体が重い
竜崎さんが運転する車の中で、私たちはどっと疲れていた。
「急に幸太郎さんが帰ってくるなんてびっくりでしたね……」
私は後部座席で、背もたれにもたれながら言う。竜崎さんだけは普段と変わらない様子で答えてくれる。
「予想外だったね。でも今回、花音がいてくれてよかった」
「コーヒー零しそうだからですか?」
「違うよ。僕たち二人じゃ、友人って言うのはおかしいでしょ。優香さんが男二人を家に招き入れたことになる。女性が一人でもいてくれると、友人という呼び名が一気に現実味を帯びるんだよ」
「あ、そっか……」
竜崎さんと祐樹さんだけじゃ、あの言い訳は通用しなかったか。そう思うと、少しは役に立てたのかな、と思う。
祐樹さんがため息をつく。
「でも何もわからないままでしたね、また明日行きますか」
「そうだね。明日、ヒトガタがどうなっているのかも気になるし」
「っつか、ヒトガタの出番あります? だとしたら、家の状態が変じゃないですか」
「それはそうなんだけどね」
二人が当然のようにあのヒトガタについて話すので、私は後ろから顔を出して質問する。
「あれってお守りって言ってましたけど、何か他にあるんですか?」
「竜崎さんが作るあれは、お守りっつーか身代わりなんだよ」
「身代わり?」
「呪詛を掛けられた時に、あれが攻撃を受けてくれる。呪詛以外だと、残念ながらあれには効果がない」
呪詛という単語に、一瞬息が止まってしまった。呪詛……とは、素人でも分かる単語だ。呪い……つまり、誰かが優香さんを呪っているということ?
一気に血の気が引いた。幽霊が出るというのと、誰かに呪われているのとでは、また違った恐怖が襲ってくる。
「優香さんが呪われているんですか……?」
震える声で私が訊くと、なぜか二人して同時に首を傾げた。祐樹さんだけではなく、なぜ竜崎さんまで首を傾げているんだ。
その解説を、ハンドルを握ったまま竜崎さんが始める。
「あの黒いモヤを見て、そうじゃないかと思ったんだ。霊に取り憑かれているだけであのモヤは見たことないから。呪詛も形がいろいろあってそれぞれなんだけど、恨む気持ちが強いとああいうふうに出ることがある」
「それに関してはわかるんすけど、だとしたら変なところがありますよ。あの黒いモヤは花音にもまとわりついていたし、ちょっかい掛けてたじゃないですか。優香さんに呪詛を掛けているなら、ただ近くにいただけの花音が被害を受けるのは変だと思います」
「そうなんだよね……それは僕も思ったんだ。呪詛は基本、呪ったその相手のみに効果を発するからね。今日会っただけの花音まで巻き添えを食らうのはおかしい。そこで、家自体に呪詛が掛けられている可能性を考えた」
なるほど、優香さんを呪った、ということではなく、あの建物に呪いをかけたということか。そうすれば、私にも被害が出たことも納得がいく。
しかし、祐樹さんは首を横に振った。
「それも変です。家に掛けられていたなら、あのモヤや花音の件は説明がつきますけど、そうなると幸太郎さんが無傷なのはありえないです」
祐樹さんがきっぱり否定する。普段、竜崎さんに懐いている祐樹さんだが、こういう時はしっかり意見を言うタイプらしい。そしてそれを聞いて私も確かに、と心で呟いた。
家自体が呪われているのなら、それこそ住んでいる幸太郎さんも被害を受けるはず。
竜崎さんは小さく唸る。
「祐樹の言う通りなんだ……幸太郎さんが無事っていうのがおかしなことでね。だから僕もヒトガタを渡してみたのは半信半疑。今回の件、なんだか不可解なことが多くて」
「まあ、それは同感ですね……」
結局のところ、わからないことだらけということか。呪詛というのは可能性であって、まだ確定じゃないらしい。
黒いモヤ、被害を受けない幸太郎さん、私が見た男の人……。
「あの、私が男の人の足を見た後に、優香さんに心当たりありませんかって尋ねたじゃないですか。なんか隠してた感じしませんでしたか?」
話を割ってそう言ってみると、祐樹さんが驚いた顔をした。
「え、まじ? 俺気づかなかったわ」
「祐樹は単純だからな……」
「竜崎さんに言われてしまった……」
「なんか言った?」
「いえ、なんでも」
「花音が言う通り、何かいいたいことがあるっぽかったよね。男の人か……もし呪詛の可能性があるなら、掛けてる人が男なんだろう」
私は呪いをかける姿を想像してみる。だが、あまり知識のない私の脳裏に浮かぶのは白装束を着た女が藁人形に釘を刺す、いわゆる『丑の刻参り』で、呪いと言えば女を連想してしまうのは偏見だな、と反省する。
それにしても呪詛とは、思っていた仕事内容と随分と違ったな。
「あの、もし呪詛だとしたらどう対処するんですか?」
「そこだね……呪詛の対処は非常に難しくて。一つは呪詛返し、つまり呪ってる相手に返してしまう方法があるけど、危険もあるしやりたくないんだよね。やっぱり一番は呪ってる相手を探し出すことだね」
「そんな事出来るんでしょうか……」
「あのヒトガタみたいな身代わりを作りつつ探る。地道だけどそういうやり方かな」
私はもう一度シートに深く座り、全身を預けて力を抜いた。予想よりずっと大変そうだ……正直、私が幽霊を見て竜崎さんたちに伝えて、その場で除霊とかをして終わり、ぐらいかと思っていた。複雑なんだな。私の考えが浅すぎたのだろうか。
「とりあえず今日は終わりだから、ゆっくりしよう。お昼食べて行こうか。祐樹と花音は何を食べたい?」
「お、いいっすねえ! 俺寿司とか、ラーメンがいいかなー竜崎さんは?」
「うーん……和食とか。寿司もいいね」
「この辺は店を知らないから、スマホで検索してみますね。花音は何がいい?」
「えっ。えーとえーと……ラーメンはちょっと重いかもしれません。寿司とか和食がいいかな、と」
「んー……あ、帰り道に回転ずしありますよ! どうですか?」
「決まり」
正直なところ、いろいろなことがあって食欲が全くないので、量を調整できる寿司がありがたかった。そして、私とは違って二人は元気いっぱいなのが凄いと思う。タフだなあ。場慣れしているからだろうか。
私はふうと息を吐いて背もたれに身を任せた。どっと疲れが襲ってきたようで、体がやけに重い。とはいえ、何もしてないんだけどな……やっぱり、怖い体験を味わったからだろうか。慣れない環境は疲れて当然だ。
足は張り付いたように動かず、徐々に顔が下がり全身もやけに重い。まるで高熱が出て体中ウイルスに蝕まれているようだ。頭はぼうっとしているし、眠りの世界へ誘われる。車が到着するまで、少し眠ってもいいだろうか。竜崎さんに運転を任せた状態で、ずうずうしいとわかってはいるけれど、抗えそうにない。
……待て。
半分遠ざかる意識の中、違和感を覚えた。遠くでは竜崎さんたちの会話が交わされているのがわかるが、耳に膜が張っているような感覚で何かがおかしかった。体は一向に動かない。呼吸はしっかりできているが、半分閉じてしまった瞼も言うことを聞かないし、もはや眼球すら思うように動いてはくれない。
ああ、これは疲れじゃない。
金縛りだ。




