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 帰り道、知佳と蓮は翌日の計画に思いを馳せていた。

 「明日はリフトに乗りたいな」

 「山頂行きたいよね!」

 「えー、それはやだよ、怖いよ」

 「行こうよ、知佳ぁ」

 「蓮一人で行って来て」

 「もぉ。付き合い悪いなぁ」

 神田達に逢ったことなど、微塵も感じさせない。

 「山頂迄行っちゃうと、中級コースしかないぞ。蓮ちゃん大丈夫か?」

 「なんとかなるっしょ!」

 三科父の心配も撥ね退()けて、蓮は遣る気満々である。どうせいざとなったらテレポートする気なのではないかと、知佳は(いぶか)っている。

 〈人前でテレポートとかしないでよね〉

 知佳は蓮にテレパスで確認してみた。

 〈あ、知佳ったらそんなこと疑ってるんだ! ひどいなぁ。ちゃんとスキーで下りて来るよ!〉

 〈無茶はしないでね。ユウ君いないんだから、怪我したら大変なんだよ〉

 〈大丈夫、大丈夫。まあいざとなったら……〉

 〈ほら矢っ張り! 駄目だよ!〉

 〈冗談だって。心配性だなぁ〉

 蓮は知佳の方を向いて、ニッと笑って見せた。そして「あー、おなかすいたなぁ」と(わざ)とらしく声に出して云う。

 「宿着いて暫くしたらご飯だよ。それ迄温泉でも入ってたら好い」

 蓮の父が振り返って云った。

 「やったあ! 温泉入る! 知佳も一緒に入ろ!」

 「あ、うん」

 蓮は大のお風呂好きだ。知佳は時々付いて行けないのだけど、温泉なら話は別である。とは云え蓮は放っておいたら、日に五度でも六度でも温泉に入りそうだけど、流石に知佳もそこ迄は付き合えない。然し食事前に一風呂位なら(むし)ろ大歓迎である。

 「早く早くぅ! 温泉が待ってるよ!」

 スキーブーツで歩きにくい筈の蓮は、なんだかスキップでも始めそうな位の勢いで、ペースを上げて親たちを追い抜いて、先を急がせた。

 「温泉は別に蓮のことなんか待ってないよぉ。そんな早く行かないでぇ」

 知佳が悲鳴を上げる。いい加減足が痛い。

 「あたしは温泉を愛し、温泉に愛された女の子! 待っていない訳が無い!」

 「蓮何云ってんの」

 「好いから早くぅ!」

 「足痛いんだよぉ」

 「尚更早く温泉に入らなくちゃ!」

 もう滅茶苦茶である。ヒイコラ云いながらやっとのことでペンションに辿り着き、ブーツとウェアを脱いで部屋で座布団に座り、母が淹れてくれたお茶を一口飲んで、知佳はやっと人心地着いた気がした。そこへ蓮が乱暴に引き戸を開けて乱入してくる。

 「知佳! 温泉!」

 単語だけ(まく)し立てゝ、知佳を催促する。

 「もぉ、諒解(わか)ったよぉ。……お母さん、お風呂入ってくる」

 「知佳浴衣着れたっけ?」

 母の質問に知佳は小首を傾げた。

 「帯の結び方とか、わかんない」

 「まあちょうちょ結びで好いんだけどね。後でお母さん行くから、先に蓮ちゃんと入っといて。そこに浴衣とタオルとセットになって置いてあるから、持ってきなさい」

 「はあい」

 知佳はタオルと浴衣を持つと、蓮と一緒に大浴場へと向かった。

 大浴場と云う名の割にそれ程広くはなかったが、それで却って温泉の匂いが濃く立ち込めていた。壁面には「温泉の正しい入り方」と云うプレートが打ち付けられている。

 「最初に掛け湯して、汗と埃流してから、入れってさ。体洗うのは入った後だって」

 「そんなの云われなくても知ってるよ! 温泉少女には常識よ!」湯船のお湯を体に浴びながら、蓮は得意気に云う。

 「何よ、温泉少女って」

 「先に洗うとね、体に見えない程小さな傷が沢山付くから、その状態で温泉入ると成分が必要以上に体に入って来ちゃって、湯当たりし易くなるの。だからって掛け湯しないで入ったらお湯汚れるからね。掛け流しとは()え、マナーだから。掛け湯はちゃんとしなよ」

