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 蓮と知佳が当てたスキー旅行は、長野県の栂池(つがいけ)高原スキー場近くのペンションのものだった。朝八時に三科家に集合した二家族六人は、現在中央自動車道を鋭意北上中である。

 「栂池って白馬(はくば)村じゃないのね」

 カーナビの地図を見ながら、知佳の母親が云った。

 「そうだね、一寸(ちょっと)北に外れてるね。それでも『白馬栂池』とか名乗ってたりするよね」

 「好い加減ねぇ」

 「まあ、地名の白馬じゃなくて、『白馬観光開発』が関わっているから、白馬って名前に付いてるんだと思うよ」

 「そうなのねぇ」

 親がそんな会話をしている後ろで、子供三人が並んで(はしゃ)いでいる。真ん中の知佳を挟んで、右に弟、左に蓮が座っている。蓮の父は一人、三列目のシートに行儀よく座っていた。

 蓮の家族は父親と二人切りだ。母親は何年も前に他界した。三科家とは元々母親同士の仲が良かったのだが、蓮が母を失った時未だ小学二年生だったこともあり、三科家はずっと気に掛けていて、折々で声を掛けながら家族(ぐる)みでサポートして来た。今回もクリスマスを一緒に祝わないかと声掛けして、商店街のレストランで食事してその帰り道、それぞれに貯めていた福引券を消化する過程で、このスキー旅行を当てゝ仕舞ったのだ。

 蓮の父親にとっては、三科一家と云うのは元々何の接点も()い赤の他人である。その赤の他人の車に、何故(なぜ)か今乗り込んで、一緒に二泊の旅行に出ている。縁とは不思議なものだと、(つくづく)思う。元々は妻同士が友達で、確か高校時代の同窓だと云っていたか、偶々(たまたま)同じ歳の娘を持ち、住んで居る処も近かった為、旧交を温めたのだ。(しか)しその妻はもう居ない。居なくなって仕舞った。そのことを思うと(いま)だに胸が苦しくなる。忘れ形見の蓮は、年々妻の面影に近付いて行く。屹度(きっと)この娘は綺麗になる。妻は(とて)も綺麗な人だったから。最近は話し方迄妻が憑依した様に、そっくりになって来た。お蔭で娘相手に、毎日可成(かなり)ディープな仕事の愚痴をぶつけて仕舞う。蓮も生前の妻と同じ様に、上手く受け流し、()なしてくれる。そんな蓮についつい甘えて仕舞い、後で屹度自己嫌悪に陥る。だったら云わなければ好いのに、云って仕舞う。――この(まゝ)では自分は、娘の幸せを制限して仕舞いそうな気がする。今は未だ小学生だから好い様なものの、高校生、大学生になって、彼氏が出来て、(いず)れ婚約者を連れて来て……そこ迄想像して、蓮の父は身悶えした。

 「おしっこ!」

 脈絡など関係なく、突然大声の主張が発出された。知佳の右隣で弟が足をバタバタさせている。車内は一気に騒然となった。

 「おおお、完太、ちょっと待て! 我慢!」

 運転手たる知佳の父は、アクセルを一気に踏み込んだ。

 「ちょっとお父さん! スピード!」

 「お父さん早すぎ! 怖いよ!」

 三科家の女達から一斉に批判の声が挙がる中、蓮は瞳をキラキラさせて、「すごーい! 速い! 楽しい!」と無邪気に燥ぎ出す。

 「ぶううううーん!」知佳の右からも歓声のようなものが挙がる。

 「いやいや、危ないから! きゃあ!」

 横方向への慣性力を振り回しつゝ、車の間を縫う様にして一番左のレーンへと入ると、その儘車は八ヶ岳パーキングエリアへと吸い込まれて行った。

 折良くトイレに比較的近い駐車スペースから車が出た所で、三科家のステーションワゴンはその空きスペースに滑り込んだ。停車するや否やドアが開き、子供達がわらわらと出て来る。

 「かんた! ひとりで行ける?」

 「行ける!」

 そう云って完太はトイレへと、一目散に駆け込んだ。小学校に上がって八箇月、流石に一人で出来るだろうとは思えど、初めての場所だし如何なんだろうと、知佳がおろおろしていると、父が物凄い速度で完太を追い駆けて行った。

