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 「栂池に入っちゃう前に何処かでお昼にしませんか?」

 塩尻(しおじり)を過ぎた辺りで、三科家の母が後部座席に向かって声を掛けた。

 「そうですね。ちょっと時間が早い気もしますが、山に入っちゃうと食べるところも少ないかもしれませんし。現地に着いてからだと相場も上がりそうですし……」

 柏崎の父は、寝ている子供達越しに三科母に応える。

 「お父さん、安曇野(あずみの)出口の直前にサービスエリアあるから、そこ入っちゃって」

 「なんてとこ?」

 「ええとね……梓川(あずさがわ)

 「りょーかいっ」

 車が梓川サービスエリアに着いた時、蓮と知佳はお互いに凭れ合いながら、完太はシートベルトを目一杯伸ばした状態で姉の太腿を枕にして、寝ていた。

 「お父さん、お父さん、見てこれ、かわいい! 仲良し三人!」

 三科母はスマホで何枚か写真を撮った。

 「柏崎さん、ほら!」

 スマホの画面を見せられた柏崎父は、思わず頬が(ほころ)んだ。蓮の寝顔が天使の様だ。(しか)し、子供達が下りてくれないと、三列目シートからは出ることが出来ない。()く寝ているところ悪いのだけど、起こさない訳にはいかない。

 「起こしちゃいますね……おーい、蓮! 起きてくれないと、お父さん出られないよ」

 父親の言葉に蓮はうっすらと目を開けて、少し(うめ)くと、寝返りを打とうとして知佳に頭突きをして仕舞った。

 「いたっ!」

 「いったーい、何!?」

 二人ともすっかり目を覚まして、お互いおでことこめかみを押さえながら、体を離した。

 「お昼にするから。降りて降りて」

 蓮の父が二人の降車を促すと、蓮がスライドドアを開けて外に出た。

 「んーっ! 空気が冷たい!」

 外に降り立って伸びをしている蓮に続いて、知佳も降りようとしたが、そこで初めて腿の上の弟に気付いた。

 「えー、完太! 起きてぇ!」

 知佳が脚を揺すると、完太は「わぁ」と云って落ちそうになったので、咄嗟(とっさ)に知佳が両手で抱える。

 「もぉ、寝坊助完太! 起きなさぁい!」

 「おきたよぉ、おはよぉ」

 「おはよぉじゃない、お昼食べに行くから、降りて!」

 完太はシートベルトを外すと、右側のスライドドアを開けて、ぴょんと車から降りた。知佳も後に続いて車を降りると、ようやく蓮の父が後部座席から降りてきた。

 建物内に入るなり、完太が「ソフトクリーム!」と叫んだ。

 「ちょっと、お昼食べに来たんだよ、いきなり何云ってんの」

 知佳が(たしな)めるが、完太は構わずソフトクリームのショウケースに向かって真一文字に飛んでいった。

 「こら完太! それはご飯の後で!」

 「あっ、お父さん変な約束しないで」

 三科の母は困った顔をした。

 「あたしラーメン!」

 フードコートのメニューを見ていた蓮が、マイペースに主張をする。

 「フードコートで好い? あっちにレストランもあるけど……」

 「そんなこと云ったって、完ちゃんそこから動かないし」

 柏崎父娘の遣り取りを聞いていた三科父は、「レストラン高そうだし、その辺幾らでも席空いてるんで、好いんじゃないですか?」と云って、近くの席に荷物を置くと、給茶機の方へと向かって行った。柏崎父も慌てゝその後を追う。

 「じゃあ知佳もメニュー選んで来て。蓮ちゃんはどのラーメン?」

 「えーと……あづみ野ラーメンで」

 知佳はメニューを眺めて、「とろろそばにしようかな」と云った。

 「完太はうどんで好い?」

 「ソフトクリーム!」

 「きのこうどんね!」

 三科母は稍イライラしながら一方的に決めると、食券機へと向かった。父親達はお茶を人数分持って戻って来ると、それをテーブルに置きながら、

 「では我々も食券買いに行きますか」

 「蓮はどのラーメン?」

 「あづみ野ラーメン。小母(おば)さんが買いに行ったよ」

 「えっ」

 柏崎父が食券機の方に目を遣ると、三科母が食券を四枚持って戻って来るところだった。

 「すみません、(いく)らでしたか?」

 「あー……面倒なので後で良いですよ。取り敢えず自分の分買って来て」

 「じゃあ後で。すみません」

 柏崎父はペコペコしながら食券機へと向かった。

 三科の父はソースかつ丼、母はわさびそば、柏崎父はハルピンラーメンをそれぞれ購入した。

 「お父さんなにそれ、辛そう」

 「ん? そんな辛くないぞ。蓮も食べてみるか?」

 「じゃあちょっとだけ……辛!」

 「うそぉ」

 蓮がヒイヒイ云いながら水を飲んでいる間、完太と母が揉めていた。

 「うどんいらない!」

 「今更何云ってるの、食べなさい!」

 「いや! キノコいや! ソフトクリーム!」

 「完太! うどん食べない子はソフトクリームもありません!」

 「いやだぁー!」

 「そうかぁ、完太はソフトクリームなしかぁ。じゃあ父ちゃん一人で食べよっと」

 三科父がそう追い打ちを掛けると、完太は父親を凝と睨んで、「父ちゃん買ってくれるって云った!」と不貞腐(ふてくさ)れた。そんな様子を見ていた知佳が、何か思い付いた様に薄く笑った。