 「なるほど、温泉少女だわ……」

 知佳は蓮の指導の元、掛け湯をして湯に浸かった。

 「あぁー、極楽ー」

 「やめてよ蓮、どこのおっさんよ」

 「おっさんじゃないよー、おんせんしょーじょだよー」

 蓮は(とろ)け顔に蕩けた声で、ニンマリ笑いながら応える。

 「もぉ、ダメな子になってるぅ」

 そう云う知佳も、スキーの疲れが出たのか蕩け掛けていた。

 浴場の扉が開き、人が入って来る。ひたひたと云う音を立てゝ湯船迄来て、掛け湯をする音が聞こえる。知佳はうっすらと目を開けてその人物を見定める。

 「あ、なんだ、おかぁさん……」

 知佳の母はそっと湯船に入ると、二人の方へと近付いて来た。

 「こらぁ、二人とも寝ちゃダメよ」

 「起きてるよぉ。ねぇ、蓮?」

 知佳が蓮の方を振り向くと、蓮は若気(にやけ)顔の儘目を閉じて凝としていた。

 「蓮? 寝ちゃだめだよ」

 「ふぁあ? おきてるよぉおお」

 「露天もあるみたいだから、二人で行って来たら?」

 母の提案に蓮はぱちりと目を開けた。

 「露天! 行きまふ!」

 そしてザバリと湯飛沫(しぶき)を立てゝ立ち上がると、少し蹌踉(よろけ)けて知佳に掴まった。知佳は不意を突かれて湯船の中へと引き()り込まれる。二人でバシャバシャと暴れていると、母が一人ずつ脇を抱えて立ち上がらせた。

 「危ないじゃないの、もっと落ち着きなさい」

 蓮も知佳もゲホゲホと(むせ)せながら、「はぁい」「ごめんなさぁい」と(しお)らしくなり、そろりそろりと忍び足で露天へと向かって行った。

 「もぉ。蓮の所為で怒られたぁ」

 「ごめんごめん。露天て云われて舞い上がっちゃった」

 「つうかあたし今、殺されかけたよね?」

 「そんな莫迦な! 大好きな知佳殺す訳ないし!」

 「一々大好きとか、付けなくて好いよぉ」

 知佳は上せ気味の頬を更に赤く染める。蓮はそんな知佳を眺めながら、悦に入る様に笑っている。

 露天へ続くドアを開けたら、冷たい風がさっと吹き、火照(ほて)った体に心地好く感じた。

 「ひんやりぃ!」

 「目、覚めた?」

 「もぉ、ぱっちりよ!」

 露天風呂は大きな岩場の中にあった。蓮は足を滑らせないよう、そっと気を付けながら入ると、肩迄浸かって(うめ)いた。

 「うぁあー、いいねぇ」

 知佳も続いて入りながら、「開放感、きもち好い!」と嘆息する。

 そこへ母も遣って来て、苦笑しながら知佳の横に入って来る。

 「蓮ちゃんはホント、温泉入るとすっかりオッサンねぇ。(りん)そっくり」

 「お母さんに?」

 凛と云うのは、蓮の死んだ母の名らしい。知佳の母は蓮の母と、子供の頃からの友達だったと聞いている。

 「そうよ。懐かしいわ。蓮ちゃんはどんどん凛にそっくりになっていく。凛も天国から見て、やぁねぇとか云ってそう」

 「厭ですか……」

 「そうね。娘が自分にそっくりになって来るのって、なんか(くすぐ)ったいって云うか。照れ臭いと云うか……」

 知佳の母は、鳥渡気(まず)さを感じたのか、稍トーンダウンしながら言葉を継いでいった。

 「そうかぁ。でもそうかも。お母さんなら、同じなんて詰まらないって云いそう」

 「そうそう、凛なら云いそう」

 蓮の言葉に勇気を貰って、知佳の母は少しトーンアップした。

 「でもあたしはお母さんしか知らないから。真似しているつもりは無いんですけど、知らない内にお手本にしているかも」

 「そうなんだ。あ、でもね、温泉入ってオッサン化するところは真似しなくていいのよ」

 そして蓮と知佳の母は、コロコロと笑い合った。母の心の葛藤を覗いていた知佳は、ハラハラしながら二人の会話を見守っていたが、最終的に丸く収まった様でほっと胸を撫で下ろした。

