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二十一

 三人で一頻(ひとしき)り笑った後、都子は蓮の肩を抱いた。

 「蓮ちゃん、あれが君の憧れた男や。これから君がその気持ちを如何するのか、それは君が自分で決めていくことではあるけれど、ええか、憧れているうちは目が曇る、相手の真実は一歩引いて見極めることや」

 「うん……よく解らないけど……でもあたしはもう」

 「うちにはそう見えないねん。君は今でもあいつに心奪われとるで」

 「そう……かな……でもあたし、もう好いって思ってるよ」

 「頭と心は時々折り合わんねん。折り合わんことに目を瞑れば、色々弊害が出よる。君が知佳ちゃんのことやら色々忘れとったんも、その弊害の一つや」

 蓮は知佳を見た。知佳は優しい目で蓮を見ていた。

 「先ずは心と頭は別やっちゅうことを認め。そんでもって何方(どちら)に沿わせて行くかをじっくり悩みながら決め」

 「うん……どっちにした方が……好いのかな」

 「うちや知佳ちゃんや、周りのもんは何とでもアドバイスでけるけどな、決めるんは自分やで。うちも、多分知佳ちゃんも、あの男は()めとけ思っとるわ。せやけど他人には如何にもならんことでもある。結局決めるのんは自分やから」

 「あたしも止めておきたい」

 「ほなら先ずは、自分の心と確り会話して、折り合い付けることやな。その上で自分の希望を()れて貰える様、お願いするこっちゃ」

 「如何すれば好いのか全然わかんないけど」

 「自分で見付けなあかん」

 「……はい」

 「まっ、若い内は悩んで苦しむこっちゃ。それが成長やん」

 「矢っ張り都子さん、二十歳に見えないんだよな」知佳が感心しながら云う。

 「まぁ二十歳にしては、(ばゞ)臭いか知らんけどな」

 そしてゲラゲラ笑った。

 「ちなみに今日、一月八日で二十一んなったわ」

 「えーっ、おめでとうございます!」

 「ミヤちゃんおめでとう!」

 「おお、君たちありがとう! 誕生日の朝を、依頼解決で迎えたわ!」

 その後都子は二人をそれぞれの布団の位置に寝かせ、半分帰した状態で時間を進めた。都合何時間進めたのかはよく解らないが、都子の気配が消えて時計を確認したときには、朝の八時になっていた。

 部屋の外でどたどたと走る音が聞こえ、ドアがガラッと開けられた。鍵が開いている所を見ると、既に誰か起きて部屋から出ているのだろう。

 「知佳! 温泉!」

 「あー……うん!」

 布団から起き出して辺りを確認すると、父の姿が無い。母と完太は未だ寝ている様だ。然し蓮の声で母が目を覚ました様で、「朝御飯迄には上がりなさいよぉ」と云われた。

 「はぁい、行って来まーす」

 部屋を出る際、戻って来る父と擦れ違った。

 「おお、風呂か?」

 「うん。お父さん何処行ってたの?」

 「トイレ。あーでも、父ちゃんも風呂行くかな……完太ぁ?」

 父は完太の名を呼びながら、部屋に入って行った。知佳は蓮と二人で大浴場へ向かう。廊下の窓から外を見る限り、雪は止んでいる様だった。

 「昨夜(ゆうべ)いっぱい降ったのかな、雪」

 「積もってるかな? 新しい雪、滑りたいね!」

 「今日何時までいられるのかなぁ」

 そんな会話をしながら浴場へ行き、温泉に浸かる。

 「あー、()ト仕事片付けた後の風呂は沁みるぜぇ」

 「蓮、ほんとにおっさん」

 「んぁあ? 何だってぇ?」

 「なんでもなーい」

 蓮は拓巳からちゃんと卒業できるのかな、もうあんな苦しんでる蓮を見るのは厭だなと、知佳は思った。そっと蓮の様子を窺ってみたが、既に蓮の隙間は塞がっている。今朝の仕事の時には未だ僅かな隙間があったのだけど、それも今はすっかり塞がり、いつもの調子に戻っている様である。少し寂しい様な、ほっとしたような、然し結局は温かい気持ちになって、知佳は眼を閉じた。