 〈僕ソフトクリーム。早くうどん食べて、僕に逢いに来て!〉

 知佳が弟にテレパシーを送ると、完太は一瞬きょとんとした顔になって、きょろきょろと辺りを見回した。知佳は吹き出しそうになるのを堪えながら、更にテレパシーを送る。

 〈早く早くぅ、うどんときのこ食べちゃってさぁ、僕のところにおいでよー〉

 完太はソフトクリームのショウケースに視線を定めると、(しばら)く凝と睨んでから、(おもむろ)にうどんを食べ始める。両親は若干呆気(あっけ)に取られた様子だったが、直ぐに気を取り直して、「そうそう、どんどん食べて」「ソフトクリームが待ってるぞー」と完太を励ます。

 知佳がにやにやした表情でその様を見ているのに蓮が気付き、

 「知佳、なんかしたでしょ」

 と訊いて来たが、知佳は「んー? 何のことかなぁ」と(とぼ)けて、尚も微笑みながら弟を見守っていた。

 そんな家族の団欒をしていると、予想外の方向からいきなり声を掛けられた。

 「あれ、蓮と知佳? 奇遇!」

 知佳と蓮が顔を上げると、テーブルの脇を通り過ぎて行く親子連れの中から、見覚えのある少女が手を振っていた。蓮が吃驚して声を挙げる。

 「仁美!? えー、何で? どこ行くの? お兄さんは?」

 「白馬に、スキー! 蓮たちは? あ、お兄ちゃんはね、一人で売店に行っちゃったみたい」仁美は伸び上がって売店の方に目を遣った。

 「あたし達は栂池、商店街の(くじ)で一等だよ!」

 「なにそれ、すごーい!」

 子ども達の会話を聞いている大人達は、微妙な笑みを貼り付かせていた。籤の景品の栂池と、恐らく自費の白馬とでは、天地の開きがある。仁美の両親は幾分余裕の表情だが、それが(かえ)って三科家と柏崎家の大人達の笑顔を卑屈にさせる。

 「蓮……籤の景品とか、云わなくて好いんだぞ」

 蓮の父がそっと耳打ちするが、蓮は不思議そうに、

 「えー、何で? 一等だよ、凄くない?」

 と、普通のトーンで返すので、父の苦笑はますます微妙な感じになる。知佳は暫く大人達の顔を見比べていたが、すぐに後悔するような顔をして俯いて仕舞った。

 知佳は他人の心を読むことが出来る。その異能力を使って大人達の心なんか読んで仕舞ったが為に、今激しい後悔をする羽目になっている。栂池の何が恥ずかしいのか。景品のスキーの何が悪いのか。白馬に気後れする意味も解らない。確かに仁美の家は、自家(うち)や蓮の家に較べれば金持ちの部類だと思う。でも、だから何なの。関係ないじゃない。

 「一等凄いよねぇ、蓮ちゃん。おばちゃんは一等なんか当てたことないよ」

 仁美の母は、比較的蓮や知佳と感覚が近いと思う。別に白馬を鼻に掛けている様なことも莫いし、本心から「一等凄い」と思っている。知佳の母だって仁美の母とは、知佳達が幼稚園の頃から仲の良い友達関係だった筈で、それが如何してこんなにも卑屈になっているのか、理解できないし、恥ずかしいし、情けない。

 「知佳ちゃんも栂池?」

 仁美の母が訊いて来たので知佳は説明する。

 「本当は蓮の福引券で当てたんですけど、蓮のところ二人家族で、賞品四人分だからってんで、差額出して一緒に行かせて貰えることになったんです」

 「なにそれ、仲良しエピソードじゃない! 素敵ね!」

 「蓮と知佳大親友だもんね! 羨ましいなぁ」

 仁美も本気で羨ましがっている。

 「知佳、ちょっと違う。籤回したの知佳だから、権利半々だったんだよ。だから皆で行くことになったの」

 蓮が横から補足すると、仁美の母親は目を細めて益々嬉しそうに笑った。

 「そうなんだ、いずれにしても尊いわ! ねぇ麻由さん!」

 麻由は、知佳の母の名だ。

 「そうなの、お蔭でスキーに連れてって貰えるので、有り難いわ」

 母よ、そう云うことではない。知佳は()()り恥ずかしかった。でもこの場合の母の言葉は、どうも謙遜と云うか、照れ隠しらしい。それにしたって云い方と云うものがあるだろうに。

