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 栂池のペンションに着いた頃には、午後二時半を回っていた。チェックインは午後四時からだが、それ迄荷物を預かっておいて貰うことも出来ると云う。

 「あと一時間半も無い位でしょ。滑って来る程の時間もないよね……」

 知佳の母による悩まし気な呟きに、知佳が敏感に反応した。

 「えー、滑りたい!」

 「えっ、そうなの?」

 「だって折角来たんだし」

 「うーん、解った。お母さんここでチェックインしてから追い駆けるから。お父さんと先行っといで。蓮ちゃんは?」

 「あたしも行って好いですか?」

 「好いわよぉ、蓮ちゃんのお父さんも一緒にどうぞ。チェックインだけならあたし一人でもできるし」

 「なんだか申し訳ないですね……」

 「好いですよ、気にしないで。――完太はどうする?」

 「寒いからお母ちゃんといる」

 「えぇ……行かないんだ……」

 三科母は、明らかに面倒臭そうな顔をするので、横から三科父が口を挟む。

 「完太! 父ちゃんと(そり)しよう! 橇!」

 「そりって何?」

 「雪の上をバビューンって滑るんだ! 速くて楽しいぞ!」

 「行く!」

 母親はほっとした様に息を()くと、「じゃあ行ってらっしゃい。チェックイン済んだらメッセージ入れるね」

 「はいよ」

 そして一行は、三科母のみをペンションに残して出掛けることとした。

 「父ちゃん着替えてくるからちょっと待ってな」

 知佳の父は荷物の中からスキーウェアを取り出すと、ロビーの隅で着替えを始める。

 「ちょっとお父さん、こんな(ところ)でやめてよ!」

 知佳が抗議するも、柳に風で飄々(ひょうひょう)と答える。

 「まあまあ、誰もいないんだし、直ぐだし」

 すると会話を聞きつけたペンションのオーナーが、帳場の奥から顔を出して、

 「すみません、あちらにロッカールームが御座いますので、お着換えでしたらそちらの方で……」

 「あっ、はーい! ごめんなさい!」

 父は着替えを抱えて、示された方へと飛んで行った。蓮の父親もその後を追い駆けて、「僕も着替えて来るんで、ちょっと待ってゝ」と云い残して行った。

 「蓮のお父さんもスキーウェア持って来てたんだ」

 知佳が問うと、蓮も意外そうに、「あたしも知らなかったよ。お父さんスキーするんだ」と云った。

 軈て稍時代遅れなデザインのスキーウェアを着た父親達がロッカールームから出て来て、脱いだ服を預ける荷物の中に突っ込むと、知佳の父だけ自前のスキー板を担いで、「さあ行こうか、まずはお前達のウェアのレンタルだ」と云ってエントランスを出て行った。子供達も慌てゝその後を追う。

 「気を付けてねー」

 背後から母親の見送る声が聞こえた。

 ペンションから数件隔てた所に、ウェアとスキー板のレンタル屋があった。そこで子供達のウェアとスキー板、それと蓮の父のスキー板を借りることになった。

 「知佳のお父さんって凄いね。スキー板持ってるんだ」

 「ね。あたしも初めて知った。自宅(うち)の何処にあんなもの仕舞ってあったんだろう」

 「雪国育ちだから?」

 「そんなのお父さんが子供の頃の話だよ」

 「うそぉ、雪国育ちだから雪道運転任せろって」

 「適当なことばっか云ってるんだ、いっつも」

 「えぇ……」

 それでも雪道の運転は確かに安定感があり、卒なく(こな)していた様なので、「運転任せろ」の部分はまあそれなりの裏打ちがあったのだろう。だからと云って雪国で育っている間に運転したことなんか無い筈なのだ。中学に上がるぐらいで家族ごと関東に越してきたのだから。だからそれは単にスキーが好きで、学生時代かなんかに運転し慣れていたってだけのことなのだろう。

 「おーい、知佳も蓮ちゃんも、こっち来てサイズ合わせて」

 部屋の隅のベンチに座って駄弁(だべ)っていた二人を、三科の父が呼んだ。その脇では既にスキーウェアに着替えを済ませた完太が、もそもそと動き難そうにしている。

 「やだぁ、完ちゃんかわいい!」

 蓮がそんなことを云いながら完太に駆け寄ろうとすると、完太は父親の背後に逃げて仕舞った。

 「ちょっとぉ、うちの弟怖がらせちゃだめだよ」

 「怖がらせてないし。失敬だなぁ」

 蓮が膨れるのを見て知佳がくふふと笑っていると、父親が()かす様に、「ほら二人とも早く。知佳はこのサイズで行けるかな。――えーと蓮ちゃんは」

 「この位ですかねぇ」と云って蓮の父親がウェアを一着持ってくる。

 「やだその色」

 「いや、色じゃなくて先ずサイズ」

 そんな調子でサイズ合わせをし、それぞれ好きな色柄を選んで着替えると、次はスキー板である。三科父が子供達のスキーを選んでいる間、柏崎父はスノーボードを物色していた。