 「寝るなよー」

 蓮の声がする。

 「寝ないって。蓮じゃないんだから」

 「いやいや、あたしだって寝ないって」

 知佳は、くふふと笑った。

 風呂から上がると、何やら大人たちが盛り上がっている。何事かと知佳と蓮が近づいていくと、母が気付いて二人を手招きした。

 「知佳、蓮ちゃん、これ見て!」

 母が見せてきたスマホの画面には、「白馬の騎士? ボーダーとスキーヤーを救った奇跡」と云うタイトルが躍っていた。

 「うわ、何これ!」

 思わず知佳が叫ぶ。蓮は興味深そうにスマホの記事を読み上げた。

 「白馬に騎士がやって来た? 今SNSでは、白馬地方のスキー場において、上級コースで失敗(しくじ)ったボーダーやスキーヤーが謎の力で救助された、という話題が飛び交っている。兎平の超上級コースで転落し、大怪我は必至と思われたボーダーが、コースの序盤から終端迄一気に転落したにも拘らず怪我一つなく、しかも本人の証言によれば彼を助けたのは火星の騎士だと云う」

 ここで蓮は、顔を挙げて知佳を見た。知佳は如何返して好いか判らず、唯瞬きをした。蓮は続きを読む。

 「ほぼ同じ頃栂池の上級コースでも、コース中盤で転倒して足を(くじ)いたスキーヤーが、いつの間にかゴンドラ駅の近くまで下りていたと云う現象を体験しており、これも火星の騎士による奇跡なのではないかと話題になっている」

 知佳は思わず「蓮!」と云った。蓮はペロッと舌を出す。

 「なんだか変な話でしょ? 火星の騎士って、ほらあの、何だっけ、知佳がテレビで見ているアニメの、何かでしょ? それが助けてくれたとか、全然意味わかんないわよねぇ」

 母は大層面白がっている様である。

 「火星の騎士が白馬に来たから、白馬の騎士だって。なんだか笑っちゃうわ」

 だとしたら、白馬の騎士は蓮だ。どっちの場合も、蓮の仕業である。

 「白馬の騎士って、女の子の夢じゃないのか。あ、それは白馬の王子様か」

 三科の父も面白がっている。

 「まあ似たようなもんじゃない? でもいずれにしても、助けて貰ったのは男の人みたいよ。それに火星の騎士って女の子でしょ」

 「あっ、そうなのか。なるほど、男女逆転版だな!」

 蓮がケタケタと笑い出した。何だか知佳も可笑しくなって一緒に笑う。完太だけが話題に入れず、親や姉たちの笑う様を不思議そうに見ていた。


 同じ頃、遠くハワイのホテルの一室で、矢張り同じネットニュースを見て盛り上がっている父子がいた。

 「ほらほら、見ろよヒロ、これ、お前の好きな女の子たちのことらしいぞ」

 「そんなんじゃにゃあて! 何度云ったらわかりゃあすの!」

 澤田弘和、未だ八歳。それでも類稀なる治癒の力を以って、「ユウキ」と云うハンドルネームを使って、以前知佳や蓮たちと一緒に問題解決に当たった所謂チームメイトだ。父親に食って掛かる時だけ、何故だか名古屋弁が出る。

 「まあそう云うなよ、ほら、何だっけ、知佳ちゃんと、蓮ちゃんか。それに都子さんだっけ? あの三人でやったらしいぞ。シンさんが云ってたんだ」

 父親も異能者であり、嘗ての神田の後輩でもあった関係で、息子の異能や活動のことは好く理解している。「シンさん」と云うのが、神田のことだ。神田の下の名が真一郎なのである。