 「でも蓮ちゃんのお風呂好きは、赤ちゃんの頃からだからね。そこは真似じゃなくて、本当に遺伝なのかも」

 「やだ。小母さんあたしが赤ちゃんだった時から知ってるんですか?」

 「そりゃ知ってるわよ。蓮ちゃんと知佳は二箇月程度しか違わないし、凛とはよくお互いに相談し合いながら、時には愚痴も云い合いながら、二人で一緒に、蓮ちゃんと知佳の二人を育てゝ行った様なものよ。だから二人とも、あたしと凛との共同の娘みたいなものなの」

 「そうなん……だ……」

 「覚えてないかも知れないけど、二人とも赤ちゃんの頃から一緒に遊んでたのよ。幼稚園も一緒だったし」

 「え」

 「あらやだ、蓮ちゃん、幼稚園のことも忘れちゃった?」

 「うーん……余り覚えてない」

 「写真も動画も一杯残ってるから。後で見せてあげるよ」

 蓮は複雑な顔をしている。知佳はその理由を()っている。蓮が未だ能力に目覚める前、知佳には蓮の心の中が見えていたので、蓮に幼稚園の時の記憶が無いことを知っているのだ。正確には、幼稚園の頃の知佳との記憶だけが欠落している。知佳は蓮と幼稚園で、よく一緒に遊んでいた記憶があるのだけど、蓮は知佳とは小学校で出逢ったと思っているのだ。何故記憶していないのかは判らない。蓮の幼稚園時代の記憶の中に知佳は確実に登場しているのに、蓮はそれを知佳だと認めていない。知佳はそのことを知った時、非常に悲しい思いをしたが、蓮にそのことを追及することはしなかった。記憶を訂正しようともしなかった。その頃は未だ心が読めることは誰にも云っていなかったし、記憶の食い違いに自ら触れる勇気もなかった。――勇気は今もない。だからこの件はずっと未解決の儘、知佳の中で(くすぶ)っている。

 今、蓮は異能力に目覚め、それと引き換えに知佳には蓮の心が読めなくなった。異能者は知佳のテレパス能力のお裾分けを貰える代わりに、知佳の読心の対象からは除外されて仕舞う。異能者が意図して送る思念しか、知佳に届かなくなるのだ。だから今でも忘れた儘であるか如何かは確認出来ない。出来ないが、蓮の困惑した表情を見れば大体察しは付く。

 「あの頃の蓮ちゃんは人見知りも激しかったしなぁ。友達と遊んだ記憶自体が薄いのかもねぇ」

 蓮が黙って仕舞った為、この話題はこゝ迄となった。その後三人は屋内へ戻り、体を洗って軽く湯に浸かり直し、上がり湯をして出て来た。二人の浴衣の帯は母が結んでくれた。

 「小母さん」蓮が帯を結んで貰いながら、知佳の母を見上げた。

 「なあに?」母は忙しく手を動かしながら応える。

 「あたしたちが小母さんとお母さんの共同の娘なんだったら、小母さんはあたしと知佳の共同のお母さんってことですか?」

 母は帯をキュッと結ぶと、「うん、そうね。そう思って」と云って微笑んで見せた。

 蓮はいきなり知佳の母に抱き付くと、「お母さんの昔の話、一杯教えて」と云った。

 「そうね。いつでもしてあげる」

 母は指先で目頭の涙を払った。知佳も何だか涙が出て来て、それを隠す様に、蓮と並んで母に抱き付いた。

 「あたしも聞く。蓮のお母さんだって、あたしたちの共同のお母さんでしょ」

 声が震えているのを隠す様に、母の背中に顔を埋めた儘云う。蓮が知佳の方を見て、ニコリと笑い掛けたが、蓮が顔を押し付けていた辺り、母の浴衣が二か所だけ、少し濡れていた。


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