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 「そう云や君らって、報酬どないなっとんの?」

 どこかから失敬してきた給茶機を使って出した玄米茶を飲みながら、都子が何気なく問う。

 「ほうしゅう?」

 「何も貰ってないよ?」

 知佳と蓮は顔を見合わせた(のち)、揃って都子の方を向いた。

 「はぁ? まさか無報酬でこんなことしとんの? ――うわ、まじかあのオッサン」

 「えっ、なんか貰えるはずなんですか?」知佳は両手で持った紙コップの煎茶を啜りながら、都子を見上げる。

 「おう! 後で神田っちシメとくわ。安心し。X国案件の分と併せて、ちゃんと貰わなあかんやんな」

 「はぁ……いや、なんかこう云う正義の味方っぽいことって、ボランティアなのかなって……」

 「ボランティアなんちゅうもんは、無理矢理連れてかれてするもんとちゃうし。子供(さら)って只働きさせるって、唯の人攫いやんけ。あかんわ、確り締め上げとくわ――第一うちら、別に正義の味方とちゃうで。ビジネスやん。お、し、ご、と!」

 「そうなんだ……」

 「えーでも、お金とか貰っても、お父さんになんて云えば好いのか」蓮も困惑気味に、ほうじ茶の紙コップに視線を落とす。

 「ほんまや。結構な所得になるやん。申告せな税務署来るわな。――あー、そう云うことかぁ。でも本人がなんも聞かされとらんのは、やっぱ奇怪しい。神田っちにちゃんと説明させよ。どないなっとんのか」

 「よろしくおねがいしまーす」「しまーす」

 「ほな、次行こか!」

 都子は空になった紙コップを握り潰してから、給茶機脇の(ごみ)箱へ捨てた。知佳と蓮も慌てゝ飲み干して、同様に塵箱に捨てると、給茶機と塵箱は一瞬にして掻き消えた。

 「では次は社長本人な」

 仁美の父親が目の前に現れる。知佳はその中へと下りて行ったが、直ぐに戻って来て、

 「無いです」

 と報告した。

 「早。ほな次はな、スペシャルゲスト!」

 次に現れたのは見知らぬ小父さんだった。

 「じゃーん、高宮専務ぅ!」

 高宮専務は、どうやら机に向かっている姿勢で、書類か何かを読んでいる様だった。ただ、椅子も机も、その読んでいるだろうものも、この場には出現していないので、なんだか迚も奇妙な感じだった。

 「起きてるんですね……」

 「そうや。ただ、彼にうちらは見えとらんからな。夜中に読みものしている最中やから、多少の誤魔化し利いとるけど、よくよく気を付けて周り見たりすれば違和感感じるはずや。せやから手早く済まそ」

 「でもこの人だったら、イヤリング知ってて当たり前じゃないですか」

 「そうや。確実に心の中にそれはある。詰まりそのイヤリングにまつわる情報が得られる」

 「ああ、なるほどぉ」そう云って知佳は、高宮専務の心の中に下りると、直ぐにそれを見付けて、二人に共有した。

 「おお、これかぁ。写真で見るより大分高級感あるな」

 「高宮さんの思い込みが加算されているかも知れないですけどね」

 「そうか、なるほどなぁ」

 知佳はイヤリングに纏わる高宮の記憶を展開した。元々これは高宮の娘にと思ってオーダーメイドしたもので、その費用は数百万だった。

 「なにそれ、億じゃないじゃん。てか娘に数百万って時点でもう、どうかしてる」蓮が文句を付けるが、記憶はそれに構わず展開を続ける。

 娘の五歳の誕生日に渡してみたのだが、娘の反応は想定外の物だった。

 ――えーやだぁ、これ、かぐやに意地悪する人、あたし嫌い!

 娘は主人公である月読かぐやのファンであり、それに敵対するアルテミス銀子は余り好きじゃなかった様で、殆ど全くと云って好い程興味を示してくれず、一度も手にして貰えない儘暫く持て余していたのだが、と或るSNSソーシャル・ネットワーク・サービスで極めて内輪の友人たちに晒して見せたところ、数億出してでも譲り受けたいと云い出した者がいた様だ。

