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十一

 大人達は珈琲や紅茶等思い思いの物を飲んでいるが、子供達は皆ココアを選択した。子供向けの温かい飲み物がそれ位しかなかったのだ。知佳がマグカップを両手で抱えて、ズーッと音立てゝ啜っていると、唐突に頭に声が響いた。

 〈報酬の件ではご心配お掛けしました。今から少しご説明させて頂きます〉

 知佳は蓮を見た。蓮も知佳を見ている。心底うんざりした表情になっているので、あゝ、蓮にも聞こえているなと諒解した。

 〈結論から云うと、お二人の前回及び今回の報酬は、預かり金と云う形でプールされています。成人され、ご両親の扶養から外れるなど、然るべき時が訪れれば確実に、利息を付けて支払われますので、ご安心ください〉

 〈ちょっと難しくて判らないところあるけど、只働きじゃないってことだよね?〉

 ココアを飲みながら、蓮が質問を返している。

 〈もちろん、そんなことはありません。うちはブラックではないので。――EX部隊は可成(かなり)特殊な業態ですし、政府、行政とも結構密接に関わり合っている部門なのですが、実は特例的な扱いも多々認められていまして……なので決して違法な状態にはなっていませんのでご安心ください。先程都子さんにも確認して頂いたところなのですが、厚生労働省による特例認定書類など、ご希望とあれば一度目を通して頂くことも可能です〉

 〈そんなの見たって解んないよ〉

 〈うちが見た限りでは問題無さそうやったわ〉

 都子の声も聞こえて来た。蓮は鳥渡嬉しそうな顔になる。

 〈ミヤちゃんが大丈夫って云うなら、きっと大丈夫〉

 神田の苦笑する様子が伝わって来た。

 〈本来未成年やから、保護者の許可だのなんだの要るところやけど、特例の中で保護者の代理人を立てられるみたいな条項あって、それが神田っちと、何故かうちの名前も入れられとんねん。なんや、能力指導責任者とかなんとか。今日初めて聞いたわ。()うてうちみたいな二十歳(はたち)の乙女に、そないな重責肩書背負(しょ)わせてえゝんかい思うわ。ほんまそう云うところ、好い(えゝ)加減やねん。会社はホワイトやとしても、神田っちがブラックやわ〉

