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十九

 この日は中々都子が現れなかった。二人共布団に入り、テレパシーで雑談などしながら待っていたのだが、いつのまにか寝て仕舞っていた。

 急に激しい閃光を感じて、知佳は目が覚めた。起き上がると布団は無く、また例の真っ白な世界に蓮と二人で居た。

 「何時?」

 「判んない……」

 目を擦りながら二人で会話していると、都子が現れた。

 「ごめんやっしゃ、遅れやっしゃ」

 登場時に何かネタを挟まないと気が済まないようだ。

 「今日はちょい、深い時間にさしてもうたで」

 「えー、何時?」

 「三時位かな。いやあ、昨日夜更かしするおっさんおったからな、念の為や」

 「なんか結構しっかり寝た気がするけど……」

 「うん、朝かと思った。なんか眩しくて目が覚めたし」

 「おお、それはうちや。目覚まし代わりに、びかーって光らさしてもらいました」

 「なんかよく解んないけど、はい」

 「あと、君ら一応、八時間ほど寝た筈や」

 「あー、ミヤちゃんまた緩りにした」

 「まあそやな。この先も緩りやって貰うけど、終わったら一気に朝にすんで」

 「好い様にしてください。都子さんといると時間の経過とか全く如何でもよくなってくる。取り敢えず始めましょう」

 「やる気があるのはえゝことや。ほなら昨日棚上げしとった高宮のおっさんからな」

 今夜の高宮は就寝していた。都子が繋いで、知佳が下りる。夢も見ないで熟睡している様で、知佳は可成自由に探索することが出来た。

 「紛失したと思われる日の、一日の記憶です」

 そう云って知佳は、高宮の記憶を二人に共有した。

 出勤する際、彼はイヤリングの入った箱を開き、中身を確認した上で、箱を閉じてコートの内隠袋(ポケット)に入れた。中にはイヤリングが確実に入っている。この時点で、イヤリングはコートの隠袋の中だ。

 「高価な物にしては、扱いがぞんざいやねんなぁ」

 車の運転席に乗り込むと、コートを脱いで助手席に置く。通勤途中では全く寄り道せず、従って乗り降りもせずに、そのまま無事会社へと辿り着く。車を降りる際にコートを羽織り、その際内隠袋に手を差し込んでイヤリングの箱の存在を確認している。

 「まあここまではヨシ、やな。然し専務になっても自分で運転して出勤するんやな。小さい会社やからかな。車も大衆車やし」

 「仁美のお父さんも自分で運転してるよ」蓮が補足する。

 「そうなんや。役員が偉ぶってないところが好感持てる会社やね。ま、小さいだけかも知らんが――然しそうすると、原価の数百万でも相当頑張ったんやな、このおっさん。金の使い所、大いに間違(まちご)うとる気はするけどな」

 オフィスビルの三階に、六郷商事は入っている。都子は小さい会社と評するが、一応ワンフロア借り切っているのだから、それなりに頑張ってはいるのだろう。高宮は専務室と書かれたドアから室内に入り、コートを脱いでハンガーに掛けた。その時イヤリングの箱をコートから取り出し、自分の机の抽斗(ひきだし)(うつ)している。抽斗には鍵が掛けられるようになっていて、高宮は当然の如く施錠すると、その鍵を別の抽斗に入れた。

 「あれは鍵の意味あるのかなぁ」

 蓮が素朴で当然の疑問を呈する。

 「まあうちの知る限り、オフィス内では大抵あんなもんや。鍵掛けるだけましやで。うちの見て来た会社に限るのかも知らんけど、あんまり社内での盗難とかは警戒しとらん気がすんな」

 「身内を信頼してるんだね」

 「いやあ、信頼っちゅうか、正常性バイアスかな。盗難事件なんか起きるもんかってどっかで思い込んどんねん」

 「ふうん?」

 「麻痺とか、平和ボケとかの方が解るか?」

 「あゝ、うん、多分……」

 「ま、そんな訳やから、この点に就いては高宮が特別迂闊やとか云うことも無いとは思うよ。専務室なんか出入りするだけで目立つしなぁ」

 「そうか」

 高宮は机上の「未確認」と云うタグの振られた箱の書類を一枚取って、内容のチェックを始めた。一通り隅々まで確認し、判子を押すと、今度は「確認済」と書かれた箱へ入れた。

 「普通にお仕事始まったな。ここからは暫く退屈なんちゃうか? 早送りとか頭出しとかでけへん?」

 「えーっと、ちょっと待ってくださいね」

 今まで動画の様に再生されていた映像が長い帯になり、三人の前にうねうねと蛇行しながら横たわった。よく見ると太くて明るい部分と、細くて暗い部分とがある。

 「これが一応、一日分の記憶です。記憶に強く残っている部分は太くて明るい(ふし)に見えてます。記憶に残る部分って大抵何かが起きたり、それ迄と違うことをしたりとか、兎に角変化があった部分で、弱い部分は単調な作業が続くとか、何も起きないとかって感じだったりするので、基本的に太いところを見て行けば好い筈です。――えゝと、今この辺りまで見たので、次の節はこゝですね」