 「億になっちゃったよ……」知佳は思わず呆れた声を出す。

 そんな事態に流石の高宮も冷静さを失い、そこから記憶があやふやになって来るのだが、その友人に先ず実物を見せる必要があると思い、或る日――クリスマスの十日程前のことだが――イヤリングを懐に忍ばせて出勤した。その日の業務後にその友人と逢う心算(つもり)だったのだ。然しその日は殆ど隙間なく詰め込まれた定常業務の他に、偶々(たまたま)細かいトラブルが幾つか重なって、なんだかんだと矢鱈(やたら)忙しく過ごした結果、退勤時にはイヤリングの所在が判らなくなっていた。加えてその日は偶々社長が終業後に家族サービスをする予定があった為、夕方位には社長夫人と娘が応接室に居たらしい。

 「えっ、それだけで仁美疑われてたの? なんか非道(ひど)い。専務の管理が悪いだけじゃん。そもそも娘の推し位把握しとけっての」蓮は口を尖らせた。「――自分で何処かに置き忘れたんじゃないのぉ?」

 「詳しく記憶探ることも出来るんだけど……ちょっと時間掛かっちゃうし、下手したら本人に気付かれる危険もあるの……って、いきなり心読まれたって思われることも無いだろうけど、違和感持たれて周りとか気にし出されたら、ちょっと(まず)いかもって」

 「ほな一旦出直そか」都子は高宮を帰した。「奴が寝た頃に、もっかい召喚するわ」

 そして次に、都子は仁美の兄を連れて来た。

 「こんな奴もおったわ。すっかり忘れるところやった」

 「あら。寝顔は一寸美形かも」

 蓮が覗き込み、うっすらと笑いながら、唇を舐めた。

 「おいおい、蓮ちゃん、襲ったらあかんで。ゆうて触られへんけどな」

 「襲わないよぉ、なにそれ! あたし別にこの人好きじゃないし」

 そんな会話を気にもせず心の中へ下りていた知佳が、吃驚したように目を見開いて、「ちょっと、これ!」と云って見て来たものを二人に共有した。二人の目の前に「月の紋章(エンブレム)」の様々なイメージが溢れ返る。

 「うわなにこれ!」蓮が悲鳴の様な声を挙げた。

 「こいつオタ君やったんかい。鳥渡状況怪しなって来たな」

 殆どがアニメの一シーンの、動画や静止画ばかりだが、フィギュアの様な物や、アクリルスタンド、ストラップやキーホルダー、Tシャツやポスター、怪しげな同人誌など、様々な関連グッズも所狭しと並んでいる。

 「ひい、抱き枕。キモ」蓮が身を(よじ)ってそれを避けている。

 「これ全部持ってる訳やないやろ?」

 「いやぁ……」知佳はいくつかの物を無作為に調べながら、「今のところ持っていないものはなさそうですけど……」と、顔を歪めながら云う。

 「マジか」

 「キモイキモイキモイ、無理無理無理無理ムリムリ!」蓮は己の両二の腕をぎゅうと掴んで、肩を(すく)めながら知佳の隣へ逃げて来た。

 「でも見た限り……例のイヤリングは無さそうですね……」

 「そうやなぁ……」都子は腕を組んだ儘、或る一点を凝と見詰めていた。

 「ああ、そこ」知佳は都子の視線に気付いて、数歩そちらへ歩み寄った。二人で薄い(もや)の掛かった様な一画を見つめる。「なんかよく見えないんですよね。余りこう云うことないんですけど、偶にガードの堅い領域を持っている人がいて。頑張ってこじ開けられないことも無いんですけど、隠すには隠すだけの理由があると云うか……見たいような見たくないようなと云うか……」

 「そうなんや。まあ確かに、このラインナップからの隠しエリアって、なんとなく子供が見たらあかんモンが詰まってそうな気もするわなぁ。レンタルビデオ屋の暖簾(のれん)の奥、みたいな」

 知佳は最後の(たと)えの意味が好く理解出来ず、目を(しばたゝ)いた。

 「ああ、ええねんええねん、こっちの話。ま、時と場合によってはこじ開けることになるかも知らんけど、今は置いとこか」

 「はい」

 知佳は共有を切り、都子は六郷家の長男を解放した。これで関係者は全て確認したことになる。知佳はうんと伸びをしてから、大きな欠伸をした。目もとろんとして来ている。蓮も連られて大欠伸をした。

 「そろそろ君等も限界かな。今日はこの位にしといたるか。高宮の続きは明晩やな。神田っちには報告がてらよぉく叱っとくから、今日はもうお休み」

 「はぁい」「おやすみなさい」

 「ほな、知佳ちゃんはここ、蓮ちゃんはここに横んなって。布団の中へ直送したるから」

 二人は云われた通りに横になると、一瞬にして世界が戻り、布団の温もりが帰って来た。そしてその儘目を閉じると、直ぐに寝息を立て始める。


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