 〈いや……それは、大変失礼しました〉

 〈そう云うのは二人で勝手にやってゝよ。あたしは問題ないならそれで好いから〉

 良くも悪くも蓮はドライなんだなと、知佳は改めて思った。

 〈都子さん二十歳なんだ。もっと上かと思ってた〉

 知佳はなんとなく思ったことをその儘送った。

 〈大人っぽいゆうことか、将又(はたまた)おばはん臭いゆうことか、その辺りが問題やな〉

 都子のケラケラ笑いが響いてくる。

 〈まあそんな訳で、深夜のお仕事も時間操作して成長に必要な睡眠時間確保できる前提でオッケーなんで、その辺りも心配しやんと、今夜もよろしゅうにな〉

 〈そんな心配思い付きもしなかったよ〉

 〈あたしも蓮と同じ。仁美の為でもあるし、よろしくお願いします〉

 〈ではそう云うことで〉

 神田の言葉を最後にテレパスの会議は終わった。蓮は知佳に視線を送り、やれやれと云う様な顔をした。

 〈あ、てことは夕べ、寝ている時間も引き延ばされてたのかな〉

 知佳は昨夜(ゆうべ)寝た時間が遅かった割に、今朝の目覚めが迚も爽やかだったことを思い出していた。

 〈そうかもね。なんか結局、時間伸びたり縮んだりしてゝ、あたし達余計に生きてるのか短くなってるのか判んなくなっちゃってるな〉

 〈元々そんな気にしてなかったけど、都子さんのことだから最終的には上手いこと辻褄合わせてくれるんじゃない?〉

 〈あたしは怪しいと思うなぁ。ミヤちゃん神田っちに対しては細かいところ厳しいけど、多分自分に対してはルーズだよ〉

 〈あゝそうかも〉

 なんとなく知佳は、くふふと笑って仕舞った。

 「なあに知佳、思い出し笑い?」

 母が不思議そうに訊いて来るので、赤面しながら「うん、まあ、鳥渡ね……」と適当に誤魔化して、ココアを飲み切った。蓮がニヤニヤしながら知佳を見ていた。

 「そろそろ行こうかな。母さん交代で好いよ。完太、父ちゃんがスキー教えて遣るぞ」

 三科父が立ち上がりながら云う。

 「待ってよぉ、まだココア飲んでるのに」

 蓮がすっかり冷めているであろうココアを喉に流し込んで、手袋を填め直している。

 「いいよ、俺は完太連れてそこに行くだけだし。皆は皆のタイミングで。――完太ぁ」

 「スキーってどうするの」

 「それを教えて遣るって云ってんの」

 そんな会話をしながら父は完太を連れて、店を出て行った。

 「でもうちらも、そろそろ行こうよ」

 知佳は持っていた空のカップを卓に置くと、母の方を見た。

 「そうね。じゃあ、山頂行こうか?」

 「えっ、何で」

 「やった! 行く!」

 知佳と蓮は正反対の反応をした。

 「あら、知佳そんな感じなんだ? 柏崎さん、この二人、山頂から下りられると思います?」

 「そうですねえ……ボーゲンなんで、上級コースはちょっと辛いと思いますが。中級は……如何なんでしょうねえ。僕も未だ上迄行ってないので」

 「あ、そう。じゃあ先に、パラレル練習しようか」

 「なにそれ?」

 知佳と蓮は、立ち上がり掛けた母を見上げた。

 「曲がり方よ。ハの字卒業しよ」

 「ええ、出来るかなあ」

 不安気な知佳とは対象的に、蓮は瞳をキラキラさせて立ち上がり、

 「出来るよ! 教えて!」

 と、知佳の母に(すが)り付いた。

 店を出ると、母は知佳達に振り返って訊いて来た。

 「あなた達、リフトは乗れるのよね?」

 「乗れるよ! お父さんと一緒にだけど」

 「好いのよそれで。そこのペアリフト乗りましょう。蓮ちゃんはお父さんとね」

 「それってちょっと高いところ行くんじゃないの?」

 「え? たいしたこと無いわよ。ゴンドラだと乗り降りめんどくさいじゃない」

 四人は母の先導でペアリフトに乗り、ゴンドラ中間駅の少し上迄登る。リフトを降りてコースを見下ろすと、知佳は若干脚の(すく)む思いがした。

 「ちょっと急じゃない?」

 「そんなこと無いと思うけど。若干コース狭いかもだけど。ターンからターン迄が短いから却って好いんじゃない?」

 「あたし行けます!」

 「蓮ちゃん待ってね」

 母は娘達を集めると、新しいターンの仕方を教えた。

 「滑るのはボーゲンで好いんだけど、曲がるとき、外側の足に体重掛けて、内側は少し浮かせ気味にして……」

 「ええっ、片足だけで曲がるの? 無理だよぉ……」

 「できるよ!」

 蓮はいの一番に滑り出して、殆ど真横の方向に悠然進んで、向こう側迄行ったところでターンしようとして転んだ。三人が真っ直ぐ滑って来て父親が蓮を助け起こすと、蓮はてへへと云いながら舌を出した。

