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 その時、なんだか周囲の気温が急に下がった気がした。知佳と蓮は思わず身を寄せ合い、完太の方を見た。完太は何も気にせず、独りで雪遊びを続けている。知佳が普段余り構わないものだから、独り遊びが板に付いて仕舞っているのだ。

 「完太ぁ、寒くなぁい?」

 「平気!」

 完太は振り向きもせず、ぞんざいに応える。

 「ねぇ知佳……なんか変……」

 蓮が周囲を見渡しながらそんなことを云う。なんだか周囲の景色が薄ぼんやりとしていて……などと思っている間に、見る見る景色が失われていく。

 「これ、ホワイトアウトとか云うやつ?」

 「な、なにそれ」

 すっかり真っ白な世界に取り囲まれて仕舞った。この世界には、完太を含めた三人しかいない。

 「真坂、これってまた……」

 「えっ、あたしが要らないこと云ったから?」

 間を置かずして、二人の元に神田が現れた。

 「度々済みません、今度は依頼です」

 「はぁ!?」

 知佳と蓮の声が揃った。完太は相変わらず雪遊びをしている……完太の周りにだけ雪があるようだ。

 「弟君を残して行くのは危険なので、一緒に囲みましたけど、彼は何も異変を感じていないと思います。私達の会話も届かないです」

 「クラちゃんの幻覚?」

 「違うんです。すぐそこに見えてますけど、弟君は実はもの凄く遠くにいるんです。だからこちらの声は届かない。空間をうまい具合に歪めたり、引き延ばしたり縮めたりすると、こんな不思議なことが出来るんですね。私も細かいところ迄はよく解らないのですが」

 「神田っちにも解らないの? そんなの誰にも解らないよ!」

 クラちゃんだの神田っちだの、そう云う可愛らしい呼称はみんな蓮が付けた。そして使うのも蓮だけだ。

 「初めましてやね。どうも、天現寺です」

 いつの間にか神田の背後に女の人がいた。目に掛かる程の前髪を垂らした、青とシルバーのメッシュが入った短髪の、どこか格好良い感じの人だ。唯、服装はダサい。ピンクの龍とその周りに小さなハートが舞っている刺繍の入ったスカジャンの下に、ミッフィーのプリントされたトレーナーを着ている。色の抜け掛けた黒のジーパンに、ニューバランスのスニーカーからちらりと見える靴下は、真っ黄色だ。