 「なんだかよく解んないけど、何でそれが、白馬の王子様みたいになるのさ」

 「いや、詳しいことは解んない。直接本人たちに聞きな」

 「聞きたくったって、連絡手段無いもの」

 「えーっ、詰めが甘いなぁ。そんなもの最初に確認しておくだろ」

 「父さんと一緒にしないで」

 「またまたぁ」

 父親はにやにや笑っているが、息子の方はむっつりと不機嫌な表情である。EX部隊の仕事なら、自分も参加したかったと思っている。

 「都子さん、次の案件は一緒になるって云ってた癖に……」

 「そうなのか?」

 「春だか夏だかって云ってたけど」

 「それなら、緊急案件が割り込みで入ったってことじゃないのか? 抑々依頼で成り立ってる仕事なんだし、春だか夏だか迄お仕事無しってのも、それはそれで拙いんじゃない?」

 「そんなことは知らないよ」

 八歳には難しい理屈かも知れない。彼は唯、仲間外れにされたような気がして寂しがっているだけなのだ。


 また同じ頃、都内のアパートの一室で神田真一郎と田中昌夫が炬燵を挟んで向かい合っていた。こちらも如何やら、細かな案件を一つ片付けて、締めの会議をしているところの様である。

 「と云う訳で、その記事の正体は蓮さんです」

 「そうですか。――って、だからなんやねんて話ですが」

 田中昌夫は、EX部隊では「クラウン」と名乗っている。元々バンドを遣っていた頃のステージネームがクラウン吉川で、その儘クラウンの名を使っているだけなのであるが、活動時にはロックミュージシャンの様なメイクをしたりするので、未だ未だ未練があるのかも知れない。滋賀出身の関西弁で、顎が異様に長い。

 「しかし都子も無茶しよりましたな。あいつのそう云うところ、昔から治らんですなぁ」

 「いや、僕は彼女の昔を知らないんですよ。クラウンさんの方が付き合い長いようですし」

 「ゆうて数箇月の違いですわ。大阪でひらって、佐々本さんに引き渡したから、神田さんとは鳥渡対面が遅れてもうたんですわ」

 「そうそう、係長――じゃなくて部長が突然連れて来て、いきなり時間止められたりとかしたんで、なんだかよく解らなかったんですよ、初対面。まあその後、ちゃんと紹介されましたけどね」

 「聞いてまっせ。可成遣り込められてる云う話ですやん」

 「いや、そんなことは――ない様な――ある様な――」

 「どないやねん。まあ、くだくだしい所なんかはよう似てる思いますけどな」

 「くだくだしい?」

 「説明、解説、大好きですやん、二人とも。神田さんは理系で、都子は文系、ってだけで、遣ってる事同レベルでっせ」

 「そ、そうなんですか……いやぁ自覚無いですが」

 「でしょうな」

 クラウンはカカっと笑った。


 この日は雪も上がり、昼からは陽も出て来たので、知佳達は当初午前中で切り上げる心算だった予定を延長し、結局リフトが止まるまで目一杯スキーを堪能した。

 「明日はリモートにするよ」

 知佳の父はそんなことを云っていた。蓮の父はリモート勤務は出来ない様だが、車の中で寝ておくと云っていたので、まあ大丈夫なのだろう。

 帰りにサービスエリアで夕食を取り、その後は三科の父が運転を頑張って無事帰宅した。先に柏崎父娘を送り届けてから、三科家へと帰って来る。子供達は車の中でたっぷり寝たので、少し元気だ。それでも風呂に入って歯を磨いて、布団に入ったら直ぐに意識が遠くなる。

 「二人とも明日から学校だからね。ちゃんと起きてよ」

 母の言葉も届いたのか如何か。二人ともあっと云う間に入眠して仕舞った。

 この晩の知佳は夢の中でも、スキーの続きをしていた。白馬の斜面を先頭切って滑り下りる蓮は、何故か火星の騎士の衣装を着ていた。


   (終わり)


二〇二四年(令和六年)、一月、八日、月曜日、先勝。


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