 「柏崎さん、ボードですか?」三科父が目聡(めざと)く見付けて声を掛ける。

 「ええ、僕はスキーはからきしで」

 「あー、そりゃあ駄目ですよ。まずはスキーの下地が無いと。ボードはその後です」

 「そうなんですか? でもボードなら滑れるんですけど」

 「ダメダメ、スキー教えますから、今日はスキー行きましょう!」

 三科父は云い出すと退かないし、柏崎父は押しに弱いので、結局三科父のペースで全員スキーを借りることとなった。ボードの前にスキーを習得しなければならないなんて、屹度父の勝手な作り話か思い込みだ。知佳はそう思っているのだけど、蓮の父が納得しているならまあ好いかとも思っている。

 そういえば父は完太に、橇をすると云っていた気がするが、なぜか完太の分のスキーもレンタルしていた。完太がスキーなんかするだろうか。そして橇を一つレンタルし、皆のスキー板をそこへ乗せると、愈々(いよいよ)ゲレンデへと向かって歩き出す。

 「このブーツ歩きにくい」

 蓮が文句を云いながら、がっぽがっぽと歩く。

 「足が痛くなりそう」

 知佳も弱音を吐く。

 「ゲレンデすぐそこだから。先ずは平地の、人が少ない辺りで少し練習しような」

 程なくゲレンデに着くと、父は子供達のブーツを(しっか)りと締め上げた。

 「痛くないか?」

 「痛くはないけど、全然動けないよ」

 「それで好いんだよ。動けたら脱げちゃうし、足痛めるから」

 スキーの()き方を習い、立ち方、歩き方、転び方、方向転換など一通り教えて貰う。知佳がもたもたしている間に蓮は見る見る上達して行った。

 「知佳どんくさーい」

 「あっ、蓮たら非道い!」

 「あは! 逃げろー!」

 「待てこのー!」

 そんな感じで蓮と(じゃ)れ合いながら、知佳も少しずつコツを身に着けて行く。

 「あまり遠くに行くなよ! あと、他のスキーヤーに気を付けて!」

 「はーい!」

 蓮はそう云いながら、方向転換して戻って来る。追い駆けていた知佳の脇を擦り抜ける際に知佳が蓮を捕まえて、お互いバランスを崩して一緒に転んだ。

 「いったーい!」

 「おいおい、大丈夫か?」

 知佳の父が駆け付けるのだが、二人ともけらけら笑っている。

 「大丈夫だけど、スキー取れちゃった」

 「先ず立って」

 父に脇を抱えられながら、知佳が立ち上がると、蓮も自力で立ち上がった。

 「三科さーん、こんな感じですかね」

 遠くで蓮の父が呼んでいる。スキーは初めてと云っていたが、スノーボードで雪慣れしている所為か、こちらも呑み込みが早い。

 問題があるとしたら完太ぐらいか。完太はスキー板も履かずに、ゲレンデの端の方で雪達磨を作っていた。

 「ちょっと上まで行って来ますね!」

 柏崎父はマイペースに、そう云い残すと手近なリフトに向かった。

 「あっ、柏崎さん、それ!」

 三科父が気付いた時には既に遅く、柏崎父は山頂行きのゴンドラに乗り込んで仕舞った。

 「ああ……だ、大丈夫かな……知佳、悪いんだけどさ、完太のこと見てられるか?」

 「どうしたの?」

 「蓮ちゃんのお父さん、乗っちゃいけないゴンドラに乗っちゃったから追い駆けて、一緒に下りて来るから。スキー脱いどいて好いからさ、完太見てゝ欲しい」

 「諒解(わか)った! 大丈夫だから行って来て」

 「悪い!」

 そして父は大慌てでゴンドラへと向かって行った。

 「もぉ、お父さんそゝっかしいんだから」

 蓮が恥ずかしそうにしながら、文句を云っている。

 「大丈夫かなぁ」

 「大人だもん、大丈夫でしょ。ま、いざとなったらあたしが……」

 「ええ……使っちゃダメだよぉ」

 蓮はテレポーターなのだ。場所と形状さえ判っていれば、その物や人等を瞬間移動させることが出来る。然し彼女達のこれらの能力は秘密なのだ。そんなにホイホイ使って好い訳がない。

 「こういう時は神田さんの方が有り難いよねぇ」

 行きのパーキングエリアで突然接触して来た神田は、サイコキネシストだ。念動力で何でも思いの儘に操ることが出来る。

 「あんまりそう云うこと云ってると、ホントに来ちゃうかもよ」

 蓮が脅す様な口調でそんなことを云うものだから、知佳は厭そうに眉を(ひそ)めた。


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