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十六

 蓮の様子も落ち着き、普通に会話出来る様になったところで、都子は蓮が握り締めているフィギュアを指差して、二人に確認をする。

 「ほんでこのフィギュア、どないしょっか」

 多少の汚れや(いた)みはあるが、破損などは無く略あの時の儘の状態である。

 「正直に謝って返したい」

 「いやっ、それは如何やろなぁ」

 蓮の素直な申し出に、都子は待ったを掛けた。

 「新たな火種にならんとも限らんし、ここは如何やろ、棚の裏とかに落ちていたってことにして、本人が自発的に発見するよう仕向けるとか」

 「えー、なんか(ずる)い」知佳は不満を訴える。

 「大人やから狡いねん」

 「なにそれぇ」

 都子は鳥渡沈黙し、二人を見渡した後、(おもむろ)に口を開く。

 「後先考えて行動せなな。自分の欲望や満足だけでなく、相手の気持ち迄考えてや。そら全部ぶちまけて謝ったら、自分はスッキリするやろし、肩の荷下りて満足やろうけど、五年越しでそんなん打ち明けられて返される方はどないや。相手謝っとったら責めにくいやろし、遣り場のない思い、確執はずっと残るで。五年の間に若しかしたら、買い直してるかも知らんしな。そんなところに殊勝な顔して返してくるヤツとか、如何なん? て思わん?」

 蓮も知佳も、何も云い返せず黙って仕舞った。

 「悪意無いのは判ってるし、不可抗力な部分も大きいし、何ならコイツ自身が招いた事態でもあるから。なんも君等を責めとる訳やないけど、でもな、八方丸ぅ収めることって大事やんか。それは何も相手の為ばかりやない。良くも悪くも、結局自分に返ってくることでもあるからな」

 「……はい」

 知佳は不承不承ながらも納得しかけたが、蓮は黙った儘俯いている。

 「蓮……未だこの人のこと」

 「まさか!」

 大声で否定するが、どこか白々しさを感じて仕舞う。

 「あのさ、最初上級コースで助けた時、なんでここに連れて来ちゃった?」

 「それは……」

 「サービスエリアで仁美に逢った時、真っ先にお兄さんのこと訊いたの、その時は何とも思わなかったけど……今にして思えばあれも」

 「知佳……あたし……」

 二人の遣り取りに都子が割って入って来た。

 「あんな、蓮ちゃん。そこんとこは割りかしどーでもええねやんか」

 「え?」

 「今最大の関心事は、誰も傷付かずにこのフィギュアを持ち主に返すには、どないするかっちゅうことや」

 「そ、そうだけど……」

 「君の恋だか憧れだかは、まあ大事にしといたらえゝわ。でもそれは後でゆっくり悩み。今は先ず、あるべきものをあるべきとこへ、やで」

 蓮はぎゅっと目を瞑り、数秒、かっと見開いて、「はい」と力を込めて発声した。眼に力が籠もっていた。

 「まあ、返し方に就いては、鳥渡思い付きがあんねんけど、一旦預けて貰えへんやろか」

 「どうするんです?」

 「蓮ちゃんには火星やって貰うとして、――知佳ちゃんは水星かな」

 「え?」

 「は?」

 「ちょっと練習しよか」

 都子の思い付きの練習は、三十分程続いた。丸で学芸会か何かの練習をしている様で、知佳は鳥渡楽しかった。蓮も段々楽しくなって来ている様に見えた。

 「よっしゃこんなもんやろ。ほんでは本番、行くで」

 都子がパンと手を叩くと、三人の真ん中に再び拓巳が現れた。今回はテレポートではなく、都子の空間術である。拓巳の頭は逆様に雪に突っ込まれた儘、雪ごとこの場に出現している。

 「今は未だ時間も止めた儘にしとるけど、それは合図と共に動かすわ。動き始めてもうち等の姿は見えん様にしとるし、声も選択的にしか聞かさん。君等には出番に合わせて、それぞれ相応しい姿でこいつの前に現れて貰う。――ほなら、練習通りにな」