 「あ、知佳です」

 「蓮です」

 「聞いとるよ。大活躍やないの。憧れるわぁ」

 「そっ、そんな……滅相もない」知佳は顔の前でぶんぶんと手を振る。

 「天現寺都子さんです。ええと、フィールディングの都子、でしたっけ?」

 神田が改めて、都子を紹介する。

 「その変なアニメキャラみたいな呼び名、佐々本のおっちゃんが勝手に付けただけなんで。うちはそんなン認めとらんですから」

 「都子さん、関西の方なんですね……クラウンさんと同じ」

 「やめてや、あんなアゴと同じにせんとって! あのアゴ兄、滋賀やし!」

 そこで都子はゲラゲラと笑った。

 「今回、クラウンさんは不在なんですよ。だから若干勝手が悪くて」

 神田がさも残念そうに云う。

 「あ、あたしたちも不在で好いんですけどっ」

 「神田っちあたしたちの都合とか、考えたことないよね!」

 知佳と蓮に詰められて、神田はやゝ困った顔をした。

 「都子さんどうしましょうか……」

 「なっさけないリーダーやなぁ。そもそも案件内容も伝えとらんやないの。――あんな、知佳ちゃん、蓮ちゃん。今回のお仕事、君らと関係なくもないねやんか」

 「ぇえ?」

 「ほれ、()()()()、説明!」

 明らかに都子は、蓮の呼び方を面白がって真似している。

 「あゝ、はい」神田は凄く嫌そうな顔をした。「今回の依頼者はですね……」

 そこで神田は、知佳と蓮が体を寄せ合って震えているのに気付いた。

 「都子さん、()しかして彼女達、物凄く寒がってませんか?」

 「あっ、申し訳ない、気温戻すの忘れとったわ。捕まえ易くすんのに寄り添って貰いとぉて、ちょい寒ぅしただけやん。堪忍な」

 都子がそう云うと共に、気温が稍上がり、少し暑い位になったのでウェアの前のチャックを開く。

 「気温自由自在なんですね……すごいな……」

 知佳が静かに感心していると、蓮は目をキラキラさせて、

 「都子お姉さん、他に何できるの!」

 と食い付いた。

 「あはゝ、まあそう云うのは追々な。今は神田っちの話聞こか」

 「はいじゃあ、説明します。今回の依頼者は六郷(ろくごう)商事の専務さんで」

 「ろくごう?」

 聞いたことのある響きだ。

 「仁美のおうち?」

 蓮が指摘すると、神田は悠然(ゆっくり)首肯(うなず)いた。

 「えっ、あ、六郷仁美!」

 知佳と蓮は顔を見合わせた。

 「今白馬にいるって」

 「承知してます。社長は白馬八方尾根で家族とスキーをしていますね。依頼者は専務の高宮(たかみや)さんです」

 「何、依頼って」

 「簡単に云えば探し物なんですけど。ちょっとややこしい話で……」

 「探し物? 警備会社が?」

 「ええまぁ……広告の打ち方が(まず)かったのもあるんですけど……EX(エックス)部隊の話が結構口伝(くちづて)に広まっている様で、その伝わり方も……」

 「えっくす部隊って何?」

 「えっ、私達のことですよ」

 都子が深い溜息を吐いた。

 「神田っち流石に、説明してなさ過ぎやん……この子らが可哀想過ぎて見てられへんわ」

 「いやその……えっ、名刺渡してませんでしたっけ?」

 「名刺?」

 「貰ってないし」

 「あれぇ?」

 「アレーやないわ。ほんましょうもない。――あんな嬢ちゃんたち、エックス云うのは、E、Xと書いて、エクストラ(Extra)センサリー(sensory)パーセプション(Perception)の、最初の二文字を取って来とん。超能力者のこと、エスパーって云うやろ? あれはこの、エクストラ、センサリー、パーセプションの頭文字イー()エス()ピー()に、それを実行する人って意味のアー(er)を付けて、エスパー(ESPer)やねん。本来(イー)(アール)は動詞に付けるものやから、イーエスピーが名詞である以上奇怪(おか)しな言葉やねんけど、まあ和製英語なんやろな。名詞に付けるなら(アイ)(エス)(ティー)で、エスピスト(ESPist)とでもすべきやと……いや、話跳んだな。せやからまあ、エックス(EX)部隊は、超能力者部隊って意味なんやけど、イーエスピーとかエスパーって名前にしたら余りにその儘過ぎて、()らんトラブル招きかねないってんで、(わざ)と判り難くイーエックスにして、更にエックスって読ませとるねん――って、佐々本のおっちゃんがゆうとったわ」