 「あたしもトイレ行っとく」

 蓮がそう云ってトイレに向かうので、知佳も何だか催して来て、後を追った。

 パーキングエリアの女子トイレなんて、混んでいる印象しかないものだけれど、三が日も過ぎて平日を挟んでいる為、上り車線の方こそ多少交通量が多いようにも見えたが、下りの車線は比較的空いていたし、パーキングエリアのトイレも全く待たされずに使うことが出来た。

 手を洗って出て来た所で、蓮が待っていた。そして一緒に車へ戻ろうとした時、急に世界が消えた。

 「はっ?」

 「何!?」

 地面に立っている感覚はあるのだけど、足元に何も見えない。前後左右、なんだか薄紫色をしていて、方向感覚も失くして仕舞った。

 「なにこれ、クラウンさん?」

 知佳は蓮の腕を握り締めながら、周囲をきょろきょろと見回す。クラウンというのは、数箇月前に或る案件で共に闘った異能者だ。彼には他人に幻覚を見せる能力がある。知佳も蓮も、異能者として共に闘ったのだ。――この状況は、また何らかの理由で招集が掛けられようとしているのだろうか。

 「クラちゃんこんなこと出来るんだっけ?」

 蓮も知佳の腕を掴み返して、二人でおろおろしていると、正面から中年の男が遣って来た。

 「亜空間なんですけどね。クラウンさんではないんです。――あ、どうもお久しぶりです」

 「ちょっと神田っち! 急に何!」

 「私達、家族と一緒なんですけど……」

 彼は神田。先の案件で、リーダーを務めていた異能者である。

 「判ってます。手短に……何処(どこ)へ行かれますか?」

 神田の質問が、非常に悠長に感じられる。早く車に戻らないと家族が心配する。

 「スキーだよ!」

 「()()()()ってとこ!」

 「判りました。いや、私の認識外へ移動していたので、把握しておきたかったもので……大変失礼しました」

 神田には、他人の異能力を識別する能力がある。如何やら遠くからでも異能力とその持ち主の位置を知ることが出来るらしく、その能力で知佳も蓮も見付け出されて、先の案件に連れて行かれたのだ。その時から如何も神田には、相手の都合を斟酌(しんしゃく)せずに、強引な行動を取って仕舞う嫌いがある。

 「早く帰してー!」

 「都子(みやこ)さん、好いですよ。ありがとうございます」

 神田が中空に向けてそう云うと、一瞬にして世界が戻った。神田はいなくなっていた。――都子と云う名は、初めて聞いた。誰だろう。

 「何もぉ! いつも突然なんだから!」

 激昂する蓮を知佳が(なだ)めながら、「戻れたよ、大丈夫。車に戻ろ」と、背中を押した。

 車に戻っても未だドキドキが止まらない。把握しておきたいって、なんで。知佳はそっと蓮に視線を送った。蓮も知佳を見ていた。

 〈なんだと思う?〉

 知佳が蓮にテレパシーで話し掛けると、蓮もテレパシーで返して来る。

 〈みやこって、誰だろう〉

 蓮は知佳とは別のところが気になっている様だった。

 このテレパシーは知佳の異能力だ。蓮にテレパシーの力は無いが、知佳が近くにいればテレパシーの力をお裾分(すそわ)けすることが出来る。お裾分け出来るのはこの場では蓮だけである。蓮も異能者で、異能者同士でなければテレパシーのお裾分けは出来ない。――とまあ、そう云うことになっている様なのである。以前神田に教えて貰ったのだ。

 〈今思ったんだけど、あんなことしなくたって、知佳がいるんだからテレパシーで聞いてくれればよかったのに〉

 〈ホントだ。でも急にテレパシー来ても吃驚(びっくり)はするよね〉

 テレパシーの会話をしていると、如何しても無口になる。(せん)迄燥いでいた子供達が、パーキングエリアに寄ってから急に静かになると云うのは、傍目(はため)には(やゝ)不自然な印象を与え兼ねない。そう考えて二人は、目を閉じて寝た振りをすることにした。二人の異能力のことは、家族にも秘密なのだ。

 〈神田っちなんかに逢った所為(せい)で、気分()ち壊しだよ〉

 〈なんだか嫌な予感しかしないよね〉

 中々辛辣な意見が飛び交っているが、それも数分で静かになり、(やが)て軽い寝息が聞こえて来た。振りではなく本当に寝て仕舞った様だ。ずっと窓外を見ていた完太も、何時しか姉に(もた)れる形で寝ていた。次第に蓮も知佳に凭れて来て、両側から挟まれる様な状態になった知佳は、寝た儘苦悶の表情を浮かべた。


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