第1話:過労死からの転生、あえての最弱スキルの選択
「田中さん、また残業ですか?」
同僚の声が遠くに聞こえる。目の前のパソコン画面がぼやけて、キーボードを打つ手に力が入らない。
時計を見ると午前3時。今日で連続36時間労働だ。
「大丈夫です...あと少しで資料が...」
そう呟いた瞬間、胸に激痛が走った。
あ、これはマズイ。
そんなことを考えながら、俺――田中健太、27歳は机に突っ伏した。最後に頭をよぎったのは、今日も食
べ損ねた母親手作りの弁当のことだった。
「お疲れ様でした」
気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。目の前には後光が差した神々しい存在がいる。
「あー、また過労死か。最近多いんだよね、こういうの」
神様らしき存在は、なんだかサラリーマンみたいに疲れた声で言った。
「え、えっと...僕、死んだんですか?」
「そうだね。心臓発作。まあ、若いのに可哀想だから、異世界に転生させてあげるよ」
異世界転生。ネット小説でよく見るやつだ。
「特別サービスで、好きなスキルを一つ選ばせてあげる。戦闘系がオススメだけど、どうする?」
神様が指差すと、宙に光る文字がずらりと並んだ。
【剣術】【魔法】【格闘】【弓術】【盗賊】【治癒魔法】...
戦闘系のスキルが並ぶ中、俺の目に止まったのは一番端っこにあった地味な文字だった。
【料理】
「...料理で」
「え?」神様が驚いた顔をする。「料理?戦闘スキルじゃなくて?」
俺は頷いた。
「もう...戦いたくないんです」
ブラック企業での毎日は戦場だった。上司との戦い、締切との戦い、同僚との競争。疲れ果てた。
もし次の人生があるなら、誰かを幸せにできることがしたい。美味しい料理を作って、笑顔になってもらいたい。
「そうか...まあ、君の人生だからね。【料理】スキルをMAXレベルで付与するよ」
温かい光に包まれながら、俺の意識は再び遠のいていった。
目が覚めると、青い空が見えた。
体を起こすと、見慣れない草原が広がっている。遠くには中世ヨーロッパ風の街が見える。
「本当に異世界に...」
自分の体を確認すると、27歳の疲れた体から、18歳くらいの若々しい体になっていた。服装は茶色の粗末な服。
頭の中に、この世界の基本情報が流れ込んできた。
ここは『アルテリア大陸』。剣と魔法のファンタジー世界。人々はスキルを持って生まれ、レベルを上げて成長していく。
そして俺のステータスは――
【田中健太】
レベル:1
HP:50/50
MP:30/30
スキル:【料理 Lv.MAX】
「料理レベルMAX...でも他に何もない」
戦闘スキルも魔法も、基本的な能力値も平凡だ。この世界では間違いなく最弱の部類だろう。
お腹が鳴った。転生したばかりで空腹らしい。
近くの街に向かいながら、道端に生えている植物を観察してみる。すると、不思議なことが起きた。
植物を見ただけで、その情報が頭に浮かんでくる。
『【ハーブグラス】:魔力回復効果のある薬草。そのまま食べると苦いが、適切に調理すれば香り豊かなスパイスになる』
これは...料理スキルの効果か?
興味深い。地球にはない植物のはずなのに、調理法が直感的に分かる。
街の入り口で守衛に呼び止められた。
「おい、君。冒険者ギルドへの登録は済んでいるのか?」
この世界では、職業に就くためにギルド登録が必要らしい。案内された冒険者ギルドは、酒場のような雰囲気の建物だった。
受付の美人お姉さんが笑顔で迎えてくれる。
「初回登録ですね。スキルの確認をさせていただきます」
魔法の水晶に手を置くと、俺のステータスが表示された。
「...あら?」
お姉さんの顔が困惑に変わる。
「料理スキルレベルMAX...でも、他のスキルが...」
周りにいた冒険者たちがざわめき始めた。
「おい、料理スキルって何だよ」
「戦闘できないじゃん」
「最弱スキルの典型だな」
失笑が聞こえる。顔が熱くなった。
やっぱり戦闘スキルを選ぶべきだったのか...
「あの、料理スキルでも冒険者になれますか?」
「技術的には可能ですが...危険なお仕事が多いので...」
お姉さんが申し訳なさそうに言う。
「とりあえず、簡単な採取依頼から始めてみてはいかがでしょうか?」
【依頼:薬草採取】
【報酬:銅貨5枚】
【内容:街の外でハーブグラスを10本採取せよ】
最低ランクの依頼だ。でも、今の俺にはこれしかできない。
「これをお願いします」
依頼書を受け取りながら、俺は決意を新たにした。
料理スキルが最弱だって?上等だ。この世界の食材がどれほどのものか、まだ誰も知らないんだろう?
俺が証明してやる。料理だって、立派な武器になるということを。
第1話 完