 知佳も蓮も、余りに一息に説明されて半分も頭に入らなかったけど、それでも「超能力のことだ」

と云う点だけは理解した。

 「都子さん流石ですね! 英文科!」

 「ゆうとる場合か! 本来あんたが説明するもんやろがい、あと、英文科やなくて、仏文科! っちゅうか、英仏関係あらへんで。こんなん一般常識やんけ」

 「はい、済みません」

 素直に謝る神田を余所(よそ)に、蓮が都子に質問を投げる。

 「佐々本のおっちゃんって誰ですか?」

 「あれー、君ら()うとらんの? ほんま気の毒な子()やな。好い様に使い倒されただけかいな」

 「都子さん、云い方……」

 「云い方やないよ。なんも説明しとらん、部長にも会わせとらんて、どないなっとんねん」

 「先日はぎりぎりの行程で、中々説明その他の時間が取れず……いや本統、申し訳ないです」

 神田は二人の少女に深々と頭を下げた。

 「よく判んないけど……そんなことより……」

 「あー、お父さんたち!」蓮の言葉を遮って、知佳が手を口に当てゝ悲鳴を上げた。「私たちが居なくなって心配してるよ!」

 「大丈夫やで」

 都子は落ち着き払って、クスリと笑った。

 「君等がここに来てから、そうやなぁ、せいぜい十秒程度ってところかな」

 「いやいや、そんなことないです! もう十分位は経ってますよ!」

 そう云って完太を振り向くが、完太は相変わらず雪で独り遊びしている。

 「……あれ?」

 なんとなく、完太の所作が緩慢過ぎる気がした。

 「せやろ? 寛悠(ゆっくり)に見えるやろ」

 都子はにやっと笑って、

 「この空間、ちょっと時間の流れを遅くしとんねん。君らとじっくり話出来るようにな。まあその分、君ら余計に年取って仕舞うのが難点ではあンねんけど」

 「なにそれもう解んないよぉ!」

 知佳は半ベソを掻きながら(しゃが)みこんだ。

 「ごめんて。うちも説明不足やったなぁ。まあ年齢の件はどっかで収支合わすわ。数分程度だとしても、友達より早く老けたら敵わんもんなぁ」

 「数分ぐらい如何でも好いですよ」

 知佳は蹲んだ儘下を向いて応える。

 「ああ。そう云えば沖縄で時間止める人いたけど、あんな感じ?」

 蓮は冷静に考察している。知佳は蓮を見上げて、「ピートさん?」と訊いた。

 「あゝ、そうそう、ピート。あのスタミナゼロマン」

 「止めることも出来るけどな、止めたら止めたで色々面倒やねん。やから鳥渡(ちょっと)だけ流しとん。ユウキおったら止めとったけどなぁ。あの子対処でけるから」

 ユウキと云うのも、先の沖縄案件で一緒に活躍した少年である。知佳達より二つ三つ年下で、治癒だの状態異常の解除だのが得意な異能者だった。時間停止の無効化もしていた。

 「そういえばユウ君は今回いないんですか?」

 知佳が訊くと、都子は鳥渡意味有り気に笑って、「今頃は家族で海外。えゝとこのボンボンやからなぁ」と云った。

 「なんだそうかぁ。残念」

 「寂しいか?」

 「いやぁ、別に……まあ、ざんねーんって感じですか」

 「知佳ったらドライ。ユウかわいそ」蓮が茶化す様に云うと、知佳は不服そうに口を尖らせ、「えーっ、何でよ」と抗議する。

 「さよかあ……ま、そんなもんやな」

 都子は詰まらなさそうにそう云うと、大きな欠伸(あくび)を一つ。

 「神田っち、説明の途中やったよね。はよ済ましたって」

 「あっ、はい。何処迄説明しましたっけ?」

 「佐々本って誰?」

 「仁美のおうちが如何したの?」

 蓮と知佳が(ほゞ)同時に質問したので、神田は返答に詰まって仕舞った。

 「ええっと……先ず……佐々本ってのはうちの部長で、私の上司です。また(いず)れ、面会の機会を設けますね」

 「いや別に。オジサンに興味ないし」

 蓮が冷たく云い放つので、神田は苦笑した。

 「で、依頼の件ですが、六郷商事の高宮専務から、探し物を頼まれました」

 「何探すんですか?」

 「時価数億円のイヤリングです」

 「億!」蓮と知佳は息を呑む。

 「いやいやいや、そんなもの!」

 「警察に行きなさいよ! 何でこんな警備会社なんかに!」

 「なぁ……こんな警備会社になぁ」都子はくすくす笑っている。

 「『こんな』は余計ですが。まあ実際警察をお勧めしたんですけど、大事(おゝごと)にはしたくないとかで」

 「おゝごとでしょ!」知佳は目一杯取り乱している。

 「あと、警察は取り合ってくれないとか云ってましたねぇ……そんなことはないと思うんですが……」神田は口元に手を持って行って、思案深げに付け足した。

 「なんでぇ? ええ、億でしょ、何で警察が取り合わないの?」

 「それって……なんかヤバい品だったりする? 警察が取り合わないんじゃなくて、警察に行けない理由があるんじゃ……」蓮が眉を顰めながら問う。

 「それも確認したんですが、それに就いては否定されてましたね」

 「確認したんだ……って、そりゃ否定するでしょ」

 「あたしがその、高宮さん? に会った方が好いのかな……」知佳が嫌そうに呟く。

 「まあその辺りも改めて確認は進めますが、多分そう云うことではないんです」

 「どういうこと?」

 「神田っち回り(くど)いよ! 結論から云って!」蓮はイライラして来ている。

 「まあ結論から云うと、社長一家が怪しいと」

 「ええー!」

 「特に娘さんが」

 「えええー!!」

 知佳も蓮も、仰天し過ぎて目の玉が飛び出さんばかりに眼を見開き、口をだらしなく開けた儘、暫く身動(みじろ)ぎもせずに立ち尽くしていた。

 「いや……待って、まさか……仁美が? いやいや、そんな莫迦(ばか)な……」

 「あの子可愛いもん大好きだけど、でも誰よりも正義感強いし、そんなことする筈……」

 知佳と蓮は思わず顔を見合わせる。

 「まだそうと決まったわけではないんです。それに、間違えて持って行って仕舞ったのかも、とも云ってましたし。その辺りの真偽も含めて、我々で調査の上捜索出来ないかと、まあそう云う依頼ですね」

