竜崎さんの趣味、判明
月乃庭まで到着し、竜崎さんと荷物を下ろす。玄関を開けたところで、私たちが帰ってきたことに気づいた祐樹さんが、リビングからひょこっと顔を出した。
「あ、荷物取りに行ってたんですか」
「そう。ついでに仕事の話もしつつね」
「言ってくれれば俺も荷物持ちになったのに」
「荷物持ちっていうか、浄化の手伝いが必要だったね。花音の部屋に入り込んでてね……それで、この子ちょっと油断するとすぐに引きずり込まれるタイプだから、祐樹も覚えといて」
「あ、はい。そんなに? あーでも、最近見え始めたっつーならなかなか慣れないかあ。まあうちにいれば大丈夫だから」
祐樹さんはそう私に言いながら、荷物の一つをひょいっと持ってくれる。私は頭を下げて二人にお礼を言いながら、自室へみんなで運び込んだ。
とりあえず着替えなどは揃ったし、布団はネットで買うとして、届くまでちょっと困るけどマットレスがあるし何とかなるだろう。バスタオルでも体に巻いておけば寝れる。
全て運び入れた後で、竜崎さんが思い出したように私に言う。
「あ、そうだ。規約を渡したいからちょっと来て」
「はい」
私は素直にそう返事をしたのだが、なぜかそれを見て祐樹さんがちらちらとこちらを心配そうに見ていることに気が付いた。ただ規約を貰いに行くだけなのに、何でそんなに落ち着かない様子なのだろう?
不思議に思ったが追及することもなく、私は一旦部屋から出て、ピンク色のプレートがかかった部屋の前に行く。竜崎さんががちゃっとその扉を開け、中に入って行く。
覗くつもりはないけれど、開いている扉の前まで移動すれば自然と中の様子が見えてしまう。そこで、私は予想外の物を見てぎょっとした。
「えっ……こ、これは……」
「えーと確かここに……これこれ」
広さは私と変わらない洋室。シンプルなベッドに、シンプルな机があってそこは非常に竜崎さんらしいと思った。
だが、壁に……ベッド側の壁には。
アイドルのポスターがどんと貼られていたのだ。
唖然としてそれを見てしまった。私は知らないアイドルグループのようで、十代と思しき女の子たちが笑顔で五人、笑っている。右下にはグループ名なのか、『ルナテスラ』と可愛らしい字体で書かれている。
それだけではなく、竜崎さんが漁っていた机の上には、ルナテスラたちのアクリルスタンドとマグカップが置いてあった。
……まさかのドルオタ?
ちょっと待ってほしい、ついていけない。この時代、推しを作るのは珍しいことではないし、アイドルや声優、俳優に女優など、みんなそれぞれ推しはいるだろう。私はそれ自体はいいことだと思っているし、私だって好きな芸能人の一人や二人はいる。
だが今驚いているのは、竜崎さんというキャラからドルオタがあまりに結びつかないからだ。だってどう見ても彼は、『芸能人なんか興味ありません』っていうキャラじゃないか。
「これ、規約ね」
ぽかんとしている私に、竜崎さんが紙を差し出してくる。それを受け取りながら、私はつい聞いてしまった。
「……お好きなんですか? あのアイドルたち……」
「え? ああ、まあね。知ってる?」
「す、すみません、私は存じ上げておらず……」
「ルナテスラは五人組のアイドルなんだ。それぞれ名前が茉莉、美月、香苗、紬、花音と言って、まだまだ駆け出しだけど頑張ってる子たちで」
「花音?」
「え? ああ、あの一番右の子ね」
ポスターの右端の子は、花音という名前らしい。
それを聞いてもしや、と思い当たることがあり、私は恐る恐る竜崎さんに尋ねた。
「……もしかして……私の名前を聞いた途端、入居を許可したのって……」
彼はあっけらかんと返事をする。
「いい名前だよね。その名前を聞いたら邪険に扱えなくて」
推しと同じ名前だったからですか……!