 「さあ、皆食べ終わったことだし、そろそろ出発しないと」

 知佳の父が立ち上がりながらそんなことを云う。この場から早く逃げたいって思っている。何で。

 知佳はもう、親達の心を読むのは止めにした。読めば読むほど情けなくなるばかりである。そんな娘の気も知らず、父はそゝくさと食器を返却して、荷物を担いだ。

 「ソフトクリーム!」

 車へと行き掛けた父の裾を掴んで、完太がそんなことを叫ぶものだから、知佳は思わず吹き出して仕舞った。完太、ナイスだ。

 「ああー、もう、しょうがないなぁ。どれだ? 安曇野りんごソフト?」

 「ミルク!」

 「どこでも売ってるやつ! まじかお前」

 「ミルクが好き!」

 「知ってるさ!」

 そんな遣り取りを聞いて、蓮も仁美もけらけら笑っている。母も恥ずかしそうにしながら笑っていた。

 「ママ、あたしもソフトクリーム欲しい!」

 完太に触発されたのか、仁美がお強請(ねだ)りを始めた。

 「あー、じゃあママも。どれにするの? ミルク?」

 「違うよ! りんご!」

 ここでまた笑いが起きる。

 「あたしも欲しいぃ」

 蓮迄強請(ねだ)り始めた。ここは乗らない手はないだろう。

 「じゃああたしも。安曇野りんごとミルクのミックス!」

 結局大人も含めて、皆でソフトクリームを食べることになった。

 知佳の父と母は、安曇野りんごとアップルマンゴーを買って、半分ずつ食べ合っている。蓮とその父親も、蓮のりんごと父親のアップルマンゴーを一口ずつ分け合っていた。知佳は母親からアップルマンゴーを一口貰った。普通にりんごが好きだなと、知佳は思った。仁美母娘も同様に分け合っていて、ここ迄存在感の薄かった仁美父は、ソフトクリームは食べずにホットコーヒーを買って飲んでいた。マイペースを崩さない辺り、完太と気が合うのではないだろうか。そんなことを思いながらソフトクリームを完食すると、体が芯から冷えて仕舞った様な気がした。

 「寒ぅ、お茶飲も!」

 蓮が自分の紙コップを持って給茶機に走るので、知佳も後を追った。

 「あたしも! 体冷えちゃったよ」

 「なんだよ、それなら最初から、ソフトクリームなんか食べなきゃよかったのに」

 父が口を尖らせて抗議するのが面白くて、知佳はくふふと笑った。

 「寒い! おしっこ!」

 完太などは食べ掛けのソフトクリームを父に押し付けて、何か云う隙も与えず、トイレへと走り去って仕舞う。父はそのソフトクリームを母に渡すと、完太の後を追い駆ける。

 「知佳の家って楽しいね」

 仁美がそんなことを云うので、知佳は何だか恥ずかしくなって、赤面した。

 「もぉ、完太ってば!」

 トイレの方向に向かって、届く筈のない文句を投げ付ける。

 「おおい、いつ出るの?」

 遠くの方から水を差す様に、誰かが大声で問い掛けて来た。

 「あ、お兄ちゃん」

 如何やら仁美の兄らしい。知佳も蓮も、仁美に兄がいることは知っているが、余り逢ったことが無いので、興味津々で自然とそちらに目が行った。確か高校生だった筈だ。

 「あ、ごめーん、もう行くよ」

 仁美の母が同じ位の声量で応える。遠くで銀縁眼鏡をかけた冴えない青年が手を振っている。仁美はクラスで一番と云って好い程可愛いのに、兄はなんだかなぁ、と知佳は思った。蓮も微妙な顔をしている。

 「じゃあ行こうか」

 仁美の父が家族を促す。

 「はぁい。じゃあね、蓮、知佳。スキー楽しんで!」

 「うん、仁美もね!」

 「また学校で! バイバイ!」

 二人で仁美一家を見送ると、知佳の父が完太を連れて戻って来た。

 「じゃあ、うちらも行きましょうか」

 知佳の母の号令で、一行は動き出す。

 「ソフトクリームどうするんだよ」

 「もういいや、お父さんあげる」

 「えー……いらねぇ……母さんどうぞ」

 「はいはい。そう云うの全部あたし。そうやって太らせるんだから」

 文句を云いながらも、三科の母はソフトクリームを(すべ)て完食し、紙塵(かみごみ)を捨てゝから車へと戻った。全員が乗り込むと、車は静かにサービスエリアを出て、安曇野の出口へ向けて走り出した。


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