 「仁美が持ってるってのは確実なんですか?」

 「勿論そんなことはないですよ。若しかしたら全然無関係のこそ泥に盗られた可能性だってある訳で」

 「そんな雲を掴む様な話……」

 「とにかく先ず、知佳さんと蓮さんにお願いしたいのは、社長家族が持っているのか如何かの調査と、若し持っている様であれば取り返して頂きたい」

 「えー……」

 知佳は物凄く嫌そうな顔をした。

 「で、その探す品物の写真か何かはあるの? どんな物か判らなきゃ探し様がないよ」

 蓮の問いに神田は首肯きながら、「勿論、今お渡ししますね」と云って、知佳と蓮に写真を一枚ずつ渡した。

 「ええ……これ?」

 どう見ても数億円には見えなかった。

 「物凄く玩具っぽい……」

 「ね。如何見ても高そうには見えないよ」

 「それでも依頼者は数億円と云っていたので。まあ、それが嘘でも誤りでも、我々のすることに変わりはないし、請求額が変わることも無いんです」

 「ふうん……」蓮は納得いかないと云う表情で、写真を凝と見詰めている。

 「矢っ張り女の子やなぁ。アクセサリーの高い安い位、判るわなぁ」

 「玩具ですよねぇ?」知佳が都子に同意を求める。

 「玩具か知らんけどな。まあ高価には見えんな。石もなんや煤けとるし。それに――」

 「それに?」

 「このデザイン、なんか見たことあるっちゅうか……あの、ほら……」

 都子は突然、Vサインを横倒しにしてその隙間から右目を覗かせるポーズを取り、反対の手を腰に、右膝を少し曲げて立ち、

 「月に代わって、逮捕しちゃうゾ!」

 「あー! 月の紋章(エンブレム)!」

 「ほんとだこれ、アルテミスの紋だ!」

 知佳と蓮は顔を見合せた。

 「えっ、高価ってそっち? プレミアとか? 否でも流石に、億って……」

 「如何でも好いけど都子姉さん、すっごい可愛い声出るんですね!」

 「蓮何云って……」

 「せやろ? ミヤちゃん実は可愛いねん!」

 知佳のツッコミに被せ気味にそう云うと、都子はけらけら笑った。

 「月の紋章」とは、月や各惑星をモチーフとした紋章を背負った少女達が婦人警官の姿で悪者を遣っ付けると云う、昔からありがちな勧善懲悪物の魔法少女アニメ番組で、何年も前から知佳や蓮位の年齢の少女達の間で流行っているのだ。月や各惑星毎に紋章があり、アルテミスの紋と云うのは、月を背負った主人公「月読(つくよみ)かぐや」のライバルに当たる、月の裏側をモチーフとしたキャラクター「アルテミス銀子」の紋章である。脇役の割に人気があり、関連グッズ等は常に品薄だと云う。

 「納得して頂けましたかね」

 女子達の会話に付いて行けない神田は、僅かな会話の切れ目でおずおずと声を掛けてみた。若干の沈黙の後、知佳が複雑な表情で応える。

 「納得なんか出来ないですけど、何しろ探すだけならしてみます……ただ、白馬ってここから遠いんですか?」

 「近いと云えば近いし、遠いと云えば遠いですね。まあ、隣の山、と云う感覚ですか」

 「うちが連れてったるやん。どんな遠かっても、たった一歩で辿り着かせたるわ」

 「なにそれ、ミヤちゃんカッコ好いんですけど!」

 蓮は遂に「ミヤちゃん」と呼んだ。

 「まあ何しろ、行動するなら夜間、彼らが寝静まった頃が都合が好いと思うので、また夜にお迎えに上がりますね」

 「まあそう云う訳やから。また今夜なぁ」

 そう云うと、神田と都子は視界から一瞬にして消え、代わりに雪山の景色が戻って来た。完太は直ぐそこで雪達磨を作っている。父は何処だろうと知佳が山頂方向を見上げていると、木々の向こう側から飛び出して来て制御し切れずに派手に転ぶ、蓮の父の姿が目に入った。

 「うわっ、お父さん、ダサ!」

 略同時に父の姿を見つけた蓮が、眉間に皺を寄せて呟いた。


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