 そう云って知佳は、太くて明るくなっている部分を(つま)んで広げた。丸で映画のフィルムの様に、高宮の数分間の様子が動画ではなく、幾枚もの静止画像として一目で見渡せる。

 「知佳ちゃんは有能やなぁ。中々能力を上手に使いよんねんな」

 「えぇっ、そ、そうですか?」

 「誇ってえゝで」

 「あっ、ありがとうございます……えへっ」

 「あたしの親友、知佳です!」

 「知っとるがな。蓮ちゃんも誇っとけ」

 「わぁい!」

 何故か蓮の方が喜んでいる。然し都子は殆ど無視して、高宮の記憶を細かくチェックしていく。

 「ここには変化ないな。次広げて」

 「はい」

 そんな調子で幾つかの節を調べて行くと、遂に高宮が席を立つ場面が見付かった。

 「ここは動画で見たいな。専務が席立つ前の、内線で誰かと話している所から」

 「はい」

 知佳はその部分を動画として再生させる。

 ――北山君か。一寸確認があるんで、何処か会議室セッティングして。――そうだね、担当者と、リーダーと。――今直ぐ行けます? 了解りました。――はい。会議室Aね。ではよろしく。

 内線の受話器を置くと、机の上に広げていた書類を束ねてクリップで留め、席を立った。

 「普通にお仕事や。会議の様子はえゝよ。次帰って来んの、どの辺かな」

 「えゝっと……」

 知佳は記憶の帯を指でなぞりながら、節を一つ一つ確認して行き、その個所を見つけ出した。

 「ここですね」

 広げてみると、卓上の時計は既に昼を指していた。

 「午前中いっぱい部屋に戻らなかったんや……その間に誰か出入りしとらんやろな……ああでも、このおっちゃんの記憶からはそれは判らんか」

 「そうですね……」

 「まあええわ。取り敢えず続けよか」

 知佳が記憶を再生すると、高宮は抽斗からイヤリングの箱を取り出してコートの隠袋に入れ、そのコートを羽織って外出した。

 「昼食いに行ったかな? (なん)にしろこの時点で未だ紛失しとらんのは確認でけたな。外出中は詳しく見とこか」

 会社近くの定食屋に入り、日替わり定食を食べて帰って来る迄、特に余計なこともせず、誰とも会わず、再びコートから取り出した箱を抽斗に仕舞って施錠する所迄確認し、都子は溜息を吐いた。

 「失くさんなぁ」

 「そうですね。逆から見た方が好いかも知れないですね」

 「せやな。それで行こか」

 知佳は全体の三分の二ぐらいの所にある、大きな瘤の様になっている節を抓んで、

 「多分これが、失くしたことに気付いた所だと思います」

 と云うと、その部分を展開した。高宮が真っ青な顔で、フロア中を行ったり来たりしている様が見て取れた。

 「なるほど、ここで確実に紛失しとる訳や。一応その、紛失に気付く瞬間を見ておこうか」

 知佳は少しずつ記憶を遡り、そのポイントを探した。

 「ここですね」

 再生を始める。高宮が仕事を片付けて机の上を綺麗にしてから、鍵の掛かった抽斗を解錠し、開ける。そこに箱は無かった。

 ――えっ!

 高宮は声を上げて、数秒動きを止めていたが、直ぐに行動を開始する。総ての抽斗を奥まで、底まで徹底的に(さら)い、机の下に潜り、周囲をぐるりと見て回り、机の上の書類箱まで(あらた)めた。部屋中のキャビネット、ゼロックスの裏表、ハンガーに掛けたコートの隠袋迄引っくり返したが、何処にも無い。高宮は顔を真っ青に染めて、部屋を飛び出した。

 「わかった。ほんならこの時点から、最期に抽斗が開けられた場面を探して」

 「はい」

 知佳は記憶の帯を逆になぞり、辿って行くが、()の抽斗もたったの一度も開けられない儘、昼食から帰って箱を抽斗に入れる所まで来て仕舞った。

 「高宮さんはお昼から帰ってから、一回も抽斗を開けてないです」

 「おっさんに落度は無かった、ちゅうこったな――せやけど、そうすると、誰かおっさんの知らん間に忍び込んで抽斗開けたか。愈々ホンマもんの泥棒か?」

 「高宮さんの記憶だけでは、そこまでは判らないでしょうね……」

 「そやねぇ……」

 都子は名残惜しそうに、展開された高宮の記憶を眺めていたが、或る一点に不図目を留める。

 「知佳ちゃん、ここ詳しく」

 「え? ――はい」

 都子が指した点を引き伸ばし、再生を始める。

 「停めっ、ちょい戻して――そこ!」

 通路で立ち話している高宮の視界の隅で、専務室のドアが開いた。

 「誰や」

 然し、視点が移動して仕舞い、誰が入ったのか、それとも出てきたところなのか、それさえ判別できなかった。

 「あ、タッくん」

 「はあ!?」

 蓮の呟きに知佳が振り返り、同じ部分を繰り返し再生させた。

 「ほんとに?」

 「いや、改めて問われると……でも一瞬、そう感じたんだ」

 「ふんむ……ここは一旦、女の勘を信じよか」

 戸惑う二人に、都子はにかっと笑って見せた。


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