 都子が手をパンと叩く。拓巳は雪から顔を抜いて体勢を立て直すと、上を見上げた。

 「生きてる……あれは幻だったのか?」

 斜面の上方を見上げている様だ。

 「よし、蓮ちゃん行け」

 都子の合図と共に蓮が拓巳の前に立つ。都子が空間を繋ぐ際、フィルタを咬ませることに依って蓮の姿と声は火星の騎士として上書きされる。

 「かっ、火星の!? いやまさか、そんな……」

 「お主、何か勘違いをしているのではないか」

 「ええっ? 紅子様の声……いやあの、勘違いとは」

 「お主、我の人形(ひとがた)を紛失したな」

 「ひとがた……あ、フィギュアのこと? いや、アレは紛失ではなくて……」

 「笑止! それがお主の勘違いだ!」

 「え……え? 何が」

 ここで知佳が登場する。

 「紅子さん、余り追い詰めてはいけません」

 「水星の伝令! エルメス水希(みずき)!」

 「拓巳さん、あなたは紅子の人形を如何したのですか」

 「いや、だから……って、水希が俺の名前を呼んでる!?」

 「答えろ! 我の分身を如何したのか!」

 「だから、盗まれたんですよ!」

 「違う!」

 「違うって……なにが……ええっ?」

 「拓巳さん、あなたは紅子の人形を、別室へ持ち出しませんでしたか」

 「えっ? ……いや」

 知佳はこの瞬間、拓巳の心へ下りて、彼が火星のフィギュアを持って居間へ行っていたことを確認していた。

 「あなたはそれを持って居間へ下りました。何の為にでしょうか」

 「居間へ? ――あ、そうか、なんかガキに触られたと思って、幾つかのフィギュアを水拭きしに台所へ……」

 蓮の口元がピクリと痙攣した。

 「それはつまり、その子が部屋に入ったより後のことですね」

 「そりゃそうです」

 「では、その子はそれを盗んでいないですね」

 「あ――いや、でもそれなら、如何して」

 「ちゃんと部屋へ持ち帰りましたか?」

 「ちゃんと……」

 知佳は拓巳の心の記憶を読みながら、その特定箇所を刺激する。拓巳は少しずつ当時のことを思い出してゆく。

 「水拭きして、濡れたから乾かそうと思って、居間の机に……でもその後、乾いてからちゃんと部屋に……えっ、ちょっと待ってよ……」

 「紅子はありましたか?」

 「紅子……火星の騎士は……」

 「無かったな! おのれ!」

 紅子――蓮が、辛抱堪らず口を挟んだ。

 「えっ! いや、その――ごめんなさいっ!」

 拓巳は紅子に向って土下座した。

 「それで、何処へやった」

 「えーっ……ちょっと、わからない……です……」

 「判らないでは済まぬ!」

 「わわわわわ、ええと、ごめんなさい、探す、探します! 屹度家の中の何処かに」

 「それには及びませんよ」

 知佳――水星の伝令は、火星の騎士のフィギュアを両手で掬う様に掲げて、拓巳の目の前へ差し出した。

 「あっ、俺の紅子!」

 そう叫びながら、拓巳はフィギュアを受け取る。

 「俺のとは何事か! 我はおのれの所有物ではない!」

 「あああ、いや、そういう意味ではなくてですね、その、フィ――いや、ヒトガタが、僕の持ち物と云う意味でして」

 「確かにあなたのものですね」

 「ハイ! はい、そうです! 僕の――」

 「あなたが(かつ)て糾弾した少女に、罪はないですね?」

 「はい! 無いです! 僕の勘違いでした! 申し訳ありません!」

 「謝る相手が違います」

 「ああっ、はい、ええと、今度会ったら謝っておきます!」

 都子はエルメス水希と阿連須紅子をフェードアウトするように拓巳の視界から消し、入れ替えるようにして蓮の姿を出現させた。

 「この少女ですね」

 水希の声だけが響き渡る。

 「あゝ、そうです、そうなんです! ごめんなさい、僕の勘違いだった、君は悪くなかった! 本当にごめんなさい!!」

 蓮は鳥渡困ったような、後ろめたい様な顔をして、都子を見た。都子はウインクで返した。

 「いいよ。大丈夫」

 蓮はそれだけ云うと、拓巳の視界から消え、都子は拓巳を完全に元の世界へ返した。

 「ま、これで一件落着やな。君ら迫真の演技やったよ、滅茶苦茶良かったで。楽しかったわ! 練習なんか遙かに超えとったやん!」

 「ミヤちゃん……矢っ張りちょっと罪悪感が……」

 「ゆうてノリノリやったやん!」

 「いやまぁ、楽しかったのは……確かなんだけど……」

 「まあ、本来の依頼は全然片付いて無いねんけどな、ほんでも一旦ここはこれで。今回時間止めて大分拘束してもうたな。小一時間ほど君ら、他の子等より年取ってもうてるから、(いず)れ辻褄合わすわ」

 「好いですよ。私と蓮だって二箇月は生きてる時間違うし。そんな数時間とか一日程度……」

 「いや、可能な限り合わさせて貰います。一個一個は小さくても、それなあなあにしとったらいつか数年単位でずれてもうたりし兼ねんからな」

 「ミヤちゃん意外と生真面目」

 「ったり前やん。君うちのこと、どんな風に認識しとってん」

 「いやぁ」蓮は後頭部をポリポリ掻いた。

 「まあええけどな。()(かく)、可能な範囲でにはなってまうけど、ちゃんと収支合わしとくから、心配しんといて。――ほな、また晩にな」

 そう云うと、都子と世界は消失し、栂池の山頂に戻っていた。


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