 「ちゃんと聞いてね。お母さんがするように……見てゝ、こうやって……」

 母はほんの短い距離滑って直ぐにターンをして見せた。

 「ちゃんと体重載せられてたら、内側の足浮くから。そしたらその儘、もう一方の足に引き寄せて……」

 またその場でターンして、背中を向けた。

 「わかる?」

 一寸(ちょっと)距離が開いたので、母は声を張る。

 「向こうの端で待ってるから、一人ずつ来て! 端に着いたらターンしてね!」

 母は少しだけ下りながら端迄滑ると、ターンしてこちらを向き、両手を振った。

 「あたしがお手本だから知佳よく見といてね!」

 「転ぶお手本は要らないよ」

 「云ったな! 見てろ!」

 蓮は綺麗なボーゲンで真っ直ぐ進むと、母の手前でターンを開始し、両足を揃えた状態でターンを終えた。そして知佳の方に顔を挙げると、得意満面の笑顔を見せた。

 「何よもぉ、上手く出来ちゃってこの……」

 知佳も対抗心をメラメラ燃やして、後に続く。そして母の手前でターンをしたが、足を揃えることは出来ず唯のボーゲンになって仕舞った。

 「きれいなボーゲンだね!」

 「もぉ、蓮うるさい!」

 そこへ蓮の父も追い付き、雪煙を立てながら停止した。

 「お父さん昨日初めてスキーしたのに、なんでそんなに滑れるのさ」

 「えっ、そんなに滑れてないぞ」

 「うちらより全然上手いじゃん」

 「まあ……ボードはしてたから。スキーも色々見てはいるし、何となくさ」

 「なんとなくで滑るとか、むかつく!」

 蓮は父の背中をポカポカ叩いた。

 「はいはい、今蓮ちゃんがしたのが、シュテムターンね。ボーゲンとパラレルの間のターン。――じゃあ続けて、あの木の辺り迄一気に行きましょう。お母さんの後付いて来てね」

 母は何度かのターンを繰り返しながら、指し示した木立の角迄滑り下りた。蓮がその後に続き、更に知佳が続く。最後から蓮の父が、子供達を見守りながら、滑る。蓮は何度かバランスを崩し掛けながらも、シュテムターンを確実に物にしていった。知佳は中々上手く出来なかったが、最後のターンで(ようや)くそれっぽくなった様である。

 「てゆうかお母さんもスキー上手いの、何で?」

 「ええ? 若い頃お父さんとよく一緒に行ったものよ」

 「小母さん、デートですか?」

 蓮が目をキラキラさせながら訊く。蓮は自分の恋バナとかは全くしないし、学友達の話も面倒臭そうに聞く癖に、何故かこんな時ばっかり興味津々に訊いて来る。知佳は自分のことでもないのに何だか照れ臭い様な恥ずかしい様な気になって、蓮の袖をツンツンと引いた。

 「好いよもう、蓮。滑ろ」

 「何で知佳が照れるのさ」

 蓮は読心なんか出来ない癖に、何で知佳の気持ちを見抜くのか。

 「あはは、二人きりでなんか来ないわよ、共通の友達と大勢でね。凛もいたなぁ」

 「お母さんも? え、お母さんもスキー上手いの?」

 「そうねぇ――」

 暫く蓮の母親の話に花が咲いた。何故か蓮の父も興味深そうに聞いている。そうか、その頃未だ出逢っていなかったんだ、自分の知らない妻の若い頃の話だから、興味あるんだなと、知佳は心を読んで仕舞ってから、申し訳ないことをした気持ちになった。他人の美しい思い出とか、覗き見するものではない。ちゃんと質問して聞き出す蓮の方が正しい。

 「凛も私も、そりゃあナンパされまくったものよ。まあ、ゲレンデは一割増だからね」

 いつの間にかスキーの話ではなくなっている。

 「一割増って?」

 「男も女も、雪の上でスキーウェア着てると、普段より一割良く見えるものなのよ。だからゲレンデで知り合った男女は、山下りたら別れるの」

 そしてケラケラと笑う。

 「でもお母さんとお父さん結婚したじゃん」

 「別に雪山で知り合った訳じゃないもん」

 「ああ、そっか」

 「凛は美人だったからねぇ。それはもぅ、男共の猛攻が凄かったわ。その頃フリーだったしね」

 フリーとは、恋人がいない、と云う意味だろうか。知佳はこっそりと蓮の父を盗み見てみた。なんだか唇を噛んで居た(たま)れない顔をしている。心を読むのは遠慮しておいた。

 「蓮ちゃんも美人になるから、気を付けなさいね」

 蓮はきょとんとした顔をしているが、その父は益々苦み走った顔をした。知佳はなんだか、この話題は早々に切り上げたいと思った。

 「お母さん、いつ迄ここでお喋りしてるのよ。下まで降りようよ」

 「ああ、そうね。知佳出来るようになった? 先に行ってみる?」

 「えっ、無理」

 「怖がってちゃだめだよ!」蓮が知佳を肩で押す。

 「ちょっ、危ない、やめて!」

 「大丈夫だよぉ、何ならあたしが先行くからついてくる?」

 「ええ……ついて行けるかなぁ」

 「大丈夫、為せば成る! おいで!」

 そして蓮は斜めに広いゲレンデへと滑り出して行った。ここから先は、今朝父と何往復もしていたゲレンデと同じ場所になる。知佳も蓮に続いて滑り出すと、ボーゲンとシュテムの合の子位のターンをしつゝ、それでも少しずつ上達しながら滑り下りて行った。


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