私はがくりと項垂れるが、竜崎さんは気づいていないようで、規約について簡単に説明をしてくれた。もはや脱力して、彼の説明が何も耳に入ってこない。私は簡単に返事をすると、ようやく竜崎さんの部屋の扉を閉めた。
げんなりしている私を、廊下で祐樹さんが生温かい目で見ている。私は彼に言う。
「……この名前のおかげで、私はここに入れたんですね……」
「まあ、竜崎さんの一番大事なグループだし……」
「いいんですけど。いいんですけどね? なんか、複雑な気持ちになります……! あれ、もしかして竜崎さんの私物にピンクが多いのって」
「グループの中でも最推しの、美月のイメージカラー。グッズがそういう色」
「……なるほど」
ようやく合点がいった。竜崎さんがピンクって不思議だなと思っていたのだ。あれも全部アイドルから来ているものだったのだ。
祐樹さんは苦笑いをしながら私に言う。
「まあ、入居のきっかけは確かに複雑かもしんねーけど、竜崎さんにもいろいろあるからさ。前向きに考えとけよ」
「……そうですね。この名前でよかったです」
ここに入ることが出来たので、身の安全は確保されたのだから、私にとってはメリットしかなかった。なので、祐樹さんの言う通り前向きに考えよう。
花音という名前じゃなかったら多分受け入れられていない……なんて、考えなくていいよね。
とりあえず荷物の整理をしているとあっという間に日が暮れて、気が付いたときには外が暗くなっていた。そこで、夕飯のことを何も考えていなかったことを思い出す。
食事はそれぞれ取るという決まりだった。私はまだ買い物に行けていないので、食材が何一つない。
「しまった、先に買い物に行くべきだったかな」
スマホで周辺の地図を見てみると、この辺は住宅街で飲食店はない。十五分ほど歩いたところにスーパーがあるようなので、ここに行くしかないようだ。あとは、駅もそれぐらいの場所にあって、そこにはコンビニがあったのを確認している。
「当分の食料品とかを買うならスーパーだけど、今からスーパー行くのは体力的に辛いなあ……荷物持って歩いて帰らなきゃいけないし」
スーパーは明日ゆっくり行くことにして、今日はコンビニで夕飯と飲み物だけ買ってこようか。そう心に決めると、カバンを持って部屋を出る。
するとふわりと、鼻にいい香りがつく。
「あ……カレーだ」
食欲を刺激するスパイシーなあの香り。一気にお腹がカレーを求め始めてしまう。竜崎さんか、祐樹さんがカレーを食べているのだろう。
いいなあ、私もカレーにしようかな。
そう思いながら玄関に向かったところで、家の鍵を貰っていないことを思いだす。私は一旦リビングへ顔を出した。
「あの~……」
覗き込んでみると、ダイニングテーブルに座った竜崎さん、それからキッチンに立つ祐樹さんがこちらを一斉に見た。
「あ、片付け終わった?」
竜崎さんが尋ねてきたので頷く。
「はい、一通り。あの、出かけようと思うんですが、鍵って」
「あーそうそう、渡そうと思ってたんだよね。はいこれ」
彼はポケットから鍵を一つ取り出して渡してくれる。よくあるシンプルな銀色の鍵で、手のひらにひんやりと冷たさが伝わってくる。
「ありがとうございます。じゃあ……」
「おい。よかったら食う?」
キッチンに立っていた祐樹さんが私に声を掛けてきたので、驚いて目を丸くした。彼は両手にカレー皿を持ってダイニングに入ってくる。
一つを竜崎さんの前に、もう一つはその向かいの席に置く。
「まだ食料なんて何もないだろ。食うなら分けてやる」
「えっ。でもいいんですか? 家事は各々だって……」
「基本は、だよ。別に誰かが振舞ってもいいんだよ。特に初日なら、まだいろいろ不足してるだろうし」
祐樹さんが竜崎さんの正面に腰掛ける。竜崎さんはスプーンを手にして、私を見た。
「本当は僕が作ろうかなって思ってたんだけど、祐樹がやってくれるって言うから」
「いや、竜崎さんはいいんですよそこで待っててくれれば! カレーなら俺作れますから!」
二人の親切心に、ぐっと胸が熱くなる。私は微笑んで、頭を下げた。
「ありがとうございます、嬉しいです……! 頂いてもいいですか?」
「おー自分でよそってこい」
祐樹さんに言われてキッチンに入ってみると、鍋の中にまだたくさんのカレーが入っているのが見えた。よくあるルーを溶かすタイプのカレーのようだが、私にとっては最高に美味しそうな料理に見えた。
ご飯とカレーをよそって、祐樹さんの隣に座る。待っててくれた二人と声を合わせて挨拶をした。
「いただきます!」
一口頬張ると、やっぱり最高に美味しいカレーだった。あまりに美味しくて、ジワリと涙が浮かぶ。
ここ三ヵ月ずっと、何かを美味しいなんて思えなかった。毎日疲れて怯えて、そんな日々を送っていたからだ。でもここでは美味しい物を味わう余裕もあるし、夜はゆっくり眠れるんだ。それを改めて思い、全身が熱くなる。
泣きそうになっている私に気づいたのか、隣の祐樹さんがぎょっとした目でこちらを見てきた。
「は!? え、なに、何で!?」
「すみませ……美味しくて」
私は慌てて涙を拭い、二人に笑って見せる。
「凄く美味しいですね。祐樹さん、料理上手ですね!」
「そ、そんなに? いや、俺はカレーしか作れないよ。あ、あとシチューか? そういうものしか作れないし、普段は料理とはあんましないから」
「そうなんですか? 竜崎さん、さっき作ろうと思ってたって言ってましたけど、料理好きなんですか?」
私が尋ねると、竜崎さんはカレーをゆっくり飲み込んだ後に言う。
「あんまり作らないけど、まあレシピ見れば何とか作れる」
「わあ、そうなんですね。今度食べてみたいです。もちろん、私も次はご馳走しますね!」
私は嬉しくて笑いながらそう言った。優しい人たちと一緒でよかった、と思いながら。
ただ、食べ終えた後、みんなの分のお皿を洗っていると祐樹さんが近づいてきて、苦々しい顔で言ってきた。
「竜崎さん、やたら料理しようかなって言いだすけど、びっくりするくらい料理下手だから」
「えっ……そうなんですか?」
「地獄の味がする」
「どんな味ですか」
「とにかく命が惜しければ、竜崎さんがキッチンに立つのは阻止するんだ。規約には載ってないけど、大事な決まり事だ」
祐樹さんがやけに真剣な顔でそう言ったので、私は声をあげて笑ってしまった。




