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十二

 昼は中腹のレストランで取ることになった。それ迄に知佳達は、ペアリフトのコースを五回は滑り下りていて、二人とも大分シュテムターンが様になっており、蓮に至ってはパラレルの成功さえ体験していた。

 「お昼食べたら山頂行こう!」

 もう知佳には、蓮に反対する口実が思い付かない。知佳だってそこそこターンが上手くなっているので、何なら山頂に行っても大丈夫なんじゃないかと云う気にさえなって来ている。

 知佳達四人がゴンドラ中間駅の辺りで待っていると、知佳の父と完太が上がって来て合流した。

 「ラーメン食べたい!」

 皆が揃うと蓮が真っ先に希望を唱えた。それを知佳が聞き(とが)める。

 「昨日のサービスエリアでもラーメン食べてなかった?」

 「だから何? 寒い日はラーメンでしょ!」

 「いやまぁ、好いんだけど。寒い日って毎日じゃん」

 「毎日ラーメンでも好い!」

 知佳は思わず笑って仕舞った。蓮がラーメン好きだと云うことはよく解った。

 「あはは、じゃあラーメンで好いよ」

 「じゃあって何よぉ、ラーメンの神様に謝れ!」

 「か、神様? 誰」

 「知らない!」

 今度は蓮がケタケタと笑った。

 「じゃあ、そこのラーメン屋で」

 娘達の莫迦話に微笑みつゝも、知佳の父が行き先を確定させ、全員で店に入る。一寸早目の時間だった為、苦も無く席を確保出来た。

 「そういや完太、こんな所迄来ちゃって、ちゃんと下りられるの?」

 「うん!」

 「完太もう二回はここから滑ってるぞ」

 父の言葉に知佳は目を丸くする。

 「うそでしょ!」

 「知佳の弟とは思えないねぇ」

 蓮が麺を啜りながら、さらっと悪態を吐く。

 「ちょっと蓮? それはどういう意味?」

 「ん? 何が?」

 悪意が無いのか、唯(とぼ)けているだけなのか。知佳は蓮の心だけは読めないのだ。

 「もぉ好いよ。どうせ私は運動音痴だよ」

 「えー、でも知佳も滑れるようになって来たじゃん。大丈夫、もう直ぐ完ちゃんに追いつくから!」

 「いや、待って、あたし完太に抜かれてないよね?」

 「あれ?」

 「れん?」

 知佳が睨み付けると、蓮はあははと笑った。

 「もぉ、あんた達まるで漫才ね」

 母はそう云ってけらけら笑った。

 「俺昔似た様なの見たことあるぞ」

 知佳の父が母に向って云うと、母は鳥渡赤面して、

 「やだなぁ、凛とのこと? 全然違うわよ」

 「いや、二世だろ」

 「やめてよね」

 父母の遣り取りを、知佳と蓮は興味深く聞いていた。

 「はいはい、莫迦な話は終わり! 伸びない内にとっとと食べて!」

 「ちぇーっ」

 「はあい、食べたら山頂!」

 「うん」

 知佳が云い返さないので、蓮は嬉しそうにニッと笑って、ウインクした。

 「完太はどうする?」

 母が訊くと、

 「父ちゃんとスキーする」

 と云うので、父は一回天を仰いで、

 「わかった! 姉ちゃんより上手くなるぞ!」

 「うん!」

 「いやいや、負けないし」

 「知佳油断すんなよー」蓮が面白がって煽る。

 「しないから! 山頂行くよ、蓮!」

 「そうこなくっちゃ!」

 なんだか巧いこと乗せられた気もするが、云った以上は後には退けない。知佳は肚を括った。ラーメンの残りを啜り上げ、スープを飲み干して、すっくと立ちあがり、ゲップをした。

 「知佳きたなーい」

 「うぅ……ほっといてよ」

 知佳は真っ赤になって、笑う蓮から目を逸らし、自分の食器を返却口迄持って行った。食器を返して戻って来ると、完太以外は皆食べ終わった様で、銘々食器を返却しに立ち上がったりしていた。

