02. 錆犬王は懐かない
あれから数日が経ち。
錆犬王はやはり、取りつく島もなかった。このままでは埒が明かない。
今までは錆犬王のふざけた態度に思いがけず食って掛かってばかりで、そういえば錆犬王とまともな会話をしたことが無い気がする。のらりくらりと躱されるあの態度は、エヌナを警戒しているからかもしれない。
それを省みたエヌナは、今日はまず、錆犬王の警戒を解くためにエヌナ自身の身の上でも話してみようかと、洞窟の岩壁に寄りかかって座った。
「わたし、十三人兄妹なんだけど」
「え、何。本日は勇者姫の自分語り聞かされるのか? 私」
「うるさい。いいからちょっと、黙ってて。これは独り言。あとその勇者姫っていうの、本当にやめて」
ようやくこちらを振り向いた錆犬王を一瞥し、エヌナはぽつぽつと語り始めた。
「わたしの十二人の兄王子は皆、四国大戦で死んじゃったんだ。そして、わたしは兄王子たちの死後に生まれた最後の王の子。しかも、大司祭によるとヲルカヌス神の神託を受けた、申し子なんだって。だからわたしは、四国大戦を終結させる最後の希望〈勇者〉として祀り上げられた。小さい頃はその重責に押し潰されそうになったこともあったけど……今は違う。皆のために、何としても戦争をこの手で終結させたいと思ってる」
わたしはこのゴヴニュの大地に生きる人々が、好きだから。
そう語り終えると、珍しく最後まで黙っていた錆犬王が揶揄うように鼻を鳴らした。
「戦争を終わらすことなんて、至極簡単だろ。人間たち全員が、武器を手放せばいいんだ。違うか? 子犬ちゃん」
錆犬王が口にした、予想外の発想にエヌナは目を丸くする。
確かにその通りだ。全ての人間が武器を手放せば、全ての人間が戦えない。争いは無くなるのかもしれない。そう納得しかけるが、エヌナはすぐに首を横に振って軽く俯いた。
「……それができたら、こんなにも苦労しない。それに、ゴヴニュの大地に生まれたわたしたちにとって、ヲルカヌス神から授かった武器は魂と身体の一部も同然。手放すことなんて、到底できない」
「そうかい。まあ、でも——そうだよな」
珍しく、錆犬王がエヌナへと静かに首肯して見せた。エヌナは何だか、むずむずと嬉しいような気恥しいような気持ちになって、咄嗟に錆犬王の方へと身を乗り出す。
「ねえ。錆犬も教えてよ。錆犬のこと」
「やだね」
錆犬王はまたそっぽを向いてしまう。それに、エヌナは軽く頬を膨らませたが、すぐに小さく息を吐いて立ち上がった。
「別にいいよ。わたし、これからも毎日、あなたのもとを訪ねる。そして毎日、あなたのことを尋ねるから」
エヌナの宣言に、錆犬王がシャラリと大きな狐耳と耳飾りを揺らして、流し目でこちらを一瞥する。怪訝そうな眼差しをしていた。
「……何でそうも私なんぞのことを知りたがるんだ? そんなことしても命鉱の大山脈は開かれないぞ。たぶん」
「そんなことない。だってあなたは、ヲルカヌス神と対を成す存在。それなら絶対、何かしら知ってるに決まってる。あなたも太古から永く在る神様みたいなものだと思うし」
錆犬王が一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに目を伏せて呆れたようなため息を吐き出す。
「根拠もなく、よくもまあそんな突飛なことを……それに、ついこの間まで私を怪物だ何だと言ってただろ。それが今は神様、だなんて。どういう風の吹き回しだ」
「だってあなた、怪物にしては全然怖くないもの。あと、勇者の勘はよく当たるものだよ」
「じゃあ、また明日。錆犬」と残して、エヌナは錆犬王の洞窟を後にした。