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いい香り……??



「二か月前に、何か変わったこととかなかったんですか? んー例えば変な物拾った―とか、周りで誰かが亡くなったーとか」


 祐樹さんが尋ねるも、優香さんは静かに首を振った。


「私もずっと色々考えてきたんですが、全くないんです。本当に普段通りの生活をしていたら突然変なことが起こり出して……」


 疲れ果てたような顔をした優香さんに、私は胸を痛めた。彼女の気持ちがよくわかったからだ。


 私もある日突然変な物が見え出して、夜も眠れないし誰にも話せなかった。今こうして竜崎さんたちと会えたからまだよかったけれど、一人ぼっちだったらどうなっていたか。優香さんのこの二か月を想像すると苦しい。


 竜崎さんは真顔のまま言う。


「正直に言いますが、僕らから見たらこの家は真っ黒です」


「真っ黒……?」


「なんていうかな、黒いオーラで満ちている感じです。でも、なぜこんな風になっているのか原因はわからない……少し時間をかけて調べたいです。幸太郎さんがいない間だけの調査にしましょうか」


「は、はい、お願いします」


「ではさっそく家の中を見させて頂きます」


 竜崎さんの声をきっかけに祐樹さんと私が立ち上がる。優香さんは不安げに私たちを見ていたので、私は優しく声を掛けた。


「実は私もそういう怖い経験があって……それまで何もなかった日常が急に変化してしまって悩んだことがあるんです。なので気持ちが分かります」


「え……そうなんですか」


「はい。元々は私、見えない人間でしたし……ある日急に怖い思いをして眠れないし、ご飯を食べるのもままならなくて。家の中が怖いって最悪じゃないですか? 外ならまだしも」


「そうなんです! 逆ならまだよかったのに、って思うんです」


 泣きそうな優香さんに、私はゆっくり頷いた。


「竜崎さんと祐樹さんに任せておけば大丈夫ですよ」


 微笑みかけると、優香さんも少し微笑み返してくれた。同じ体験者である私がいることで、少しでも気持ちが楽なってくれればいいな。


 私は優香さんに頭を下げると竜崎さんたちの背中を追った。


 リビングを出て玄関に出ると、竜崎さんと祐樹さんが立っており、竜崎さんが私をちらりと横目に見た。


「あ、すみませんお待たせして……」


「いいね」


「はい?」


「そういうフォロー、花音ならではって感じがする。雅はタイプが違うから」


 竜崎さんがさらりと言ったので、一瞬何を言われたのか分からなかった。少しして、優香さんに声を掛けていたことを褒めてくれたのだ、と分かって顔が熱くなる。


「あ、い、いえ、私なんて下っ端なのであれぐらいしか出来ないと言いますか……」


「こら、舞い上がるのも分かるけどほどほどになー?」


 祐樹さんが恨めしそうに私を見ているので苦笑いをした。彼は基本いい人なのだが、どうも竜崎さんが絡むと敵意を向けてくる。別に、竜崎さんを狙っている女などではないのだが……。


 竜崎さんはそんな祐樹さんをスルーして話し始める。


「さて、まずはみんなで見て回ろう。このオーラの元凶がどこかにいるかもしれないから、花音は何か見えたらすぐに僕か祐樹に教えて」


「は、はい!」


「ただ……これは普通の霊じゃない気がするな……不思議だ」


 竜崎さんが腕を組んで考え込んだので、私は恐る恐る尋ねる。


「普通じゃない、ですか?」


「だって、君こんな凄いオーラの家見たことある?」


「ないです。初めて見ました」


「僕もなかなかないよ。そこいらの霊じゃ家がこんな風にはならないから用心が必要だ。特に花音は気を付けること」


「は、はい……」


 ごくりと唾を飲み込んで返事をした。私は引きずられやすいタイプだと聞いているので、おかしなことをしないように気をつけよう。とにかく二人から離れず、霊がみえても目を合わせないことが重要だ。


 周りを見てみると、黒いモヤが生き物のように蠢いている。それが自分の足元に絡むように近づいているので、つい眉を顰めてしまう。実体がないので、これらのせいで転んだりすることはないと思うが、気分のいい物ではない。


 すると竜崎さんが無言で、私の足元を強く踏むように足を出した。彼の足を避けるように、モヤたちはすすっと離れていく。やっぱり祓う力がある人は違うな、と感心してしまった。


「すごい」


「目ざわりだね。さ、行こう」


 彼はついでと言わんばかりに私の背中をさっさっと払ったので、もしや後ろにモヤがくっついていたのか……と、複雑な思いになった。







 三人で家の中を見て回る。


 一階は玄関にリビングダイニング、そこに隣接する形で小さな和室があった。他にはトイレとお風呂というよくある造りのもので、おかしなものは何も見当たらなかった。


 二階は寝室が三部屋とトイレ。夫婦の寝室以外の二部屋は物置状態になっていて、恐らく子供部屋の予定で造られたものだ。今は本棚や段ボールなどが置かれており、あまり人が入っていないことがわかる。


 一部屋ずつゆっくり見ていったが、どこにも霊の姿らしきものはいなかった。三人で首を傾げつつ何度も見て回るも、見つけられない。


 三十分ほど見た後に、一旦優香さんがいるリビングへ戻った。


「これだけ凄い家だから簡単に見つかりそうなもんなのに、案外隠れてますねー」


 祐樹さんが困ったように肩をすくめる。優香さんは少し離れたところから不安げに私たちを眺めていた。


 竜崎さんはそんな優香さんに向かって丁寧に説明を始める。


「すみません、少し時間がかかるようです。霊にも種類や性格もあるし、すぐに見つかる場合と見つからない場合もある。そこで一旦、この嫌な空気感を変えてみようと思います。自分が染め上げた家の空気感が変わると、霊が不快に思って姿を現すかもしれない」


「は、はい。空気を変える……?」


 不思議そうに言った優香さんに返事はせず、竜崎さんはゆっくり辺りを見回した。そして一つ頷いたかと思うと、何やらポケットをまさぐる。そこから出てきたものを見て、私は一瞬目を見開いた。


 またしてもどピンクな色をした、小さなスプレーボトルだった。


 よく百円均一などに売っているタイプで、手のひらに収まる大きさの、プラスチック製のものだ。アロマやアルコール消毒などを移し替えて持ち歩く、あれだ。除霊だとか怪奇だとかに似つかないピンク色のスプレーボトルを、竜崎さんは涼しい顔をして取り出したのだ。


 私はぽかんとしてその光景を見ていたが、すぐに気を引き締めた。まあ、ボトルは推しの色だからという理由で持ち歩いているのだろうが、中身はきっと凄い物が入っているに違いない。例えば、清めると言えばお酒だろうか? そういったものでこの家を何とかしてくれるんだ、きっと。


 優香さんも私と同じような顔をしていたが、特に何も口には出さず竜崎さんを見つめている。彼はキャップをはずし、何もない空間に向けて何度か中身を吹きかけた。

 

 途端、鼻にふわりといい香りがつく。


……これは……


 間違いなく、ただの『いい香り』だと思うのだが……?





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