 「完太は任せとけ。皆山頂行って好いぞ」

 三科父がそう云うので、それに甘えて出発することにした。

 店を出て、渡り廊下を通ってゴンドラ中間駅へ行く。ドアの外側にあるポケットに各自のスキー板を入れ、四人はゴンドラに乗り込んだ。

 「栂の森駅って、山頂じゃないのよね」

 ゴンドラの中で、母がボソッと呟いた。

 「えっ? どういうこと?」知佳が聞き咎める。

 「え? ああ、ゴンドラの終点駅って別に山頂って訳じゃなくて、山頂に行く為のリフトが別にあって、そこからは上級コースか中級コースしか無いの。だから、気にしなくて好いのよ。あなた達はこのゴンドラの駅からね」

 「えー、なんだあ」

 「林間コースあるから。景色が変化に富んでゝ愉しいわよ。林の間をくねくね行くから、傾斜も緩やかだし。コースとしては初心者コースなの」

 「ふーん……わかった。行く」

 知佳は蓮を振り返ってみた。なんとなく不満そうにしてはいるが、特に異議は唱えていない。蓮は知佳の視線に気付くと、ニコッと笑った。

 「林間コースもちろん行くよ! 全コース制覇するんだから!」

 「あ、蓮ちゃん、全コースは無理だわ。なんか講習みたいの登録しなくちゃいけないところもあるし、フリースタイルするためのコースなんかも無理だし、ツリーランも厳しいかなぁ」

 「フリースタイルって? ツリーランて?」

 「フリースタイルは、小さいジャンプ台とかパイプとかあったりして、空中で体ひねったり宙返りしたり……スキーヤーもいるだろうけどボーダーが多いかもね。ツリーランはホントの林の中、生えてる木を避けながら滑るところ。『キッズツリーラン』なんて書いてるけど、どの程度の所かは行ってみないと判らないわね。でも取り敢えず普通に滑れるようになってから挑戦する感じかな」

 「うん、そう云うのは好いや。普通に滑るだけのタダのコース制覇したい!」

 「そうね。じゃあまず林間ね」

 ゴンドラを降りると、暫くは緩やかな斜面が続く。母に従って覚えたてのシュテムターンをしながら尾いていくと、「林間コース入口」と書かれた立て看板があった。

 「こっちね」

 母が矢印に沿って進む。外側へ大きく振った後、中級コースの上部を横切って林の中の道へと突入する。左に山、右に谷を見ながら、林道を道なりに進んで行くと、軈て開けた場所に出る。コースの外側がいきなり急になっているので近付かないと判らないが、コースを外れた先は如何やら上級コースの終盤の様である。上を見上げても何処から始まっているのか判らない程、真っ白けである。その中腹辺りで、蹲った儘もじもじしている人がいる。

 「あの人」

 知佳は隣にいた蓮に話し掛けた。

 「脚痛めて動けないみたい。困ってるよ」

 「どこ」

 蓮も一緒に上を見上げて、直ぐに了解すると、瞳が少し赤みを帯びた。

 「あ、こら」

 知佳が止める間もなく、蹲っていた人が忽然と姿を消した。知佳が下方に目を遣ると、遙か遠くゴンドラ中間駅と思われる辺りで、人(だか)りが出来つゝあった。如何した、如何遣って下りてきた、何処が痛むんだ、などの想いが聞こえてくる。

 「蓮……やったな」

 「まあまあ、人助け。誰も見てなかったし」

 「危ないなぁ」

 背後で母が呼ぶ声が聞こえた。

 「こらぁ、そこ上級コースだから、危ないぞ! 林間コースこっちだよぉ」

 「はぁい」

 知佳と蓮は少し後ろに下がってから、方向を変えて母の後を追った。母と一緒にいた蓮の父は、子供達が行ってから最後尾を護る様に滑り出す。林間コースは略一本道で、これ迄に滑った人達のスキーの跡がくっきり付いているので、それに沿って滑るだけである。カーブなどはあるが、今迄ゲレンデでしていた様なターンの要素は殆ど無く、唯々道をなぞって行くだけなので、成程(なるほど)初心者向けのコースではある。コースを外れゝば崖下なのだが、コースの縁は雪が盛られていて、そう簡単にコースを外れることはない。外れようと余程頑張らない限りはコースアウトなど出来ない様になっているのだ。それでも林立する木々の中を滑って行くのには、一種独特な感覚がある。自然との一体感と云うのか、山林に対する征服欲の充足と云うのか、逆様(はんたい)に叢林に呑み込まれて逝く儚げな恍惚感とでも云うものか。そんな取り留めの莫い想念を噛み締めながら、道に沿って右へ左へと大きくジグザグに滑って行くと、程なくゴンドラ中間駅の辺りへと出た。

