガの肉】
・攻撃力向上:ATK+15(一時的)
・調理効果:適切な調理により効果が永続化
・希少度:★★★★☆
・特殊効果:火力調整を間違えると毒性を発する』
「オーガの肉...」
かなりの高級食材らしい。そして、調理を間違えると毒になる危険な食材でもある。
「どうした?やっぱりできないか?」ガロンが挑発的に笑う。
「いえ、やります」
料理スキルが頭の中で最適な調理法を教えてくれる。
まず、肉の筋を丁寧に取り除く。次に、特殊な香草で下味をつける。そして、最も重要なのは火加減だ。
「おい、本当に料理してるぞ」
「手つきがプロみたいだ」
「でも、あんな簡単な調理で効果が出るわけ...」
冒険者たちのざわめきを無視して、俺は集中した。
15分後――
「できました」
香ばしい匂いが辺りに漂う。見た目は普通のステーキだが、料理スキルで確認すると間違いなく効果が永続化されている。
「ほう...」ガロンが興味深そうに見る。「見た目は悪くねぇな」
ガロンが一切れ口に入れる。
その瞬間――
「!!!」
ガロンの体が光に包まれた。筋肉が一回り大きくなり、握っていた剣が軋む音を立てる。
「これは...」
ガロンが自分の体を確認する。そして、近くの岩に向かって剣を振り下ろした。
ガキィィン!
岩が真っ二つに割れた。
「ATKが20近く上がってる...しかも、この感覚...永続だな」
ガロンが驚愕の表情を浮かべる。
「すげぇ...本物だ」
「料理スキルでこんなことができるのか」
「俺にも作ってくれ!」
冒険者たちが一斉に騒ぎ始めた。
「健太...すごいよ」リーファが目を輝かせる。
「ふん、認めてやる」ガロンが俺に向き直る。「約束通り、銀貨10枚だ」
銀貨の入った袋を受け取りながら、俺は実感した。
料理スキルは、本当にとんでもない力を持っている。
「なあ、新人」ガロンが言う。「興味があるなら、俺たちのパーティーに入らないか?」
「パーティー?」
「ああ。お前みたいな特殊スキル持ちがいれば、もっと危険な依頼も受けられる」
魅力的な提案だった。でも、俺にはやりたいことがある。
「すみません。まだ一人でやってみたいんです」
「そうか...まあ、考えが変わったら声をかけろ」
ガロンが去った後、リーファが近寄ってきた。
「健太、すごいよ!もう街中の話題になってるよ!」
確かに、周りの冒険者たちが興味深そうに俺を見ている。
「奇跡の料理人」
誰かがそう呟いたのが聞こえた。
奇跡の料理人、か。悪くない響きだ。
でも、これはまだ始まりに過ぎない。俺の本当の力は、これからだ。
第3話 完