 「楽しかったぁ、もっかい行きたいな」蓮は晴れ晴れとした顔をしていた。

 「蓮ちゃん制覇するんでしょ? 先に下の方済ませておかないと、制覇出来なくなっちゃうよ」

 「えー、それは嫌だ。次何処行くの?」

 「そうねぇ……一回鐘の鳴る丘ゲレンデ迄下りないとね。そこのゲレンデ何往復かしたら大体この辺りは滑り尽くせるから、それからまたここ迄戻って来て、それから林間行くか、ここの中級に挑戦するか……」

 「中級行く!」

 蓮の勢いに母は鳥渡微笑んで、

 「そうね。先ずは初心者コース滑り尽くしましょう。初心者コース制覇する頃には大分上手くなってるわよ」

 「やったあ!」

 母に付いていくと、可成(かなり)広いゲレンデに出た。最初に居たゲレンデも大分広く感じていたのだが、こっちはその二倍も三倍もある様に思える。

 「ひろーい。端から端まで行くのも大変そう」

 「あまり大きく横切ってると他のスキーヤーやボーダーとぶつかる危険も大きいから、適当にターンしながら下りてね」

 「はぁい。蓮、これは何回か(のぼ)らないと、このゲレンデ制覇は出来ないよ」

 「うーん、あんまりここで時間使いたくないな」

 「えっらそうに」

 「だってもう、こんなレベルじゃないからあたし」

 「へぇ? まあそれならそれで……」

 そんなことを云っていたら、目の前を見覚えのある小さなスキーウェアが(よぎ)って行った。

 「完太?」

 知佳は呆然と、完太の後姿を見送る。その後から父が滑って来て、擦れ違い様知佳に「よぅ、完太に抜かれてないか?」と声を掛けて、その儘行って仕舞った。

 「なにそれ! 蓮、あたしもこんなところで時間使ってる場合じゃないわ」

 蓮はにやにや笑って、「姉ちゃん油断してちゃダメだぞー」と揶揄(からか)った。

 母もくすくす笑いながら、

 「さあ、一旦あのリフト乗り場迄行きましょう。完太達に追い付けるかな?」

 「別に競争してないし!」

 そう云いながら知佳は、リフト乗り場へ向けて滑り出した。母と蓮は瞬間視線を交じわせ、くすりと笑い合った後に知佳を追う様に滑り下りて行った。最後に蓮の父が、自身のポジションをキープする様に続く。

 四人はこの広いゲレンデを、三度ほど滑り下りて来た所で、蓮の「飽きた」と云う声を契機(きっかけ)に上のコースへと向かった。

 「お母さん鳥渡勘違いしてたわ」

 「なにが?」

 「ずっと登りだと思ってたけど、ここ一寸谷間になってるのね」

 リフトを降りて反対側に行くと、成程下り坂になっている。リフトの降り場が丘の天辺(てっぺん)に在り、戻る方向も進む方向も下りになっているのだ。その短い斜面を下って行くと、次のリフト乗り場へと辿り着くので、四人はそれに乗り込む。その丸山第一クワッドリフトと云うのを降りたところで、母は二人を見た。

 「ここ下りたら中級」

 リフト降り口の直ぐ脇から始まるコースを指して、母が云う。

 「あっちとそっちは、初級ね」

 左右真反対の二方向をそれぞれ指す。

 「まずあっち行って、またこれ乗って、次こっち行って、また乗って……」

 二つの初級コースを順に指す。

 「で、その後愈々中級行こう」

 そこで母は不敵に微笑んだ。

 「何か云い遺すことは?」

 「何それ! 死ぬみたいじゃん!」

 「あたしが死んだら、喪主は知佳で」

 「いや、お父さんだから! てか死ぬなよ!」

 唐突な蓮の父の叫びに、三人は大笑いした。

 「じゃあ、先頭行きまーす! 骨は知佳が拾ってね!」

 「死なせてなるかー!」

 二人の娘の後を、知佳の母と蓮の父が笑いながら追う。

 「巫山戯(ふざけ)てっとほんとに怪我するからね!」

 「はーい!」

 「大丈夫ー!」

 滑りながら大声で会話をしている。初心者コースで大してスピードが出ていないから出来ることなのだろう。また、会話をしているからこそ、スピードを抑えて滑ることが出来ているのかも知れない。三人のお喋りが、安全な滑走に一役買っているのなら、それはそれでアリなのだろうなと、蓮の父は独り納得していた。


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